58話後半 人間は互いを埋め合う!
「カスミ? どうしたんだ、いきなり出てきて?」
僕の目の前に現れたカスミは、心なしか、寂しそうな表情をしているように見えた。
「全部思い出したんです。過去のこと。どうしてカスミが幽霊になったのかを」
ワンピースの裾がはらりと揺れる。彼女は魔王の方を見つめた。
「カ……スミ?」
その時だった。魔王がこちらを見て、確かにカスミの名前を呼んだのだった。
「えっ……今、カスミって!」
「ええ、そうです。思い出しました。カスミの本当の名前はイシヅカ・カスミ。そこにいるイシヅカ・ケンイチの娘です」
えっ?
「「ええ~~~!?」」
僕とアリシアさんの二人は全力で声を上げた。
だってそりゃそうだろう。今まで妹の役回りだった正体不明の幽霊が、実は魔王の娘だっただなんて……信じられない。
いや、信じられないと言われれば嘘か。よく考えたら『カスミ』なんて名前、身近に一人もいない。魔王と同じ異世界人の子孫である、マツリさんにそっくりの響きだ。
だから、そんな名前の彼女が魔王の娘であるということは、ある種、自然なこととして腑に落ちた。
「最初にみんなで魔王城に攻め込んだ時、カスミにはなんだか懐かしい感じがしたんです。自分の中の何かと共鳴するような感覚を懐きました。それからずっと考えていたんです」」
思えば、彼女はここに来る前、なんだか浮かない顔をしていたような気がする。あれは悩んでいたからだったのか。
「魔王の話を聞いていて、少しずつ記憶が戻ってきたんです。変身が解かれて人間の姿に戻って、確信しました。彼はカスミの父親なんだと」
そう言って、カスミはふわふわと浮いて魔王の近くへと行った。
「カスミ……なのか?」
「ええ、そうですよ。あなたの娘のカスミです。もう顔も忘れちゃったんですか?」
「そんなわけがない……お前を失ってから、私はずっと後悔していた……悔やんでも、悔やんでも、お前が帰ってくることはなくて……」
ううううう、と嗚咽が漏れる。カスミはそんな父親の様子を見て、ニッコリと笑った。
「当たり前ですよ。死んだ人間が帰ってくるわけないじゃないですか、そんなのホラーですよ」
余計な一言が多い彼女だが、心の底から嬉しそうなのがわかる。当たり前だ。自分のルーツがわかったんだから。
二人の様子を見ていると、僕も嬉しく思う反面、なんだか悲しくも思えた。
「カスミ、お前は私を――お前たち家族のことを省みず、自分のことばかり考えていた私を、恨んでいるか?」
魔王の問いに、カスミは少し困ったように考えた。
「……そういうときもありました。あなたは私に愛情を注ぐことなく、家を空けることが多かったですから。『自分は親から愛されていないんじゃないか』って思ったこともありますよ」
幼い少女が親からの愛を受けられないのは、とても辛いことだ。それはきっと、すぐに忘れられるようなものではない。
「でも、カスミはあなたのことが大好きでしたよ。だって、そうでもなければテーマパークで地縛霊になることなんてありませんよ。カスミは、あなたと遊んだ日のことを忘れてなかったんです」
「テーマパーク……ディスティニーか。カスミに引っ張られていった覚えがあるな」
「ええ。あれが唯一あなたと一緒に行った場所ですから。アトラクションが楽しくて、心が温かくなって。カスミにとって一番の思い出でした」
「そうだったのか……お前の母さんと話していたのを思い出したよ。子供が出来たら、三人でどこかに行こうってな」
「なのに、あんなにカスミのことを置き去りだったんですね?」
「それは……すまなかった」
魔王が困ったように視線を逸らすのを見て、カスミはフフっと笑う。そして、こちらの方へフワフワと戻ってきた。
「お兄、どうやらここまでみたいです」
「……行くのか?」
「ええ。カスミは元々、死んだ人間ですから。未練が無くなった以上、ここにずっと残っていても変でしょう?」
カスミがいなくなると聞いて、なんだか心が締め付けられるような気持ちになる。最初は邪魔だと思っていたはずなのに。彼女が消えるとわかった途端、寂しくて仕方がない。
「……悲しんでくれているんですね?」
「……そうだよ」
いなくならないでくれ。そう言えたらどれだけ楽だっただろう。
でもそれは叶わない。魔王とあれだけ楽しそうに話しているのを見てしまったら。僕は彼女を引き留めることはできない。
その時、カスミが僕の頭をポンと触り撫で始めた。
「お兄は優しい人です。カスミのことを好きでいてくれたんですね」
「……優しいもんか。僕は今、君のことを引き留めようとしてるんだぞ」
「いいえ。見ていればわかりますよ。お兄はいつも苦労ばかりして、残念な女の子たちに振り回されていますけど、最後は優しく許してあげていることを。
あなたが様々な苦難を目の前にした時、葛藤して、それでも前に進んでいることを。
あなたがこんな幽霊が相手でも、真剣に向き合ってくれる人だってことを。
一番近くで見てきたのは、カスミですから。一番よくわかっていますよ」
そうだ。寝ているときも起きているときも、泣いているときも笑っているときも、いつも彼女は僕の中から僕を見ていた。
僕を一番よく理解してくれているのは、君だったのかもしれないな、カスミ。
透き通るような彼女の白い肌と、夏に咲くヒマワリのように輝く笑顔。僕は涙をこぼしながら、その姿を目に焼き付けていた。
「これからは、他の人にもその優しさを分けてあげてくださいね」
「わかった」
「夜更かしはしちゃいけませんよ? 健康は第一です」
「……わかった」
「それから……カスミのことを、ほんのちょっぴりだけ忘れないでいてくれると嬉しいです。自分がこの世界にいた証があったら、嬉しいじゃないですか」
「……わかった! 約束する! 僕は絶対、君を忘れない!!」
涙を流しながら、僕は腹の底から叫んだ。その様子を見て、カスミは優しく微笑む。
「お姉も、すごくお世話になりました。今思うと、勇者と魔王の娘の相性が悪いなんて、当たり前でしたね。お兄のこと、大事にしてあげてください」
「うん。カスミちゃんも、元気でね」
「はい。お姉も素敵な毎日を」
そう言い残し、カスミはまた魔王の元へ戻っていった。
「さ、お父さん。行きましょう。お母さんが向こうで待ってるはずです……」
「ああ、そうだな……。私は、人間としては長く行き過ぎた。ここらで行くとするか……」
魔王はカスミと手を取る。すると、彼の体がふわりと宙に浮かび、空へと吸い込まれていく。
「魔王が空へ浮いてるぞ……?」
「それに、あの子がカスミなのね……」
他の仲間たちのも、カスミと魔王の姿が見えているようだ。
「女勇者アリシア、そしてその仲間たちよ。君たちには大事なことを教えられた。さらばだ、若き力たちよ……」
「みなさん、ありがとうございました。これからも、お元気で」
二人は空高くへ昇っていき、1分もすると見えなくなってしまった。僕たちは二人を見届けると、そのまましばらく黙っていた。
「……行っちゃったね」
アリシアさんが口火を切った。すでに二人の姿はなく、空にはただ雲一つない、青天井が広がっていた。
「そうですね」
僕は空を見上げたまま、ただ静かに答えた。




