表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/133

8話後半 ユートには仲間がいた

「はあ……はあ……」


 ひたすらに風を切って走る。地面を強く踏みしめると、枝が折れる音。山の木々の臭い。胃液が逆流するような感覚。風が僕の頬を撫でる。僕の中の全ての感覚が鋭敏(えいびん)になっていた。だと言うのに、視界はただ一直線しか見えないほど狭まっていた。


 逃げなければ、という強迫観念(きょうはくかんねん)にも近い思いが、既に疲労が限界に近い僕の足と、ドクドクと鼓動する心臓の動きを早め続けた。


 様々な考えが逡巡(しゅんじゅん)する。逃げなくちゃ! でもギルダが襲われている! いや、僕がここで助けに行ったってなんの意味もない! とにかく走らなきゃ! でもそしたら……。


 ギルダは――助からない。


 現実はあまりにも残酷だった。誰かを助けるためについているはずだったこの腕は、今は敵から逃げるために絶え間なく動き続けている。様々な思考がノイズのように頭を支配する中、僕はその声から逃れるようにして走り続けていた。


「ウオオオオオオオオン!!」


 辺り一帯に響き渡る、汽笛(きてき)のような狼の遠吠え。グラトニックウルフのものだ。こんなに走って汗をかいているのに、背筋に悪寒(おかん)が走り、全身に鳥肌が立った。


「ヤバいぞ! あいつらもうこっちに来てる!」


「そんな! 走り出してからまだ一分も経っていないぞ!?」


 仲間の死を悲しんでいる時間なんて、ほんの一瞬だってない。もう敵はすぐ近くまで来ているのだ。


「分散して逃げるぞ! 少しでも助かる確率が上がるんだ!」


「で、でも!」


 セレンが声を上げる。彼女がそのあとに言いたいことは、僕でもわかった。


 ここでバラバラになったら、グラトニックウルフから逃げられても他のモンスターに襲われるかもしれない。それに、ここでバラバラになったら、もう二度と会えなくなる気がする。


「それでも……やるしかないんだ!」


 苦虫をかみつぶすような表情で、シグルドが言葉を振り絞る。現実問題、それ以外に方法が残されていないのも確かだ。


「……やろう! 三人で別々の方向から街の方へ逃げるんだ!」


 もはや猶予はなかった。シグルドの意見に賛成の声を上げると、彼はコクリと首肯した。


「街に着いたら、冒険者ギルドに初心者狩りが出たことを伝えるんだ! 他のメンバーが街に戻ってこなくても、絶対に引き返すな! それから……必ず、生きて帰るぞ!」


 シグルドの号令と共に、僕たちは三つに分かれてそれぞれ違うルートで街への道を目指した。


 絶対に生き残るという約束を抱えて。


 それからどれくらい走っただろうか。息はとっくに切れていて、乾燥した喉からは血でも出てきそうだ。足は痛み、筋肉が今にも引きちぎれそうだ。


 燃料が切れていても、例え体が限界を迎えたとしても、僕にはただ走り続けることしかできない。仲間の死を目の当たりにして、生への執着(しゅうちゃく)という感情は、僕を激しく突き動かした。


「……山の出口だ!」


 鬱蒼(うっそう)とした木々の先に光が見え、僕の双眸(そうぼう)からは自然と涙が溢れ出た。危機は去った。後は街に戻って、ギルドに行って、仲間の帰りを待つだけだ。視界を光が包むにつれ、僕の死への恐怖の感情は薄れていった。


 それから僕は、今にも倒れそうな体を引きずって冒険者ギルドにグラトニックウルフについて報告した。


 安心したからか、僕はそのままギルドの中で倒れてしまったらしく、そのあとのことは覚えていない。目が覚めたのは次の日の朝だった。ギルドの救護室(きゅうごしつ)から飛び起き、ロビーに走った。シグルドやセレンがいるんじゃないかと思ったのだ。


 しかし、いくら探してもロビーに二人の姿はなかった。そして、それからも仲間たちは、僕の前に姿を見せることは無かった。


 もし、グラトニックウルフの足音が聞こえてきたときに「退こう」と言えていたなら。


 もし、僕にグラトニックウルフを倒すことができるほどの力があったとしたら。


 もし、僕と、シグルドとセレンのどちらかが、逃げる方向を交換していたとしたら。


 皆を助ける手段はいくらでもあった。でも、僕はその選択肢をつかみ取ることができなかったのだ。ありもしない仮定と、その理想に手が届かない後悔の念はとめどなく僕の中に溢れていった。


 僕は、人を殺した。その現実だけが、最後に自分の背中に重くのしかかった。


 それから僕は、パーティを組むことを辞めた。ソロで冒険者をする道を選んだ。もう自分のせいで誰かを死なせてしまうのは嫌だったから。


 そして、何をするにも熱中できなくなった。好きなことに没頭していると、ふと仲間たちに申し訳ないという気持ちが過って手につかなくなってしまう。


 山に行かなくなった代わりに、僕は森という場所が好きになった。自分以外に誰もいないその空間が心地よいのだ。


 ……いや、ただこうして感傷に浸っているだけなんだろう。


 ふう、と息をつき、僕は読みかけの本を閉じた。



「……っていうことがあったんス」


 ダース君の口から語られたのは、ユート君の悲しい過去の話だった。


 仲間が全員死んでしまい、自分だけが生き残った。冒険者をやっていると、時々聞く話だ。残された側の気持ちは、私にはわからない。でも、辛い思いをしているのは容易に想像できる。


「去年グラトニックウルフが出たのを討伐したのは、私なんだ。ギルドから要請が来てすぐに駆けつけたけど、装備品の一部しか見つからなかった」


あの装備品はユート君の仲間のものだったんだ。もう少し私が早く駆けつけていれば。そんな気持ちになったのを思い出す。


「……よし! 決めた!」


「いきなりなんなのよ」


「リサちゃんごめん! 駄菓子屋さんはまた今度!」


「ちょ、どこに行くのよ!」


「ユート君と冒険する準備!」


 私は家に向かって全力疾走した。

おまけ

ダース(ロリっ子と二人きりかよ……)

リサ(キモ男と二人きりかよ……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ