7話後半 ユートは特徴がない!
「リサちゃん、静かに静かに、だよ!」
「わかってるわよ。あ、あそこ曲がるわよ!」
私とリサちゃんの二人は、ギルドの外に出てから街を歩き、ユート君を見つけた。そこから彼がどんな行動をするのか、尾行して見張るというわけだ。
建物の影に隠れ、曲がり角から顔を出し、こっそり後を付け回す。当のユート君はこちらに気付いている様子はなく、さっきからどこかへ向かって歩いている。
「ねえ、ユート君どこに行くんだろうね?」
「さあね。もしかしたら銀行で金を引き出してカジノに行くかも」
「えっ!? まさかのギャンブル狂い!?」
それはちょっと嫌だなあ、と思う。リサちゃんは「冗談よ」と付け加え、再びユート君の方に視線を移した。
「あ! あそこの建物に入ったよ!」
ユート君がある建物に吸い込まれていく。私たちは急いでそれが何なのかを確認しに行った。
「……古本屋さん?」
彼が入っていったのは、読み終わった中古の本を売買するお店だ。本の他にも中古品であれば服や魔道具も取り扱っているため、もはや古本屋という体裁すら保っていない。お客さんからしてみれば「本ねーじゃん!」という感じだろう。
「古本屋とはまた普通なチョイスね……」
「でも、変わった本を買ってくるかもしれないよ! 『気持ち悪い生き物図鑑』みたいな」
思えばユート君は雑学をよく知っていたから、そういう知識を取り入れる本を買ってくるかもしれない。
私たちは事前に買っておいたあんパンを食べながらお店の前で張り込むことにした。
「あ、出てくるよ!」
15分後。ユート君は一冊の本を抱えてお店から出てきた。
「何を買ったんだろう? 『雑学100連発!』みたいな本かな?」
「どうせちょっとエッチな漫画でも買うんでしょ」
尾行をしている問題上、遠くから本のタイトルを見なければいけないのが難しいところだ。私たちは遠ざかっていくユート君の手に握られた本の表紙に目を凝らす。
「タイトルは……」
「えっと……」
「「『幻想』」」
……一番反応しづらいやつだこれ。見たところ小説みたいだけど、タイトルからどんなお話なのか想像ができない。なんだろう幻想って。その短い単語でいったい何を表しているのだろう?
「なんなのよアイツ! こっちは15分も待ってるんだからせめてタイトルで内容がわかる本を買ってきなさいよ! 『天才魔法使い、チート能力でモンスターを倒しまくって可愛い!』みたいな!」
「リサちゃん、そのタイトルはなんか願望入ってるよね?」
とにかくユート君の特徴は未だに掴めないままだ。よく考えたら古本屋さんという場所自体普通の極みだった。このまま引き下がれないので引き続き尾行をすることに。
ユート君はそのあとも街を歩く。あてもなくフラフラ歩いているようにも思えるが、ちゃんと目的地は決まっているみたいだ。
「次はどこに行くんだろうね!」
「どうせ普通のところよ。もう私飽きちゃった」
「えー! 探偵みたいでワクワクするじゃん! 頑張ろうよ~!」
「嫌。私帰……あっ! 袖を掴むな! 逃げられない!!」
リサちゃんはもう尾行がめんどくさくなってしまっているらしく、やれやれとばかりに首を振った。それでもここで帰られては困るので捕まえておく。
「あ! あそこに入った!」
ユート君がまた建物に入ったのを見て、私たちは急いで現場に駆け付け、彼が何の建物の中に入ったのを確認しに行く。
「ここは?」
「フィレファンよ。変わった雑貨を取り扱ってる本屋さん」
所狭しと並べられている目に悪そうな色の雑貨たち。黄色地に赤文字の手書きのポップ。私は初めて来たのだが、なにやらサブカルチャーの匂いがする。
「リサちゃんはここに来たことがあるの?」
「あるわよ。っていうか誰でも一回は来たことあるでしょ」
「ちなみに何を買ったの?」
「こ、この帽子よ……」
リサちゃんが被っている帽子って、フィレファンで買ったやつなんだ。ひょっとしてそれコスプレ用だったりしない?
「あ! 出てくるわよ! 隠れなさい!」
リサちゃんに手を引かれ、私たちは再び建物の影に隠れると、それに続いてユート君がお店から出てくる。
「何を買ったんだろう?」
「あれは……」
「「缶詰」」
ユート君の手には、銀色の丸い缶詰が握られている。距離が遠くてラベルまでは目視できない。
……反応しづらい。一体何の缶詰なのか気になるけど、一番痒いところに手が届かない。棒付きキャンディーで出来た花束とか、すごく大きいお菓子を買ってきたら反応しやすいのに、なんで毎回パッと見でわからないものを買ってくるんだろう。
「どうせアレよ。変な匂いが入ってる缶詰とかよ。家に帰って開けて楽しむんだわ」
「だとしたら一体なんでそれをピンで買って帰るんだろう……ユート君ってひょっとしてヤバい?」
ユート君の二回目の失態にリサちゃんは呆れている。なんだかここで解散したら明日から彼の顔を真っすぐ見られなくなる気がする1
「も、もう少しだけ追いかけてみようよ!」
次はもしかしたら変わった場所に行くかもしれない。縋るような思いで、私たちはさらに後をつけた。
*
「ねえ、ここって……」
「ええ。いつもの森じゃない」
ユート君は本と缶詰を買ったそのままの足でいつもの森まで来てしまった。本、フィレファンと来て今度はお店じゃないみたいだ。
ユート君は森の中へとズンズン進んでいく。辺りを二、三度見回すと、ある場所で座り込んだ。
「そこにいるんだろ?」
ユート君は誰もいない森の中で突然喋り始める。
「やばいわよアリシア! 尾行がバレてる!」
「え、嘘!?」
ここまでバレている様子はなかったのに! でもユート君の発言からして私たちがいることに気付いていることは間違いない。
「大人しく出るしかないわね……」
「うん……素直に謝ろう」
私たちが物陰から出ようとしたその時。
「ニャー」
「あ、いたいた!」
動物の高い鳴き声。ユート君はその声がした方に駆け寄っていった。
「ほら、餌だぞ」
ユート君がしゃがむと、彼の目の前には小さな白い子猫がいた。
「ああ、缶詰を開けるから待ってて……コラ、くっついてきたら汚れちゃうだろ!」
ユート君は缶を開け、猫の前に置く。正体不明のそれは猫缶だったのだ。猫はだいぶユート君になついているらしく、自分の何倍も大きい相手にすっかり体を寄せている。彼も嬉しそうだ。
「あいつ、猫の餌やりに来たのね……」
猫缶を上げ、猫が美味しそうにそれを食べているのを見ると、ユート君は大きな石を椅子にして、中身がよくわからない本、『幻想』を開いた。
「……リサちゃん、帰ろっか」
「いいの?」
「うん。ユート君は普通だけど、優しいのはよくわかったから」
私たちはその場を後にして、シエラニアへの帰路についた。
尾行しても結局ユート君の普通じゃない点は見つからなかったけど、彼が凄く優しい人なのがわかったから、満足だ。
*
シエラニアに到着する。私たちは達成感と尾行の疲れから大きく伸びをした。
「それにしても疲れた。まったく、なんの面白みもなかったじゃない、あいつ」
「尾行もなかなか骨が折れるねえ。リサちゃん、駄菓子屋さんでも行かない?」
「い、行くかバカ! 駄菓子なんてほんっと一ミリも食べたくないから!!」
リサちゃんは全力で否定するが、その割には目がキラキラしていて可愛いので、さらっと連れて行ってしまおう。
「アリシアさん! ロリっ子!」
駄菓子屋に行こうとしていると、前方からユート君のお友達のダース君が走って来た。
「何しにきたのよキモ男」
「今は構ってる暇はねえんだよロリっ子。そんなことよりアリシアさん、ユートについて大事なことを言い忘れてたんスよ」
「ユート君について?」
「ええ。あいつの普通じゃないところです」
普通じゃないところ。つまりユート君にも特徴があるってことだ。今日一日尾行してもわからなかったわけだし、ぜひ聞きたいな。
「あいつはパーティを組まないんです。……いや、正確には組まなくなったんです。ある時から」
「ある時から?」
「冒険者になって一か月の頃、ユートがいたパーティは全滅したんです。あいつ一人を残して」




