56話後半 魔王は人類を滅ぼしたい!
しかし、健一と翔の友情は、それ以上長くは続かなかった。
数年が経ったある日のこと。健一は見てしまったのだ。街の人と翔が話しているのを。
「カケル! お前凄いな! こんなにたくさん機械を作って!」
「だろ! すげえだろ! ……とは言いつつも、これを作るように指示したのは健一なんだけどな」
街の男性と、翔が話している。健一はそれを建物の陰から覗いていた。
「いやいや、謙遜するなよ! 街がこんなに発展したのは、間違いなくお前の発明のおかげだ!」
「カケル、街をよくしてくれてありがとな!」
「あ、カケルだ! カケル~!」
最初は中年と二人で話していた翔のもとに、どんどん人が集まってくる。老若男女問わず、たくさんの人たちが彼に感謝を伝えているのだ。
「お前ら……クソッ、嬉しくなんかねーからな!? ただちょっと目にゴミが……」
「アハハハハハ! カケル、泣いてるー! うれし泣きだー!」
群衆の中の少年が翔を指さして、心から楽しそうに笑う。
「馬鹿っ! 泣いてないって言ってるだろ!?」
「どこからどう見ても泣いてるじゃんー!」
今度は、一人の少女が笑いながら指摘した。
「余計なこと言いやがって……よし、今日は俺が飯おごるぜ! ついてこい!」
「「「「やったーーーーー!!」」」」
街の人々は歓喜の声を上げ、ゾロゾロと翔の後をついて歩いていった。きっと彼らは、大人数でパーティーを出来るように改良した冒険者ギルドで、今日も夜までたくさん騒ぐんだろう。
健一はその様子を見て、内側から湧き上がる嫉妬の感情を抑え込むことができなかった。
自分の周りに人が集まったことなんて、ほとんどなかったのに。
開発も、この領地の治世も、全て自分がやっているのに。なぜ、人々は無能な翔の方へついていくのだ? と。
いつしか、そんな感情が健一の中で芽生えるようになった。
そしてその気持ちは日増しに膨れ上がり、健一の中の民衆に対する嫌悪感は高まっていく。次第に人と話すこともなくなっていった。
「どうして……どうしてあいつばかり……!!」
さらに半年ほどして、翔は街の女と結婚をした。相手は青い髪をした、綺麗な女性だった。街の人たちはみんな、彼らの結婚を祝福した。
そのころから、健一は街の人間と会話すらしなくなっていた。
健一は完璧な人間だった。自分一人で何でもできる人間だった。それはこの世界のどんな人間よりも優れているということで、健一にとって、それが評価されないのは不服以外の何物でもなかった。
どうして、完璧な自分よりも欠点だらけの翔の方が評価されるのだ。
自分は冒険者としてモンスターを倒しているから、その活躍が街の人々に伝わりづらいからだろうか? 翔の発明の方が、役に立っている感があるからだろうか?
考えても、答えは出ない。いらだちばかりが募っていく。
「いや……待てよ?」
そこで健一は気づいた。
そもそも、自分にとって、他者からの評価は必要なものだろうか?
自分は完璧な人間だ。その自己理解はきっと、客観的に見ても正しい。だったら、わざわざ不完全な人間に評価されたいと思う必要はないのではないか? と。
そうだ。自分は何も間違っていない。完璧な人間が、欠点だらけの不完全な人間に評価されないのは、民衆が愚かであること以外にあり得ない。
そう気づいた健一は一人、街を出た。夜風が心地いい、夏の晩のことだった。
一人になった健一は考えた。自分が評価をされるためには、自分のことを正当に評価するものが現れなければいけない。
そして、やっていることがまずかったのもわかった。いくら自分が優秀な人間でも、仕事が冒険者では、評価されにくくなってしまう。
つまり、自分が最もパフォーマンスを発揮できる場所。そして、自分という完璧な人間にふさわしい場所を選択しなければいけない。
答えはすぐに見つかった。『王』だった。
ただの王ではない。魔王だ。わざわざ人間に拘泥する理由もなかったのだ。自分なら、魔族相手でも君臨することができる。健一は確信を強めた。
転生時に手に入れたチート能力、『なんにでも変身できる力』で魔王の姿に変身した健一は、街から出て一週間で魔王として玉座に君臨した。
最初は、魔王の誕生に異を唱える魔族もいた。しかし、完璧である健一に、力で勝てる魔族などいない。
彼は反抗する勢力をひねりつぶし、一か月もすれば向かい風は完全にやんだ。
「僕……いや、余についてこい。魔族に圧倒的な繁栄を、そして我々を苦しめる人間に圧倒的な苦痛を与える。全ては魔族のために!!」
魔族の指導者として、彼はさらに隆盛を極めていく。
何にでも変身できる能力は、自分の細胞を若返らせるのにも使えるらしく、健一は人間の寿命を凌駕した生き方が出来るようになった。
それから約100年、アリシアが彼の目の前に現れるまで、健一には肉体的な衰えは全くなかった。まさに完璧な人間だ。
「絶対にわからせてやる……余という人間がいかに優れているかを。そして、余は誰よりも完璧な存在になるのだ!」
自分が誰よりも優れていることを証明するため。
そして、愚かな民衆に自分の優秀さを否が応でも理解させるため。
魔王イシヅカ・ケンイチは、今日も玉座にて挑戦者を待つ……。
そして、後にスライムの姿に変わるのは別の話。




