17話後半 アリシアさんは必殺技を撃ちたい!
シエラニアにあるコーヒーショップ、『スタークバッファロース』。女神が美味しそうにコーヒーを飲んでいるロゴでおなじみのこの店は、今日も勉強する学院生や本を読む学者たちの憩いの場としてにぎわっていた。
ガラス張りの店内には適度に光が射しこんでいて、落ち着く雰囲気。店内に入ると。
「い、いらっしゃいませー!」
僕とアリシアさんがお店のカウンターの前に立つと、黄緑色の髪をした少女が恭しく頭を下げた。頬が紅潮していて、なんだか緊張しているようだ。
「ようこそ『スタークバッファロース』シエラニア店に。ご、ご注文は何になさいますか……?」
新人さんなのか、慣れていない口調で話す。前髪は目にかかりそうなほど長く、内気な印象を与える。
「僕はキャラメルマキアートのアイスで。アリシアさんはどうしますか?」
「私はダークモカ・シエラニア・フラペチーノのマシマシのマシ、トッピングはチョコチップエクストリーム盛り、キャラメルソースエターナルブレイクで」
なんだその名前。
「駄目ですよアリシアさん。店員さんをからかっちゃ! リサの魔法みたいな名前のメニューを作り出さないでください!」
「からかってないよ! ちゃんと実在する名前だからね!」
嘘だあ。そんなふざけた名前の飲み物ってないよ。本当なのかを聞くために店員さんを見ると。
「……えーと、ゴルゴンゾーラでしたっけ?」
「「全然違います」」
二人でツッコむと、店員さんはあたふたとし始めた。
「ご、ごめんなさいっ! ボク、いっつもこれで……」
店員さんは拳を作って自分の頭をポカポカと叩き始める。
「大丈夫ですから! 自傷するのはやめてください!」
「そうだよ! そうだ、私たち二人ともアイスコーヒーでいいから!」
僕とアリシアさんが必死に止めると、店員さんは肩で息をしながらようやく自傷をやめた。
「ごめんなさい……ボクが失敗したせいで気を遣わせてしまって……」
「気にしないでください。ポンコツには慣れてますから」
「ユート君、どういう意味なのか後でじっくり聞かせてね」
ヒッ……。
「かしこまりました! ただ今おつくりしますね!」
僕の恐怖も知らず、ボクっ子の店員さんは「よし」と呟き、コーヒーを作り始める。紙製のタンブラーにコーヒーを注ぎ、トレーに載せて運んできた。
「お待たせしました! アイスコーヒー二つです!」
「あっ、駆け足で持ってきたら!」
僕の忠告も虚しく、速足で駆け寄って来た店員さん。トレーに載ったアイスコーヒー入りタンブラーは慣性の法則で倒れる。
倒れた衝撃で蓋が外れ、中身が一気に僕の顔面にはねた。
「あっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
なんだろう。何となくそんな気はしてたけど。
僕の周りにはポンコツみたいな人しか集まらないんだろうか?
涙目になりながら何度も頭を下げるボクっ子店員さん。僕は顔いっぱいにコーヒーを浴び、ただ茫然とすることしかできなかった。
「ユート君、大丈夫……じゃなさそうだね」
「本当にすみません! 今ボクのシャツを脱いで、それを雑巾にしますから!」
「駄目に決まってるじゃないですか! 女性が服を脱ぐとか言わないでください!」
店員さんが制服のシャツのボタンに手を掛けようとするのを、慌てて制止する。この人何考えてるんだ。すると、店員さんはキョトンとした顔で僕を見つめた。
「ボク、男ですよ?」
……嘘だあ。
店員さんの口から出た言葉に納得することができない。緑色のつやつやとした長い髪。メイド服にフリフリのサロンエプロン。目をうるうるとさせ、頬を朱に染めているその姿は、保護欲すら刺激される。どこからどう見ても女性だ。
「でもその服は女性が着る奴ですよね?」
「そ、そうなんですか!?」
本気で驚いたような表情。口をポカンと開けているその様子から見るに、彼女はメイド服を女性用だと知らずに着せられていたようだ。
「店長が、『お前はそっちの方が似合うし、面白いから着とけ』って……。よく考えたら、みんななんだかニヤニヤしてたし、先輩のバイトがボクに告白してきて、次の日辞めちゃったりとか……おかしいですよね?」
なるほど、店長のイタズラってことみたいだな……。ちょっと不憫になってきたぞ。
「とにかく! ただいま新しいコーヒーをお持ちしますね!」
「急がなくていいから、慌てないで持ってきてくださいね!」
ボクっ子店員さんは小走りで再びコーヒーサーバーの方へ移動した。あの様子だとまたコーヒーをこぼしそうだなあ。
「……なんですか」
アリシアさんは、僕がコーヒーまみれになっているのを見て今にも噴き出しそうだ。
「いやあ、液体にまみれる側の気持ちはどうかな、と思って」
この人、いつもはスライムでドロドロまみれになってるから、今日は他人が液体まみれになって嬉しいんだな。
「どう? 私の苦労もちょっとはわかったりする?」
「わかります。ましてや嫌いなものにまみれるなんて最悪でしょうね。だから早く嫌いを克服してほしいなと思いました。早く克服するためにはどうするのがいいかなあ。あ、次回の作戦は『ドロドロのプールに突き落としちゃおう』大作戦にしようかなあ」
「ごめんなさい! もう二度と生意気なことは言いませんし、ユート君のことを笑ったりもしません! だからプールはやめて!」
泣きついてくるアリシアさん。本当に面白いなこの人。
「お待たせしましたキャラメルマキアートで……あ!」
ボクっ子店員さんは危ない持ち方でトレーを持って、こちらへ歩いてくる。その時、足元に段差があることに気付かず、すっころんでしまう。また転んでるし、そもそもキャラメルマキアートじゃないんですけど!
店員さんが地面に倒れた衝撃でコーヒーが再び僕の顔面に飛び散る。
「危ない! 『勇者スピード』!」
次の瞬間、僕の横にいたアリシアさんが高速で移動し、店内の大気が揺れる。僕の目の前で浮遊していたコーヒーの液体は、瞬きの間になくなっていた。僕は一滴も濡れることがなかったのだ。
「い、いったい何が!?」
見ると、ボクっ子店員さんが地面に倒れながら持っていたはずのトレーはアリシアさんが持っていて、その上のタンブラーにはしっかりキャラメルマキアートが入っている。しかもキャラメルがハートマークにトッピングされているという凝りっぷり。
「『勇者必殺』、『勇者スピード』! 超スピードでユート君のバッグに入っていたスポイトを取り出して、液体がユート君の顔にかかる前に一滴一滴吸収して、全部入れなおしたよ!」
何それ。もう人間でもなんでもないじゃん。
人間離れしたアリシアさんのさらに奇妙な一面に触れてしまった僕だった。
アリシア「勇者席取り!」
ユート「普通に座っただけですよね」




