18話前半 ロゼは失敗が多い!
「ユート君、今日はギルドでも森の前でもないところで克服作戦をやるんだね?」
「はい。今日の作戦をするにはここが最適です」
「……にしても、まさかこんなところに来るとはね。遊びに来てる気分よ」
僕とアリシアさんとリサの三人がやって来たのは、ゲーセン。アリシアさんと来るのは実に二か月ぶりくらいで、前に来たときはぬいぐるみを取りに来た。リサが一緒に来るのは初めてだ。
「それで今日の作戦は? もしかして『ドロドロのプールに突き落とそう大作戦』じゃないよね!?」
アリシアさんが涙目で尋ねる。ここに着くまでにブルブル震えていたのは、プールを警戒していたからか。もちろんそんなわけがない。
「今回は作戦ナンバー5、『スライム叩き大作戦』です!」
このゲーセンには様々なゲームがある。パズルゲームやエアホッケー。それらのほとんどが天才科学者、マツリさんの一族が作り出した発明品である。
そして、そんなゲームの中に『スライム叩き』というものがある。
茂みからひょこっと顔を出した何の罪もないスライムを、機械に付属のハンマーでぶっ叩くという、鬼としか思えないようなゲームだ。
プレイヤーはスライムを叩いた数だけポイントをゲットし、ランキングされるというものだ。
思えば僕たちは段階を踏んでなかったのだ。スライムに触れることすらできないのに、いきなり実物なんて倒せない。
だからこそ、偽物のスライムをぶっ叩くという段階を挟むことで、スムーズに実戦に移せるというわけだ。
「でも私、スライムのぬいぐるみとかも好きじゃないんだよね……偽物とはいえハンマーで叩けるかなあ」
「なんとかなりますよ。この前の『勇者スピード』で目にもとまらぬ速さでやれば、勢いでいけちゃうかもしれませんよ?」
「よ、よーし! なんかできる気がしてきた! 頑張るぞ!」
弱腰になっているとはいえ、スライムを克服したい気持ちはしっかりあるアリシアさん。グッと拳を握って気合をいれ、スライム叩きの台の前に立った。
「いくよ!」
台に引っ掛けられた柔らかい素材のハンマーを手に取り、100ギルを機械に入れる。すると楽しげな音楽が鳴り始め、ゲームが始まった。
『キュッ!』
鳴き声とともに、布製のスライムの人形が茂みから顔を出す。一方のアリシアさんはと言うと――
……台の前から姿を消していた。
「やっぱ無理……」
「うわっ! いつの間に僕の背後に!」
スライム叩きの前からいなくなったアリシアさんは、げんなりとした表情で後ろから僕の肩をポンと叩いた。
この人まさか、『勇者スピード』でスライムを叩くんじゃなくて、超高速でスライムから逃げ出したのか。言葉を選ばないで言うと情けねえ。
「またいつものパターンね。まったくしょうもない」
すると、ここまで珍しく静かにしていたリサがアリシアさんを鼻で笑いながら言った。
「フッ、アンタはスライム叩きなんてやったって意味ないわよ。これ以上やっても成長する見込みがないもの」
「ひどーい! だったらなんなのさー!」
「だから次は私がやるわ」
アリシアさんに助言をし、リサは筐体の前に立った。
あ、こいつさりげなくゲーム機に近づいてる。実はやりたかったんだろ。
「でも、リサがスライム叩きをやっても意味がないでしょ? スライム嫌いでもないし」
「忘れたのかしら? 私はアリシアの『遊べるライバル』よ。つまり、このスライム叩きなら唯一勝てるってことよ! ブワーハッハッハ!!」
カッコ悪。勝てる勝負でしかライバルに挑まないリサは最高にカッコ悪い。しかもライバルという大義名分を使ってゲームをしようとしているのがなんともダサい。
「ここからは私の時代が到来するのよ! こんな簡単な方法を考えちゃうなんて私ってやっぱり超絶天才!」
高笑いをしてと 100ギル硬貨をゲーム機に滑り込ませると、リサもゲームを開始する。
楽しげな音楽が流れ、スライムの人形がひょっこりと茂みから顔を覗かせる。ハンマーを持ったリサは好機とばかりに笑った。
「ぶはははは! 遅すぎる! この勝負もらった!!」
リサは大きく振りかぶってハンマーを振り下ろした。
しかし、それがスライムに当たることはない。スライムは茂みに隠れたのだ。ハンマーは空振りになってしまった。
「なん……だと!?」
「振りかぶるからだよ。ヒーローの変身じゃないんだからスライムだってタイムロスに付き合ってくれないよ」
「うおおおおおお!! スライムのくせに生意気だな!!」
その後もリサは1匹たりとも叩くことが出来ず、スカばかり。何回言っても振りかぶる癖が治らない。結局0ポイントで、アリシアさんを超えることはできなかった。
「ちくしょおおおおお! なんで私がアリシアと同点にならなきゃいけないのよ! このっ! このっ!」
楽な勝負に勝つことが出来ず怒り狂ったリサは、とうとうスライム叩きを蹴り始めた。
「ダメだよ! なんで蹴るんだよ! そんなことしたら店員さんに怒られ……」
僕が羽交い締めしてリサを止めたその時だった。ボンッ! という音が立ち、機械から煙が上がり始めた。
どうやら手遅れだったようだ。リサの八つ当たりキックによって壊れてしまった機械は、煙を上げて自身の故障を訴える。僕たちの顔から血の気が引いた。
「あーっ! 困りますお客様!」
事態をかぎつけた店員さんの声。声の方向を見ると。
「あれっ、お客様はこの前の……」
そこに立っていたのは黄緑色の髪の少女……いや、少女にしか見えない少年。スターバの店員さんだった。
「あれ、スターバの店員さんじゃないですか。何やってるんですか?」
「ロゼって言います。実はあの後、コーヒーを落としすぎでクビになったんです。店長が『もう100回目だぞ!』って怒って」
逆に99回までは許すのか。それでこのロゼさんは新しくゲーセンでバイトしているというわけらしい。
名乗っていなかったと思い、僕たち3人はロゼさんに自己紹介をした。ロゼさんは恭しく、何度も頭を下げて挨拶をしてくれた。
「いやー、ロゼさんがまさかこんなところでバイトしてるなんて。また遊びに来ないとなあ」
「ユートさんにそう言ってもらえると嬉しいです。ボクも頑張って対応しますね」
「はい。じゃあ僕たちはこれで。アリシアさん、リサ、帰ろう!」
「あのー、機械を壊したことをうやむやにしようとしてませんか?」
バレたか。さすがにまずいと思ったからいち早く逃げてしまいたい。僕もちょっとダースに似てきたな。
「リサ、ちゃんと謝って。多分これ器物損壊罪とか適用されるやつだよ」
「ごべんなざい……もう2度とやらないからそのカッコいい名前の罪で起訴しないでぐだざい……」
子供のようにボロボロと涙を流し、反省の言葉を並べるリサ。あまりの泣きっぷりを見て、ロゼさんも責めるに責めづらくなっている。これじゃどっちが加害者かわかったもんじゃない。
「ボクもできればどうにかしたいんですけど、こればっかりは……こんなの見逃したらまたクビになっちゃいます」
そりゃそうだよなあ。今回は全面的にリサが悪いし、ロゼさんのバイトをおじゃんにするわけにもいかないしな……。
これはリサに捕まってもらうしか……
いや、待てよ。ゲームって確かマツリさんの一族が作ったものだったよな?
「みんな、まだなんとかなるかもしれませんよ!」
僕たちはある場所に行くことにした。




