55話後半 アリシアさんはスライムを超える
さあ、魔王を倒すぞ! 時間がないぜアリシアさん!! ガンガン行こう!!
「ま、待って! ユート君!」
アリシアさんが、僕の手を振りほどいて声を上げた。
「どうしたんです!? 急がないと世界が危険ですって! バッタちゃんたちだって、どれだけ時間稼ぎができるかわからないのに!」
「う、うん。それはわかってるんだけどさ……あの……ユート君は、私のこと、どう思ってるの?」
「どう思ってる? どう思ってるってなんですか?」
「鈍いッッ! ……ああもう、ハッキリ言うよ。私はユート君が好き! ユート君は私のこと、好き!?」
アリシアさんが赤面して、いつになく真剣なまなざしをぶつけてくるものだから、僕はピタリと動きを止めた。
「アリシアさんのことかあ……」
好きか嫌いかで言ったら好きだけど、彼女が言う『好き』ってそういう意味じゃないんだよな……友達に感じるようなものじゃない、特別な感情であって。
そもそも好きってどこまでのことを指すんだろうね? 手をつなぎたい? 交際をしたい? 家族を持ちたい? その全部? うーん……アリシアさんはどの段階なんだろう。
「……なんか、冷静に考えたら恥ずかしくなってきました」
「なんで!? 私まで余計に恥ずかしくなってくるじゃん!?」
「僕はアリシアさんのことが好きなのかどうか、わからなくなってきたんですよ! 今まで考えたこと、なかったですから。むしろよくこんな速さで答えを出しましたね?」
僕が悩んでいる様子を見て、アリシアさんはおかしそうにクスクスと笑った。
「……私ね、テレサが未来に帰る前の日、ユート君と丘の上で喋ってたのを見てたんだ」
「常習的にストーカーしてるんですか?」
「も、もうしないよ!? 前までは時々してたけど! さすがに悪いなあと思ったから……」
反省してるみたいだし、許してやるか。
「でね、テレサがユート君のほっぺにキスをしてるのを見て……なんだか心が痛くなったの。ズキズキっていうか、ドキドキっていうか……そんな気持ちになったの」
アリシアさんは胸元に右手を添え、掴むようにして鎧を指でなぞる。
「私はこの気持ちの正体に気付かなかった。でも……辛いけど忘れてはいけないような気がして、苦しいけどあったかくて。この気持ちはきっと『好き』なんだろうなって、さっきわかったんだ」
アリシアさんはそう言って、照れるように笑った。その表情が、あの森の中で最初に会った時に見た、太陽のように輝く笑顔に重なる。
『私もスライム嫌いの克服、ユート君に手伝ってほしい! だから……お願いできますか?』
あの日、初めてアリシアさんに出会って、運命の歯車は回り始めた。
『ねえ、ユート君。時間はどうやっても巻き戻らないんだ。死んだ人間は生き返らないし、やったことは取り返しがつかない。だからこそ、それは全部背負っていきていかないといけないんだよ。どれだけ辛くても、それから目を背けることは責任を果たすことじゃないって、私は思うんだ』
歯車は時計の針を進めていく。ぎこちない音を立てて。
『ユート君、この街が守られたのは、ユート君が最後まで諦めなかったからだよ。みんながパニックになってギルドから逃げ出そうとしてた時、私一人でどうにかできるかすごく不安だった。でも、ユート君が声を上げてくれてすごく嬉しかったよ』
時計の短い針と長い針は、時々離れて、時々近づいて。どちらかが止まってしまいそうなときは、どちらかが励まして。
『じゃあ私たち、ずっと分かり合えないままだね』
二つの針は、時に反対まで離れてしまっても。
『後ろからじゃなくて、ずっと隣で応援して。じゃないとスライム克服はしない!』
最後は絶対に重なり合う――
僕は、アリシアさんのことが――いや、違う。本当はずっと前から気付いていたはずなんだ。僕から先に言うべきだったのに。
「僕は――アリシアさんのことが好きです!!」
一歩前に踏み出し、僕は大きな声で宣言した!!
「…………そう、なんだ」
「…………なんですかその反応」
やばい、恥ずかしくなってきた。顔が微熱を帯びているのがわかる。そしてそれはアリシアさんも同じようで、少しうるんだ瞳で僕のことを見つめていた。
「二人とも、お取込み中悪いけど。そろそろ時間がないわ」
マツリさんに言われて魔王の方を見てみると。
「ハアッ、ハアッ……な、なんなんだこのバッタは……やっと全部倒したぞ!」
魔王が、自分に群がっていた魔王を全て倒していた。足元にはバッタたちが山のように散らばっている。
「アリシアさん! 話は後にして、魔王を倒しましょう!」
「そ、そうだね! えっと……私はユート君に触れていればスライムを克服できるのかな……」
アリシアさんはモジモジとしながら僕に手を伸ばした。
「手……つなごっか?」
「手ですか!?」
いきなり手を繋がないといけないのか!? どうしよう、めっちゃ緊張してきた! 手がベトベトしてきたし、心臓も激しく鼓動していく。
「恥ずかしくないですか? 手ですよ?」
「わ、私だって恥ずかしいよ! でも克服するためだから……覚悟決める!」
「よ、よーし……繋ぎましょうか、手を……」
おそるおそる、アリシアさんに手を伸ばす。
「残念だけど、おそらく手じゃ駄目ね」
その時、ぬっとマツリさんが現れた。
「「ええっ!? なんでですか!?」」
「過去のパターンから見るに、スライムを克服するには、ある程度の接触面積と接触時間が必要よ。だから手じゃ面積が小さすぎるわ」
「「というと!?」」
「そうね……後ろから抱きしめるとかどうかしら?」
後ろから抱きしめるですか!?!?!?!?!?!?!?
えげつないですね!?!?!?!?!?!?
「ゆ、ユート君……やるしかないよ……!」
「アリシアさん!? いいんでしょうか!?」
「私、もう覚悟決めたよ……! 心臓が爆発しそうだけど!」
アリシアさんはすでに僕に背中を向けている。頭から蒸気が出ているから緊張しているのは間違いない。
本当にいいのか……? いや、でもアリシアさんはいいって言ってるから合意……とはいえ、僕も緊張で体が爆発しそうだ。
ああもう、やるしかない!!
「い、いきますよ……!」
意を決してアリシアさんの首に手を回す。接触面積が増えないといけないから、できるだけ体を密着させる。トレンディなハグになってしまった。
「…………!!」
「黙らないでくださいよアリシアさん! 気まずい!!」
「わ、わかってるって! 行くよユート君、しっかり掴まってて!」
心臓の音が聞こえてないか不安だが、アリシアさんはまるでそれをいなすように、凄いスピードで発進した!!
「な、なんだこれええええええ!?」
まるで大砲に弾き出されたようなスピード。ジェットコースターに乗っている気分だ。しっかり掴まってないと吹き飛ばされる!!
いつもこんな速さで戦ってたのか! 振りほどかれないようにしっかり掴まると、目の前には魔王の姿が!
「ハハハハハ!! 小娘が!! お前がスライムと戦えないことはわかって……」
「勇者ブレーーーーーーーーーーーーーーード!!!」
魔王に肉薄し、アリシアさんは聖剣を思いきり振り下ろす!!
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
聖剣から放たれた一撃に、魔王は真っ二つになって声を上げた!!
僕たちの、勝ちだ!!
勝利を確信した僕たちの耳に、ある一言が聞こえてきた。
「なんちゃって」




