8話前半 ユートには仲間がいた
「ユート! 行くぞー!」
「わかったー!」
あの日、僕の周りには仲間がいた。
「今日こそはあのハイコボルトを倒すんだから」
「前回より俺たちも強くなってるし、絶対勝てるさ」
パーティメンバーは、僕を含めて四人。名前はギルダ、シグルド、セレン。男3女1の新米冒険者パーティだった。
「おいシグルド、まさかビビってるんじゃねえだろうな。ハハハ!」
ギルダはパーティのリーダーで、前衛職の戦士。筋骨隆々な体つきで、彼の膂力は新米冒険者の中では随一だった。家族思いで、時々妹の話をしてくれた。
「ビ、ビビってるもんか! 論理的じゃない発言はやめろ!」
シグルドは真面目な補助魔法使い。冷静な分析力と後方からの正確なオペレーションでパーティを支えていた。
「ま、どんな相手もあたしの魔法でぶっとばしちゃうから! シグルドも安心してビビってなさい!」
セレンはとにかく天真爛漫な攻撃魔法使い。火属性魔法が得意で、パーティの火力としていつも大活躍だった。
「俺は断じてビビってなどいない! そう思うなら根拠を出せ!」
「絶対ビビってる! ユートもそう思うよな!?」
「やめなよ二人とも。ほら、もうすぐ山のふもとだよ」
僕はパーティのアーチャーだった。魔力も体格も人並み程度にしかなかった僕は、後方支援のアーチャーという職業を選んだ。
攻守ともにバランスが取れたパーティで、メンバーも仲が良かった。一人一人の能力も高かったので、将来が期待されていた。今思うと、僕はなんでこんな優秀なパーティにおいてもらえていたのだろうか。それほどまでにいい面子で、僕は彼らが大好きだった。
「前方からゴブリンが三体! 俺が抑えるから後方支援頼む!」
木々が生い茂る山の中、獣道を進んでいると、前方からゴブリンが、よだれを垂らしながら走ってこちらへ襲ってくる。緑色の小人のような様相で、見た目は気持ち悪いが大して強くはない。
「了解! <防御強化>!」
戦士のギルダは前線に走り、大盾を構えてゴブリンたちに体当たりする。シグルドの防御力バフ魔法の効果でガードは大壁のようだ。
「<火球>!」
ゴブリンたちがひるんだタイミングを見はからい、セレンが炎魔法を発動する。僕は弓矢を放てるポイントに移動した。
セレンが放ったサッカーボール大の火球は、ゴブリンの胴体に直撃して弾ける。二体目のゴブリンも衝撃で後方へ弾き飛ばされ、動かなくなった。
「今だっ!」
狙いを澄まして、ゴブリンの頭部に弓矢を放つ。額の部分に吸い込まれるようにして弓矢が直撃し、そのまま絶命してバタリと倒れた。
「おらよっ!」
残り一体になったゴブリンを、ギルダが片手剣で切り裂く。三体のゴブリンはパーティの連携であっさりと倒された。
「よしっ! 今日もかなりいい感じだな!」
「ユート、やるじゃん!」
「そんなことないよ。セレンだって魔法の威力上がってるじゃん」
僕たちパーティは確実に強くなっていた。クエストをこなすたびに連携力は強まっていったし、個々人の能力も高まり続けている。
何もかもが絶好調だった。
「よし、この調子でハイコボルトもやっちま……」
「なあ、何か聞こえないか?」
嬉々としたギルダの言葉を、シグルドが遮った。何かと思い僕たちは耳を澄ませる。
地面に落ちた枝葉が踏みしめられる音。猛獣が唸るような吐息。おそらくモンスターが近づいてきている。
「なあ、僕たちでどうにかなるモンスターじゃない気がするんだけど……ちょっと距離を取ろうよ」
僕の中で嫌な予感がしたので、すぐに撤退することを提案した。この山にまだ勝てないモンスターがいないわけではない。今回の相手は、そんな強敵である気がしたのだ。
「大丈夫だって! 今日の俺たち、調子いいだろ! 弱気になるなって!」
「何かあったら相手に鈍足化の魔法をかけるし、まだ弱いモンスターしか出ないエリアだ。大丈夫だユート、論理的に考えて問題ない」
「ま、あたしの魔法があれば心配ご無用ってやつよ!」
三人は迫ってきているモンスターと戦うことを判断した。思えばこの時、僕たちは調子に乗っていたのかもしれない。未知のモンスターの強さを安く見積もってしまった。
「う、うん。わかった、戦おう」
今になって思えば、ここで必死に引き留めておくべきだった。『駄目だ、いったん退こう』と。気持ちが浮ついていた僕は、三人の意見に同調して戦うことにした。
「よし……来るぞ……」
モンスターの足音が大きくなる。僕たちは武器を構え、敵が姿を現すのを待った。
「グルルルル……!!」
灰を被ったような体毛。ギラギラと光る、鋭い目。聞くだけで鳥肌が立つような低い唸り声。
「嘘だろ……!?」
「『初心者狩り』がなんでここに!?」
木から顔を出したのは、モンスターのグラトニックウルフ。人間ほどの大きさの狼の魔物だが、かなりの強さで、空腹時は人間すら襲う。冒険者になりたてのパーティが襲われることが多いため、冒険者界隈では『初心者狩り』と呼ばれて恐れられていた。
いくら調子がよかった僕たちと言っても、初心者の冒険者であることには変わりはない。相手が悪すぎた。
「シグルド、鈍足化の魔法を!」
「わかった! でも!」
「絶対逃げるぞ! なんとしてでもだ!」
ギルダは僕たちの最前線に立って盾を構えた。
「<鈍足化>! <鈍足化> !」
シグルドは息を吸う間もなく魔法をかけ続けた。普段冷静な彼でも声が上ずっていて、焦っていることがわかる。
「グアアア!!」
ところが、いくらデバフ魔法をかけても動きが止まる気配はない。グラトニックウルフは思いきり地面を蹴り、ギルダに飛び掛かった。
「お前ら、逃げろ!!」
刹那、ギルダが声を上げる。
「何言ってんの! いつもみたいにあたしたちが支援すればいくら初心者狩りだって……」
「もう駄目みたいなんだ」
その時気が付いた。グラトニックウルフが一体だけではないことに。
ギルダが盾で攻撃を防いでいる個体以外にもう二体、同じくらいの体躯のグラトニックウルフがどこからともなく姿を現していた。
「ギルダも逃げないと! 今ならまだ……」
セレンがそう言いかけて、言葉を止めた。ギルダの目は既に死を覚悟していた。
「生きろ。俺が時間を稼ぐから」
胸を抉られるようだった。僕たちが生き延びるには、ギルダが時間を稼がないといけない。これだけの数、これだけの強敵。鈍足化の魔法だってどの程度効くのかすらわからない。
「……行くぞ! ユート、セレン!」
「でも!」
「ギルダの思いを無駄にするつもりかよ!」
シグルドは一喝し、走り出した。僕とセレンの中には、葛藤があった。ギルダを見殺しにしたくない。でも、どう考えてもグラトニックウルフを相手にできる実力は、僕たちにはない。
「…………クソっ!!!」
どうすることもできない。自分の無力を痛感した。
僕とセレンもシグルドの後に続いて走った。
脇目も振らず、なるべく後ろは振り返らないように。




