15話前半 ユートは街を守りたい!
マツリさんに言われて、僕たちはギルドに移動した。いつものギルドのはずなのに、今日はたくさんの人が集まっていた。
はっきり言って異質だ。いつもと大きく違う点は二つ。
一つ。普段はみんな酒を飲んだり、クエストの作戦会議をしたり、各々が自由で楽しそうに時間を過ごしているというのに、今日は誰一人として楽しそうな声を上げる人はいない。空気がピリピリとしていて、まるでお通夜みたいだ。
そして二つ。人数が多すぎる。ギルドがいっぱいになるほど人が密集していて、なにかイベントでもあるのかという感じだ。パッと見でもいつもの二倍は冒険者たちがいる。
いったいこれから何が起こるんだろう。マツリさんの『世界が危ない』という言葉が頭の中で蒸し返される。きっと、今までにないような何かが起こるのだ。
「まずは集まってくれてありがとう。何が起こっているのか、私から話すわ」
ギルド中の人々の視線が、小さなマツリさんの体に一点に注がれる。彼女は大きな『魔道テレビ』を取り出し、スイッチを押した。
「なんだよ……これ……」
テレビに映し出されたものを見て、ギルド中がざわめいた。僕も思わず息を飲む。
そこに写っていたのは、巨大な船だ。真っ黒に塗られていて、この街のどんな建物よりも大きそうだ。大砲のようなものが無数に生えており、左右に動いて方向を変えている。
何よりも異質なのは、その船が陸を進んでいるということだ。水もないのに、陸の上を猪のようなスピードでぐんぐん進んでいる。今まで見たことない、すごい機械だ。
「マツリさん! これはなんですか!?」
「戦艦『ヤマトダイナ』よ」
思わず声を上げた僕に、マツリさんはそう言って一冊のノートを渡した。
「『設定ノート』……?」
「これは私の祖父が書いたものよ。この中には彼が考えた発明品のアイディア、そして能力が書かれているの」
僕はノートをパラパラとめくる。
『渡辺翔 コードネーム:†許されざる者†
世界を支配する秘密組織、『ワールドクリエイター』による世界のディストピア化を防ぐため、その支配構造を覆す活動をしている。
スキル『時空超越』……時間を停止・再生・加速・減速・超越することができる。時間軸を超えて相手を攻撃することができる。
スキル『死の支配者』……自分に敵意を持った相手を即死させる』
なんだこれは……? 僕はそのノートの文言を読み、戦慄した。
これがマツリさんのお爺さん……? なんて恐ろしい能力なんだ。
これが本当だったら、マツリさんのお爺さんは超絶チート能力持ちじゃないか!!
「そしてそのノートの中に、彼が発案した『戦艦ヤマトダイナ』があるわ」
僕は急いでページを見つける。対象のページを見つけ、息を飲んだ。
『戦艦ヤマトダイナ 全長300メートル、重量65万トン。
真っ黒に塗られた機体が特徴。陸・海・空のどこでも時速80キロで移動することができる。時空を超えるための戦艦で、『ワールドクリエイター』を倒すために発進する。
機体の表面には防御結界が張られており、5000ダメージ以上の攻撃は絶対に弾く。また、それ以下の攻撃は、機体に当たる前に装備された大砲が自動で補足し、撃ち落とす』
なんて強さだ。とてもじゃないが人智を超えている。
「つまりヤマトダイナは、弱い攻撃は大砲で撃ち落とし、強い攻撃は結界で弾く……移動する無敵の要塞よ」
マツリさんの説明に、ギルド内の冒険者たちが一斉にざわめく。ヤマトダイナがとにかく強いということは僕にも理解できた。
「でも、なんでそのヤマトダイナと世界の危機に何の関係が?」
「ヤマトダイナは私の父の代で完成――いや、完成したと言っても、このヤマトダイナの本来の目的である『時空を飛ぶ』機能は搭載できなかったけれど――原型はできたの。
しかし、莫大な燃料を消費することと、運用する必要のなさから、ヤマトダイナは見向きされなくなっていったわ。
そこに目を付けた魔王軍がヤマトダイナを奪い、操作系のスキルで動かしているみたいなの。物体を動かす念力のようなものなら、燃料をたくさん使うというデメリットを打ち消せるものね。
ヤマトダイナは今、魔王軍の操縦でこの街に向かってきているわ。そして、あと一時間もしないうちにこの街に到着し、その巨体と装備で建物も人も破壊することでしょう」
ギルド中が沈黙した。誰一人として口を開こうとするものはいない。
あまりにも絶望的すぎる。これから一時間もしないうちに、無敵の戦艦がこの街を焼き尽くすというのだ。現実味がなさ過ぎて信じられないほどだ。
「あなたたちにはこの街を守るために、ヤマトダイナを倒してほしいの。もちろん強制はしないわ。守るべきものがある人は、この街を離れたほうがいい」
しかし、この街を離れたところで、ヤマトダイナを止めなければ、これからもたくさんの街が壊され続けるだろう、だからこそマツリさんは『世界が危ない』という表現をした。
『俺は嫌だ! こんな街出て行く!』
群衆の中で、誰かが叫んだ。沈黙を引き裂いたその言葉は、みんなの心の不満に火をつけた。
『お、俺も!』
『あんなのに勝てるわけないわ!』
『逃げろ!』
ギルド中はパニックになった。急いでギルドから出る人で出口は溢れかえり、渋滞を起こしている。
「皆さん! 落ち着いてください!」
その時、アリシアさんが声を張り上げた。みんなの動きがピタリと止まる。
「ヤマトダイナは私がなんとか時間を稼ぎます。ですから、慌てないで逃げてください! 家族がいる人ははぐれないように、安全な場所へ逃げてください!」
こんな状況でも、アリシアさんは周りの心配をしている。しかし、僕にだってわかる。いくら最強な彼女でも、無敵の戦艦を前にして勝てるはずがない。彼女が立ち向かうということが意味することは、誰にだってわかった。
僕は悔しくて拳を握った。
アリシアさんだって、勝てないことはわかっている。でも勇者だから戦おうとしているんだ。この街のために、命を投げ出す覚悟をしている。
なのに僕は……怖いなんて。
「ほら、ユート君も逃げて。皆行っちゃうよ」
しばらくぼうっとしていたようで、アリシアさんに声を掛けられてハッとした。ギルド内の人々は、我先にと出口から逃げようとしている。
「アリシアさん、でも……」
「……今までスライム克服を手伝ってくれて、ありがとね。ユート君は優しいから、これからもたくさんの人にやさしくしてあげてね」
本当に、いいのか?
自分が一番辛いはずのアリシアさんを置いて、僕はどこかに逃げてしまっていいのか?
「……けんな」
「ユート君?」
「ふざけんな!!」
気づけば、僕は叫んでいた。
「アリシアさんは卑怯ですよ! なんでも自分だけ傷つけばいいと思って! スライム克服だって、僕と出会わなかったら一人でやるつもりだったんでしょう!」
僕は泣きながら怒っていた。自分でもカッコ悪いと思うんだけど、悔しさと怒りが入り混じって不思議な気分だった。
「でも……! 私が時間を稼げばみんなの命が助かるなら――」
「バカなこと言わないでください! アリシアさんは死なせません! ヤマトダイナも止めます!」
アリシアさんにだけいいカッコさせてたまるか。ヤマトダイナは絶対に止める。アリシアさんだって助ける。僕はもう、大事な仲間を見殺しになんてしたくない!!




