10話前半 アリシアさんはスライムを感じとる?
「さて、今日もスライム克服作戦を開始しましょうか」
冒険者ギルド内。僕、アリシアさん、リサの三人はいつもの席に座っていた。
「前回は森で検証をしたのに、今回はギルドで検証なんだね?」
「はい。とりあえずまずはこれまでに分かっていることをまとめますね」
これまでに実施した作戦は三つ。
作戦ナンバー1『好きなものと一緒大作戦』。効果なし。
作戦ナンバー2『ドロドロまぜまぜ大作戦』。これにより、アリシアさんはスライムにしか驚かないことが確定した。
作戦ナンバー3『いいところを褒めてあげよう大作戦』。アリシアさんは、ウサギのつぶらな目は好きだが、スライムのつぶらな目は好きではない。
「これまでの三つの作戦から導き出される仮説はなんでしょうか?」
「『アリシアはスライムだけが嫌い』じゃないかしら」
「流石リサ。その通り」
アリシアさんは、ドロドロが嫌いなわけでも、つぶらな瞳が嫌いなわけでも、鳴き声が嫌いなわけでもない。スライムという存在が嫌いなのだ。
そして、ドロドロは嫌いじゃないけど、スライムのドロドロは嫌い。
わかりづらいので例えるなら、生のトマトは嫌いだけど、トマトジュースは嫌いじゃないし、ケチャップも嫌いじゃない。
しかし、生のトマトを『魔道ミキサー』にかけてジュースにしたら嫌い。という感じだろうか。
とにかくアリシアさんはスライムという存在自体が大っ嫌いなのだ!!
「ふむふむ。それを踏まえた上で、今回はなんの実験をするの?」
「名付けて、作戦ナンバー4『スライムセンサーを探そう大作戦』です!」
「「スライムセンサー?」」
人間には『五感』というものがある。味覚・聴覚・触覚・視覚・嗅覚というやつだ。全て、人間が外の世界のものを感知するために使う感覚のことなのはおなじみだろう。
アリシアさんが普通のドロドロとスライムのドロドロを区別していることはわかっている。じゃあいったい、どの感覚器官で区別してるんだい!! という実験である。
「つまり、目と鼻と耳と口を塞いだ状態で、スライムのドロドロと普通のドロドロを触って区別したのなら、触覚が原因でスライム嫌いになっているという結論になるわけね」
「えっ、よくわからないけど、私これからそんなに塞がれるの? 死なない?」
アリシアさんが涙目になって怯える。流石に僕もそこまで鬼じゃないです。
「スライムを感じ取るのに味覚、聴覚はほとんど関係ないでしょう。それに、スライムのドロドロは無臭ですから嗅覚も無視していいでしょう」
「ってことは、残りは視覚と触覚だから、私は目か肌のどっちかでスライムの存在を感知してるってことだね?」
そういうことだ。仮に視覚でスライムの存在を認識していると判明したら、これからは目をつぶって視覚を封じて戦えばいいだけの話だし、触覚でスライムを認識しているなら長袖を着るなりして触覚を封じればいいということだ。
いける。今回は確実に行ける。だって答えが2パターンしかないのだから。今日でスライム対策の手段が見つかり、アリシアさんはスライム嫌いを克服できるはずだ。
「ではまず、視覚をなくすためにこの目隠しを付けてください。これからローションか、スライムのドロドロか、ゼリーを一滴垂らします。スライムだと思ったら叫んでください」
「わかった!」
アリシアさんは元気よく返事をし、『睡眠中』と書かれたアイマスクを装着する。
「それじゃ、一発目行きますね」
僕はバッグからこの前の作戦で使った小瓶を取り出し、机の上に並べる。そのうちの一つの蓋を開け、スポイトで吸い上げた。
「……」
アリシアさんが目を隠したまま、両方の手のひらを皿のようにして、こちらに差し出している。なんかすごく……いけないことをしているような気がする!
いけないいけない。これは作戦の一環だ。余計なことを考えるな。僕は首をブンブンと横に振って、雑念を振り払う。
「じゃ、じゃあ行きますよ!」
僕はスポイトをアリシアさんの手のひらの上に持っていき、ポタリと一滴、液体を垂らす。
「ん~? 違う気がする!」
アリシアさんは、自分が触っている液体がスライムではないと判断した。正解。これはただのメロン味のゼリーだ。
「じゃあ次はこれです!」
同じようにして別の小瓶からドロドロを一滴吸い上げる。
「行きますね!」
「はーい!」
スポイトから雫が一滴垂れる。アリシアさんの透き通るような肌に触れると。
「ぴぎゃあああああああ!! これだああああ!!」
アリシアさんは頭がおかしくなった鳥のように叫ぶ。これがスライムだと判断したのだ。
そして結果はというと……。
「……正解です」
アリシアさんは見事|(?)、目を塞いだ状態でスライムの存在を感知した。つまり、彼女がスライムかそうでないかを判断していた感覚器官は、『触覚』だったのだ!
「つまり、アリシアさんは長袖の服を着て、なるべくスライムに触ったり、同じ空気を触れないようにすればいいんですよ!」
今回の作戦で、明確にスライム克服の対策を見つけることができた。いやー、素晴らしい成果だ!
「ちょっと待って!」
気持ちよく実験を終わらせようとしていると、アリシアさんは手をこっちに伸ばして静止した。
「どうしたんです?」
「私、触ってないけどスライムわかるよ!」
「え?」
「机にある小瓶は右から、『メロンゼリー』、『ローション』、『スライム』じゃない!?」
「…………!?」
僕は心臓が跳ね上がるのを感じ、すぐに机の上に視線を移した。
……当たっているだと!?
机に小瓶を並べたのは、アリシアさんがアイマスクで目を隠した後だ。スライム入りの瓶を判別できるはずがない。なのに、実際に彼女は正解したのだ。
「な、なんでわかったんですか!?」
「なんか、そこにある気がする! ぞわぞわってするから!」
……五感以外の感覚でスライムを察知しただと!? そんなことはありえな……まさか!!
「リサ! アリシアさんの鼻と耳を塞ぐんだ!」
「え? ここで私?」
「早く!」
「わ、わかったわよ! アリシア! 覚悟しなさい!」
リサは半ば押さえつけるような形でアリシアさんの鼻と耳を塞ぐ。突然の出来事にアリシアさんは驚いて暴れているが、口だけは開けているから呼吸はできるはずだ。ちょっとかわいそうだけど、これで味覚以外は全部封印した。
つまり、理論上はスライムを感じ取ることはできない。だって五感が機能してないんだから! 機能していないはずなんだ!
僕はまず、アリシアさんの近くにスッとゼリー入りの瓶を近づける。しかし、数秒経っても彼女が小瓶に気付くことはない。
……まさか。まさかね。
僕は次に、スライム入りの小瓶をアリシアさんに近づけた。
「ぴぎゃあああああああああああ!!!」
刹那、アリシアさんは再び鳥のような叫び声を上げた。
「やっぱりだ……」
アリシアさんは五感以外の感覚でスライムを判別している。
つまり、『第六感』だ。
第六感とは、『なんか嫌な予感がする』や、『相手の気持ちを読み取る』ような、理屈では説明できない感覚のことだ。アリシアさんはそんな第六感で、近くにある物質がスライムかスライムじゃないかを判別しているのだ。
「駄目だこりゃ……」
第六感なんて持ち出されたら、太刀打ちができない。せっかくまとまり始めていたスライム克服は、また振出しに戻ってしまった。思わずため息を吐く。
「ちょ、ちょっとユート!? これいつまで抑えてればいいの!?」
「あっ! ごめん! もうやめていいよ!!」
この後、僕はアリシアさんにめちゃくちゃ謝るのだった。




