13話後半 アリシアさんは『ちょっと』に弱い?
「うう……グスッ、ひどいよユート君。思いっきりやるなんて……」
僕のしっぺを食らい、涙目のアリシアさん。さっきから痛そうに右手を撫でている。
「ごめんなさい。でも本気ではやってないですよ。なんでモンスターとの戦いの時はピンピンしてるのに、僕のしっぺで大ダメージ受けてるんですか」
「わかんないけど、痛いものは痛いんだよ! 次ユート君にしっぺをするチャンスがあったら、助走をつけてやるからね!」
やはりこの人は危険だ……近いうちに始末しなければ僕の身が危ない……。
「で、今日の『お願い』はどうするの?」
「そうですね、もう一発しっぺにしようかな」
「鬼畜だ! ユート君がグレた!」
必死に抗議するアリシアさん。相手は勇者で、たかがしっぺとはいえ、相手は女の人だ。流石に僕もしっぺを二回もしない。今日は行ってみたいところがあるのだ。
*
「さ、着きましたよアリシアさん!」
「ここは? 見た感じは普通のレストランみたいだけど……」
ギルドから出て、僕とアリシアさんがやってきたのは、とあるレストラン。木造の一軒家で、パッと見は当たり障りのない飲食店だ。
「まあ見てください」
ここはただのレストランではない。僕はお店の前に立て掛けられたボードを指した。黒板の上に、チョークで暖かみのある文字が書かれている。
「『ケーキバイキング』!?」
そう。今日僕たちが来たのはケーキバイキングがあるレストラン。ケーキと言えば誕生日などに一個食べることが多いが、子供の頃に『一個と言わず、もっと食べたい』と感じたことはないだろうか。
ここではバイキング形式でいくらでもケーキを食べることができる。それこそお腹がいっぱいにならなければ、無限にだ。まさに子供の頃の自分が見たら夢の世界だろう。
「ケーキならいくらでもいけちゃうよ! 二人でこのお店をつぶしちゃおう!」
意気揚々と拳を上げるアリシアさん。焼肉食べ放題の前に絶対誰かしら言うフレーズを口にして、ケーキバイキングに意気込む。
いざ店内に入店。ログハウスということもあり、中は落ち着く雰囲気。机がたくさん並べられていて、そのほとんどに人が座っている。女性客を中心に、かなりにぎわっているようだ。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
店内をキョロキョロしていると、黒い制服に身を包んだウェイターさんがこちらへやってきて歓迎してくれる。
「うわー! ユート君! ショーケースがあるよ!」
アリシアさんは嬉しそうに小躍りしながらウェイターさんの後ろを指さす。その先には色とりどりのケーキが並べられたショーケース。雪のように真っ白なショートケーキや、何層にも重なったミルクレープ。数多くのケーキ類の横には、パフェも置かれている。
「ケーキバイキング二名でお願いします」
「かしこまりました。お席にご案内しますね」
僕たちはウェイターさんの後をついていき、席に座った。木製のテーブルの上には白いクロスが敷かれており、清潔感がある。ファミレスとはまた違った趣があるなあ。
「バイキングは60分、ケーキはショーケースからお取りください。お飲み物はコーヒー、紅茶、オレンジジュースからお選びいただけますがいかがいたしますか?」
「ホットコーヒーをお願いします」
「私は紅茶がいいです!」
「かしこまりました。ただいまお持ちしますね」
ウェイターさんはペコリと一礼して、飲み物を取りに退席する。
「ねえユート君。かなりいい雰囲気のお店だけど、結構お値段するんじゃない?」
心配そうな表情でこっそり耳打ちするアリシアさん。本当にこの人はお嬢様なんだろうか。金銭感覚が一般人過ぎると思う。
「安心してください。一時間食べ放題で1500ギルです」
「安っ!? ケーキ1個300ギルとして、5個食べたら元取れちゃうよ!? どうやって採算とってるの!?」
そこは僕も疑問だ。一時間あれば5個なんて余裕で食べられるだろう。企業努力の凄さをひしひしと痛感する。
「お飲み物をお持ちしました」
ウェイターさんが飲み物を持ってきてくれて、バイキングがスタート。
席を立ち、ショーケースからケーキをいくつか取り、僕とアリシアさんはそれぞれケーキを皿にのせて席に戻る。
「いやー、種類が多くて何を取ってくるか悩んじゃったよ」
「全部で30種類もあるらしいですからね。時間もありますし、焦らず行きましょう」
「うん! ところでユート君は何にしたの?」
いつも普通普通と言われる僕だが、ケーキだけは譲れないこだわりがある。今日こそはアリシアさんをあっと言わせるチョイスをしているはずだ。
「まずはこれです! 『サクサク生地のミルフィーユ』!」
「おおおおおお!」
僕はケーキの中で一番ミルフィーユが好きだ。パイ生地にフォークを通す感覚、上に乗ったイチゴ。マイナーな部類のケーキだが、昔からこれだけは譲れない。
「次はこれ! 『無敵モンブラン』!」
「おおおおお!!」
モンブランは何といってもその芸術性が特徴だ。らせん状に抽出されたクリームは職人さんの技術の賜物だと思うし、頂点に乗った栗は宝石のようだ。まさに食べる芸術作品と言って過言でない。
「とりあえず二個取ってきて、食べ終わったら追加していこうと思います!」
これは決まった。ここまでマイナーなチョイスをしているのだ、普通なんて絶対言わせないぞ。
「へー、今回もなかなか普通だね」
何……?
「アリシアさん、今『普通』だって言いましたか!? ミルフィーユとモンブランですよ!? どマイナーじゃないですか!」
聞き捨てならないアリシアさんの台詞に動揺し、僕は思わず焦って聞いてしまう。
「ううん。そうじゃなくて、これ」
アリシアさんは机の上に置かれた黒い冊子を開く。
「なになに……『当店のケーキランキング、1位『サクサク生地のミルフィーユ』、2位『無敵モンブラン』……!?』
「うん。その二つ、人気ランキング1位と2位だよ」
嘘だろ!? そんな偶然ある!? 皆ショートケーキとか頼むんじゃないのか!
やっぱり僕はどうあがいても普通らしい。正直悔しく、肩を落としてしまう。
「でも、ユート君は普通な方がいいと思う!」
「……そうですか? じゃあいいってことにしておきますね」
アリシアさんにいいと言ってもらうと、なんだか僕もそれでいい気がしてきた。真っすぐな彼女だからこそ、僕の心に言葉が真っすぐ響くんだろう。
「アリシアさんは何を取って来たんですか」
「えーと、ショートケーキ、チョコケーキ、ミルクレープ、プリン、シュークリーム……」
彼女の皿の上はケーキで所狭しと埋め尽くされている。合計十個は超えているだろう。どんな顔してこれだけケーキをぎゅうぎゅうに乗せたんだろう。勘弁してほしい。
「本当にちゃんと食べられ……いや、アリシアさんなら絶対食べられますね」
「うん! さ、食べちゃお!」
この調子だと本当にお店をつぶしてしまいそうだ。そんな僕の心配をよそに、アリシアさんはウキウキとした表情で手を合わせる。
「「いただきます!」」
僕はフォークを手に取り、ミルフィーユに通す。パイ生地のザクっとした感触がたまらない。そのまま口へ運び咀嚼する。
美味い。サクサクとした食感が楽しいのはもちろん、滑らかなクリームが濃厚に舌の上で踊る。カラメルの甘さもたまらない。
「ん~! おいし~!」
アリシアさんもケーキを楽しんでいるようで|(多すぎてどれを食べたのかわからないけど)、ほっぺを抑えて目を輝かせている。
甘さをたっぷり感じたこのタイミングで、コーヒーをひとすすり。豆の奥深い苦みが口いっぱいに広がる。甘みと苦みの絶妙なハーモニー。さらにフォークが止まらない。
コーヒーの香りが鼻腔を突き抜ける昼下り。僕たちはケーキバイキングを堪能したのだった。
おまけ
アリシア「バイキングとは別でカレーください!」
ユート「……正気か!?」




