11話後半 ありしあさんはすらいむがにがて!
「おねーさん、そのぼうし、かっこいいー!」
幼女アリシアさんがキラキラと目を輝かせて、リサの帽子を羨ましそうに手を伸ばす。心も体も幼くなってしまったようだ。
「これどうするの? アリシアさんがアリシアちゃんになっちゃったよ!?」
「マツリさーん! 寝てないで聞きなさいよ!!」
リサが眠そうなマツリさんの方を掴み、激しく揺さぶる。マツリさんは大きくあくびをして、ようやく目を開いた。
「……これを買ってきて」
僕が聞くと、マツリさんは僕のノートとペンを持ち、何やら文字をさらさらと書き始めた。
「おお! 流石は天才科学者! 今書いてるのが元に戻す薬の作り方ってことですね!?」
材料:
にんじん2本
たまねぎ1個
じゃがいも2個
豚肉200グラム
カレールー 1箱
「カレーだよねこれ。確実にカレー作ろうとしてるよね」
「っていうかなんで私たちがおつかいにいく前提なのよ!」
「zzzz……」
僕たちの話は一切聞かず、マツリさんはもう既に気持ちよさそうに寝息を立てている。これは僕たちが買いに行かないとダメそうだ。
「そもそもこのレシピで本当にアリシアは元に戻るんでしょうね? また何かのミスでカレーが出来ちゃいました! だったら流石にキレるわよ」
リサの言う通り、マツリさんがまた何か勘違いをしていてカレーが出来てしまう可能性はかなり高い。信ぴょう性は薄いが、今はこれ以外に方法はない。
「問題はアリシアさんだな……」
改めて幼女アリシアさんを見る。いつものアリシアさんがまんまデフォルメされたみたいな見た目だ。あの金色の薬を飲み、本当に若返ってしまったのだろう。こんな状況だが、服が体のサイズに合わせて縮小されているのがせめてもの救いだ。
アリシアさんを元に戻すには、マツリさんの言うことに従うしかない。
「よし。僕たち三人で買い物に行こう」
「わーい! かいものだいすきー!」
幼女アリシアさんはばんざいをして喜ぶ。正直可愛い。
しかし、子供の頃のアリシアさんってどんな子なんだろう。やっぱり普段からよく何か食べてるし、大食いなのかな。戦闘能力が高いから元気がよさそうな気もするぞ。
*
そんなわけで僕たちはギルドの近所にあるスーパーまでやって来たのだった!
「いい、アリシア? 私たちと絶対はぐれちゃダメよ? スーパーは広いから、迷子になったら死ぬと思いなさい!」
「しぬ……?」
幼女アリシアさんは涙目になる。
「リサお前、こんな無垢な少女になんてことを言うんだよ。怖がってるじゃないか」
「あーもう! 調子狂うなあ、いつものノリで言っただけなのに! すみませんでしたぁー!!」
確かに、今のアリシアさんにはどう接していいのかわからない。本当にこの子はアリシアさんなんだろうか。こんな子供に『さん』付けしてるのっておかしなことじゃないんだろうか。そんな疑問がふつふつと湧いてくる。
「アリシアさん、死ぬことは絶対にないけど、迷子になったら怖い人に襲われるかもしれないから、ちゃんと付いてくるんだよ」
「こわいひと……わかった、おにいさんについていく」
ブルっと身震いし、アリシアさんはコクコクと頷いた。
「よし、じゃあ買い物を始めようか」
……と言っても、アリシアさんが迷子になることはほとんどありえないだろう。レシピのほとんどは野菜だから入り口の付近に集まっているし、そんなに大量なわけでもない。これならアリシアさんの面倒を見つつ、サクッと買い物を済ませることができるだろう。
いざスーパーに入店。店中は買い物をする客と、商品を陳列しているスタッフがたくさん。お客さんは皆カートを転がし、その中に商品をたくさん入れている。いつもの光景だ。
「とりあえず野菜類から揃えちゃおう」
僕たちは歩いて、指定された商品たちをカゴの中に集めていった。なるべく離れないようにして、幼女アリシアさんがちょこちょこ付いてくるのがなんとも可愛らしい。
「あとはルーと豚肉だけだ!」
あっさり野菜類を見つけ出し、次は肉のコーナーへ、カレールーのコーナーへ。なんの問題もなく、僕たち三人は頼まれていたおつかいを完了させたのだった!
「よし、じゃあお会計をしようか」
「おにいさん」
レジに行こうとすると、幼女アリシアさんが僕のズボンの裾をクイクイと引っ張る。
「ん? どうしたの?」
「おかし、かっちゃだめ?」
アリシアさん、お菓子が欲しいのか。確かに17歳になった今でも頻繁に食べているから、子供の頃も好きだったんだろうな。
「何が食べたいの?」
「どーなつ」
ドーナツか。今でも結構むしゃむしゃ食べてる印象があるお菓子の一つだ。
「それくらいだったら大丈……」
「駄目よ!」
僕が了承しかけたその時、リサが慌てて声を上げた。
「リサ、いきなりなんなのさ」
「子供にむやみに物を買いあたえたらダメなのよ。将来のアリシアがわがままになったらどうするの?」
何の心配だよ……しかし一理あるのも事実だ。リサは僕に近づいて、ごにょごにょと耳打ちをする。
「きっとこの後、アリシアはお菓子を買ってもらいたくて駄々をこねるわ。でもそこで心を鬼にしなければいけないの。わがままを言ったら買ってもらえると思わせたらずっとわがままな子になっちゃうわ」
お前はいったいアリシアさんのなんなんだと言ってやりたい。どうしたんだ、今日はなんだかリサが凄く母親っぽいぞ。
「おねえさん、おかしかっちゃ、だめ?」
「ダメよ。我慢なさい」
「そっかあ……」
リサの頑なな姿勢に、アリシアさんは肩を落とす。
アリシアさん、泣いてごねるのか!? スライムに泣かされている17歳の彼女を見ていると、泣き喚く気がするぞ。僕は生唾を飲み込んだ。
「わかった、がまんする」
……あれ、全然わがまま言わないぞ。僕はリサに耳打ちをする。
「ねえリサ、アリシアさんってひょっとしてものすごくいい子だったんじゃないの?」
「確かに……駄々をこねる気配がないような……」
リサは咳ばらいをし、屈んで幼女アリシアさんと視線を合わせる。
「ねえアリシア? わがままは言わないのかしら?」
なんだその質問は。わがまま言ってほしいのか。
「いわないよ。だっておねえさん、こまっちゃうでしょ」
「「ええ子や……」」
今でこそスライムに対して大泣きしているアリシアさんだが、よく考えたら彼女はお嬢様で、育ちもいいはずだ。当然わがままなんて言うはずない。
思えばここまで一度も言うことを聞かなかったことはないし、なんならはしゃいでいた様子もない。アリシアさんはめっちゃお利口さんだったのだ!
こんなにいい子には、なんとかしてドーナツを買ってあげたい。うーん。そうだ!
「アリシアさんはなんでドーナツが食べたいの?」
まずは頭ごなしに否定するんじゃなくて、なんでほしいか理由を聞かなくちゃ。
「おかーさまがね、かいもののとき、100ぎるまでなら、おかしかっていいって」
あー、なるほど。むやみに買ってあげないんじゃなくて、金額に制限を掛けるタイプの家庭でしたか。
ドーナツは100ギルという予算をオーバーしないし、彼女はわがままを言うタイプの子でもない。お菓子を買ってあげない理由はないのだ。
「よし、アリシアさん、ドーナツ買おっか」
「……いいの!?」
「うん。持っておいで」
「やったー! おにいさんだいすき!」
ジャンプをして、大喜びのアリシアさん。うん。これはなんか目覚めそうだな。
よほど嬉しかったのか、アリシアさんはスキップをしてお菓子コーナーへと移動した。
「……なんか、ずっとこのままでもいい気がしてきたわね」
「縁起でもないことを言うんじゃない」
僕たちはそんなことを言いながら、アリシアさんを追ってお菓子コーナーへと歩いた。
しかし、お菓子コーナーに行っても、どこにもアリシアさんの姿はなかった。
「「……迷子!?」」




