13話前半 アリシアさんは『ちょっと』に弱い?
冒険者ギルドのいつもの席。今日は僕とアリシアさんの二人が向かい合って座っていた。
「いやー、この前は災難だったよ……」
「いきなり幼女化ですもんね。本当に小さくなった時のこと覚えてないんですか?」
「うん。小さい頃の私、どんな感じだった?」
「大人しくていい子でしたよ。意外と」
意外と言われて、アリシアさんはジト目でこちらを不服そうに見る。だって意外なんだもん。もっとうるさくて手のかかる子供を想像していただけに、肩透かしだった。果たして彼女はいつからこんなに元気いっぱいになってしまったんだろうか。
「そういえば、今日はリサちゃんはいないんだね?」
「なんか予定があるみたいですよ。今日は僕とアリシアさんだけです」
「じゃあ二人で頑張ろっか! 初心を取り戻すにはいいと思うよ!」
アリシアさんはガッツポーズをして言う。よーし、期待に応えられるかわからないけど、今日も頑張るぞ! 僕はノートを取り出し、今日の作戦のページを開く。
「今日の作戦は、ナンバー4『ちょっとだけやってみる大作戦』です!」
「ちょっとだけやってみる大作戦?」
こんな経験はないだろうか。
勉強でやる気が出なかったときに一分だけ机に向かってみたら、なんだかやる気が出てきて一時間もやる事ができた。
部屋が散らかっているときに近くにあるゴミだけ片付けていたら、どんどん手が進んでいつの間にか部屋がすっかり綺麗になっていた。
筋トレをするモチベーションが低いときにジムに体重計にだけ乗りに行ったら、せっかく来たんだからと一時間トレーニングに打ち込むことができた……。
人間は『ちょっとだけ』やろうとすると、意外と最後まで出来ちゃったりするものなのである。つまり、スライムもちょっとだけ克服してみたら、案外最後まで行っちゃうんじゃないだろうか!
「ふむふむ。確かに、お菓子の袋を開けて一つだけつまみ食いしたら、最終的に全部食べちゃうとかあるよね!」
「わかります。『まつたけの谷』とか、片手で行けちゃう系のお菓子は止まらないですね」
「ユート君は『まつたけの谷』派? 『大根の島』派? 私はまつたけ派かな!」
「僕は中立派なんですよね。なんていうか、喧嘩しないでほしい派なんです」
「普通だ……」
まつたけはチョコとクッキーを分離できるのがいいところだし、大根はチョコとクッキーを一緒に食べるのが好きだ。一長一短だと思う。そもそもなんで派閥争いなんてする必要があるんだ。仲良くしてほしい。
「話が逸れましたね。それではスライム克服をちょこっとだけやってみましょうか」
「具体的にはどうやってやるの?」
「この小瓶に入ったスライムのドロドロをスポイトで腕に一滴ずつ垂らします。一滴、一滴と量を増やしていって、最終的にはこの小瓶がなくなります」
「なんか論理が飛躍してない?」
アリシアさんの言う通り、一見すると成功確率は低そうに聞こえる。しかし、僕のイメージではこう。
アリシアさんの腕にスライムのドロドロを一滴垂らす。いつもは絶叫している彼女だが、実は一滴だけなら案外耐えられる。そして二滴、三滴と量を増やしていく。そこでアリシアさんは気付くのだ。『あれ、意外と大丈夫だった!』と!
「とにかくやってみましょう、限界だと思ったら叫んでください」
「う、うん。わかった! お願いします!」
アリシアさんは袖をまくって腕を僕に差し出した。彼女の真っ白な細腕はブルブルと震えていて、これから注射でもするんだろうかという気分になってくる。
「最初の一滴、いきます……」
スポイトで小瓶の中のスライムを吸い取り、アリシアさんの腕に近づける。
ゴムの部分に少し力を入れると、ドロドロが一滴、重力で下に落ちる。雫がアリシアさんの腕に吸い込まれた瞬間。
「どえええええええええええ!!!」
アリシアさんは奇声を発しながら腕をブンブンと振り回し、暴れ始めた。
「なんだって!? 最初の一滴でもう駄目だと!?」
アリシアさんは一滴のスライムにも耐えることができず、乱心して暴れだしてしまった。最初の一滴を耐えれば意外と最後までいけちゃうんじゃないかとい目論見はいとも簡単に崩れた。
「アリシアさん、僕が言うのはおかしいと思うんですけど、もうちょっとなんとかならないですか?」
「ならないよー! 本当に気持ち悪いんだから!」
やはりアリシアさんのスライムに対する嫌悪感は異常だ。『ちょっとだけ』大作戦は、最初のちょっとができないとそもそも成立しない作戦だ。最初が駄目ならもうどうしようもない。せめて一滴くらいなら耐えられると思ったんだけどな……。
「そうだ! ユート君もやってみなよ!」
「え?」
「ユート君もスライムを触ってみようよ! もしかしたら何か気付くかも!」
アリシアさんは反撃とばかりに目を輝かせ、スライム克服を僕にやれと言う。
えー、僕も触るのか。スライム自体は別として、ドロドロは正直あまり好きではない。しかし、普段からアリシアさんに罰ゲームみたいな作戦をやらせている手前もあるし、今日の失敗は僕のミスでもあるので、実際にやってみることにした。袖をまくり、アリシアさんに差し出すと。
「じゃあユート君がスライムで叫んだら罰ゲームでしっぺね! もし驚かなかったら私にしっぺしていいよ!」
しっぺってあの地味に痛いやつか。アリシアさんのしっぺはえげつなく痛そうだ。腕が折れてしまうかもしれないので、なんとしてもそれだけは避けたい。……と言っても、スライムのドロドロで叫ぶのなんて世界でもアリシアさんくらいだし、まず大丈夫だろう。
「じゃあいくよ~!」
アリシアさんは意気揚々とドロドロ入りスポイトを手に取ると。
「ひいっ!」
悲鳴を上げてスポイトをポロリと落とした。スライムを見た時のアホ顔に近い表情をしているぞ。
「なにやってるんですか」
「だ、だってえ! なんか近づくと背筋に悪寒が……」
わかっていたことだが、かなり重症だな。僕は床に落ちたスポイトを拾い上げ、小瓶と一緒にバッグにしまった。
「ユート君はスライム嫌いじゃないの?」
「スライムは嫌いじゃないですけど、ドロドロはあんまり好きじゃないですよ。乾燥すると液体のりみたいになりますし」
「だよねえ……あんなのと毎日向き合っているんだし、私も少し褒められてもいいんじゃないかなあと思うんだよねえ」
うんうんとアリシアさんは腕を組み、感慨深そうに言う。
「アリシアさん、話を逸らしてしっぺを回避しようとしてますよね?」
「…………」
アリシアさんの動きが一瞬ピタリと止まる。あ、図星だなこれ。
「や、やだなあユート君。私は勇者だよ? しっぺを回避するためにわざと話を逸らしたわけじゃないよ? 自分の苦労を話したのも偶然だからね?」
全部自白しちゃったよ。本当にこの人はアホだ。彼女の顔はみるみるうちに真っ青になっていく。
「じゃあ約束通りしっぺしますね」
「お、おう! あたぼうよ! どんとこいや!」
過去の傾向からして、アリシアさんはテンパるとキャラがブレる。
本当にこの人は勇者なんだろうか。っていうか普段からモンスターと戦ってるんだからしっぺくらいどうってことないでしょ。
「いきまーす」
「ひっ……うぎゃああああああああ!!」
アリシアさんはしっかりと右腕にしっぺを食らい、無事に絶叫したのだった。




