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1話前半 アリシアさんはスライムが苦手!

 僕は森という場所が好きだ。足を踏み入れるまでは鬱蒼としていて、なんだか恐ろしく感じる。


 しかし、いざ中に入ってみれば、実際はとても心地の良い空間だ。


 空気はとても美味しいし、適度(てきど)に光が遮断されていて心が落ち着く。足元に落ちた葉や枝が心地のいい音を鳴らす。僕はこの空間が好きだ。だからモンスター退治のために頻繁(ひんぱん)に森に通う、冒険者という職業は僕に合っていると思う。


 そして今日も僕は、クエストで指定された薬草(やくそう)採取(さいしゅ)するために、一人で森の中を歩く。


「キャーーーーーーー!!!」


 途端、突然辺りに響き渡る叫び声。それは間違いなく人間の女性のものだ。


「な、なに!?」


 森の中で人の(さけ)び声ということは……もしかして、誰かがモンスターに(おそ)われているとか!? だとしたら早く助けなきゃ。僕は焦る気持ちを押し殺し、急いで声がした方へ走り出す。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 女性の切迫(せっぱく)した叫び声は続く。人が襲われているということは、おそらくかなり強いモンスターがいるかもしれない。僕は大して強くないけど、大丈夫だろうか。腰に差した短刀(たんとう)を引き抜き、覚悟を決める。


「大丈夫ですか!」


 女性の叫び声がした現場に飛び入る。そこで目の前に現れた光景に、僕は思わず息を飲んだ。


「いやああああ!!」


 そこにいたのは金髪の女性。地べたに仰向けで倒れていて、鉄でできた鎧を身に纏っている。おそらく僕と同じ冒険者だろう。


 問題は、彼女が置かれている状況にあった。


 彼女の全身に緑色のドロドロが纏わりついているのだ。ゲル状のドロドロは彼女のしなやかな足に、なだらかな肩に、サラサラとした髪に……いたるところにべったりとくっついている。


 え、これどういう状況?


 思わずツッコミたくなったけど、とにかく緊急事態には変わりないので、緑色のベトベトを取り払おうとする。僕はそこで違和感に気付いた。


 ドロドロが彼女の体の上を動いているのだ。緑色でゲル(じょう)の体、そして――


「キュ?」


 ハムスターのような鳴き声。


「あれ、これもしかして……スライム!?」


 目の前にいる金髪の女性は、ただ森の中で緑色のドロドロにまみれていたわけではなかった。スライムに襲われていたのだ!!


 でも、スライムなんて下手すれば子供でも倒せるような、いわゆる『雑魚モンスター』だぞ? なんでこの人はスライムに襲われているんだ?


「と、とにかく今助けますね!」


 疑問に思ったが、僕はひとまず女性に纏わりついたスライムたちを掴み、振り払った。



「ううう……グスッ、ひっぐ……」


 数分後。僕がスライムを全て取り払うと、女性はペタンと足を折って地べたに座り込んだ。よほど怖かったのか、顔を手で(ふさ)いで泣いている。


「大丈夫……じゃないですよね」


「助けてくださってありがとうございます、グスッ、私はアリシアと申します……ううっ」


 涙声(なみだごえ)ではあるが、一応受け答えはできるようだ。


「僕はユート・カインディアって言います。アリシアさん。こんな状態ですし、一度街に帰りましょうか」


「……待ってください!」


 僕が歩き出そうとした時、アリシアさんに手を掴まれる。


「どうしました?」


「……街に帰りたくないんです」


 もう片方の手で涙を(ぬぐ)いながら彼女は言う。


「何か理由があるんですか?」


「……実は私、勇者なんです」


 え?


 耳を疑った。今この人、勇者って言ったか? 僕の聞き間違いじゃなくて?


「私は半年ほど前に国王に命じられ、勇者として魔王討伐の旅をすることになったのです」


「でも噂では、勇者様は長年山の人々を苦しめているドラゴンを討伐したとか……」


「やりました」


 やってた。この人だった。


「なんならその後、ドラゴンの父が復讐(ふくしゅう)に来ましたが、(かえ)()ちにしました」


 っていうか、噂を超えてきた。


 しかし話とは裏腹(うらはら)に、僕が見た彼女の姿は、スライムまみれになっている、なんとも情けないものだ。とてもじゃないがドラゴンを倒した英雄(えいゆう)には見えない。


「……見られてしまったからにはお話しします。でも、絶対に他言(たごん)しないでほしいんです。これは世界の存亡(そんぼう)がかかった秘密なんです」


「……わかりました」


 ゴクリと生唾(なまつば)を飲み、なんとなく正座をしてペタン座りのアリシアさんに向き合う。


「実は……」


「実は?」


「私は……」


「私は?」


「スライムが苦手なんです!!」


「…………ええ?」


 いや、バカにしちゃいけない。溜めがあったくらいだし、彼女にとって重大な秘密であることは間違いないんだ。


 でもそんなこと普通あり得るのだろうか。ドラゴンを倒すほど強い勇者が、まさかのスライムが苦手って……。


「初めてスライムに出会ったのは六歳の頃。街の中に入って来たスライムを見て以来、私は奴を見ると腰が抜けてしまうんです……」


 スライムは雑魚モンスターだし、見た目が可愛いと一部の冒険者に人気があるくらいだ。実際マスコットキャラみたいで可愛いと思うし、どこに苦手になる要素があるのかわからないんだけど……。


「もしこの秘密が魔王軍に伝わってしまったら、私は魔王を倒すことができません。それだけはどうしても嫌で……」


 (ひざ)の上に置かれたアリシアさんの拳に、グッと力が入る。悔しそうに言った後、再び僕の顔を見て。


「お願いします! なんでも言うことを聞きますから、私がスライム嫌いなのは黙っていてもらえないでしょうか!」


 ん……?


「アリシアさん、今、なんでもするって言いましたね?」


「はい、どんなことでもします!」


 そんなこと言われたら、僕がやることなんて一つしかない。


「いいでしょう。僕の願いは一つ……!」


「はい……!」


 アリシアさんは覚悟を決めて目を(つむ)る。彼女の心音が聞こえてきそうだ。


「アリシアさんがスライム嫌いを克服(こくふく)するのを、僕に手伝わせてください!」


「……へ?」


 アリシアさんは目を開け、きょとんと目を丸くした。


「手伝うって……いいんですか!? 草むしりでも肩たたきでも、何でもやりますよ!?」


「そんな子供のお手伝いみたいなこと頼まないですよ……それに、魔王を倒すために頑張っているアリシアさんの気持ちを踏みにじるようなことはできません」


 アリシアさんは数秒僕を見つめて。


「……ユート君っ!」


「は、はいっ!」


 アリシアさんが前のめりになって顔を近づけてくる。突然名前を呼ばれたものだから思わずドキッとしてしまった。


 一度意識すると、アリシアさんの色々なところに目が行ってしまう。真っすぐにこちらを見つめる澄んだ碧眼の瞳。さっきまでスライムが纏わりついていたため、少し湿っている金髪。鎧を着ていてもわかる、女性らしい丸みを帯びた体。どれを取っても美少女そのものだ。


「……ユート君?」


「は、はい! なんでしょうか!」


 いけない。思わず見とれてしまった。


「私もスライム嫌いの克服、ユート君に手伝ってほしい! だから……お願いできますか?」


 アリシアさんが僕に握手を求める。


「はい! 僕でよければ、喜んで!」


 僕はその手を取って、グッと握手を交わした。


 僕とアリシアさんの、奇妙な関係が始まったのだった。

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