54話前半 魔王は街を滅ぼしたい!
「フハハハハハハハハハハ!! 来たぞ、人間ども!!!」
朝7時。低い声が大きく響き渡った。空には黒い雲が立ち込め、禍々しいオーラが街を支配する。
門の前に現れたのは、コーラを煮詰めたような色をしたスライム、魔王カタストロフィスライムだ。
「き、来ましたよマツリさん! 魔王です!」
「とうとうね。まったく、何かの間違いだったらよかったんだけど」
マツリさんは研究所の前から門を見つめ、ため息をついた。
ついに来てしまった。魔王が襲来してくる、約束の一週間後が。
「我こそは魔王である!! アリシア!! 出てこい!! 我が城を攻撃したことを後悔させてやる!!」
魔王は、どこにあるかわからない口で私の名前を呼ぶ。いよいよ、という感じだ。
「アリシア、準備はいい?」
マツリさんが聞く。
「……はい。私がなんとかします」
私は顔を両手でパチンと叩き、歩き出した。
今日は、ユート君がいつものギルドの席に現れなかった。ギルバートさんが慌ててやってきて、彼が倒れてしまったことを教えてくれた。だから、今日はこの時間までスライム克服はできなかった。
きっと、ユート君に思った以上に無理をさせてしまっていたんだろう。思えば昨日、彼はいつもどおりを装っていたけど、なんだか調子が悪そうに見えていた。気のせいだと思っていたけど、やっぱりあの違和感は本物だったんだ。
今日は、ユート君はいない。だから私が頑張らないといけないんだ。今日こそスライムを克服して、目を覚ました彼を安心させてあげるんだ。
私は街の門をくぐり、魔王と相対する。律儀にも、魔王は私が来るのを待っていた。真っ白な目を鋭くとがらせて、私のことを睨みつけている。
「出たな、憎き女勇者アリシア……!」
「魔王! あなたの狙いは私でしょう!? だったら約束して。私と戦ったらこの街から手を引くと」
「……アリシア!?」
私の背後でマツリさんの驚きの声がする。彼女にはまだ話していなかった。
6日前、魔王を倒すことができなかった結果を受けて、街の人たちには事前に避難してもらった。だから、私が負けたとて、即座に街の人が殺されることはない。
でも、それが長期間となれば話は別だ。避難した街の人が、魔族に殺されてしまうかもしれない。
魔王だって、無差別に人間を滅ぼしたいわけじゃない。目障りなのは私だ。だったら最初に、『私を殺したら他の人に手を出さないように』約束すればいいのだ。
そうすれば、傷つくのは私だけで済む――
「そうはいかないな、貴様らは魔族を殺しすぎた。貴様らがわけのわからないビームを撃ってきたせいで、余の城も灰と化してしまったではないか! それなのに殺すのは自分だけにしろと? そんな話が認められるか!」
駄目だ。魔王は相当怒っているらしい。半ばわかっていたようなことだったが、人類を見逃してもらうことはできない……。
「……とはいえ、皆殺しだけはしないでおいてやる。残った少数の人類を隷属させ、魔族は今以上の発展を迎える。せめてもの慈悲と知れ」
「そっか……それだけ聞ければ満足だよ」
肌感覚で分かる。魔王が激しく憤慨していることが。私自身が魔王に恐怖していることが。
そして――私がこの戦いで死ぬということが。
あれだけ親しんできたシエラニアの街にいるのに、なぜだか新鮮な気分だ。私は聖剣をグッと握り、その切っ先を魔王に向けた。
「さあ、かかってこいアリシア!」
魔王が挑発する。しかし、私は歩き出すことができなかった。
「どうした!? 足が震えているぞ!? 来ないのか!?」
やっぱり、駄目だ。足が動かない。あれだけ一生懸命にスライム克服を頑張ったのに。
「まさかアリシア……貴様、余に恐れをなしているのか?」
流れる汗が微熱を帯びる。喉がカラカラに乾いて、心臓がドクドクと脈を打ち、血液を流すのを感じた。
「いや、違うな……貴様は余を恐れているわけではない。まさか……」
動け! 動け! 動け! 今動かなきゃ――
「アリシア、貴様はスライムが苦手なのか!?」
その言葉を聞いて、全身の力が一気に抜けるのを感じた。私は激しい脱力感に襲われて、地べたに座り込んでしまった。
「フッ、ハハハハハハハハハハ!! 冗談だろう!? まさかさんざん我が魔王軍を脅かしてきた女勇者の弱点が、スライムだと!? そんな馬鹿な話があるか!?」
魔王の声は街の中まで響く。誰もいない街に威厳のある笑い声が反響して、私の耳朶を打った。
「フランツの奴が、『アリシアの弱点はタコ焼きだ』なんて言っていたが……やはり奴は使えんな。まあいい。どのみちアリシアをここで殺すことができるんだからな!」
魔王はゲル状の体を器用に動かし、ポヨポヨと跳ねて私の前に近づいてくる。
「では……これで終わりだアリシア。これまで貴様が手にかけてきた魔族の恨み、ここで晴らさせてもらう!」
「<炎の烏>!!」
その時、私の体よりも大きい、炎で出来た鳥が目の前で翼をはためかせ、魔王に体当たりした。
「何っ!?」
鳥の突進により、魔王は大きく空中をジャンプし、後退。刹那、私の体が持ち上げられる。
「アリシア! 逃げるぞ!」
私の体を抱えているのはギルバートさんだった。風のような速さで、街の方へ駆けていく。
どうやら、あの鳥はギルバートさんの魔法のようだ。
「ギルバートさん……駄目です! 私が下がったら!」
「大丈夫よ。後は私たちに任せなさい」
私の後ろにいたマツリさんとすれ違った時、彼女が私にそういったのが聞こえた。
「覚悟しなさい、魔王! ヤマトダイナ、起動!」
マツリさんが大きな声で宣言した瞬間、街のいくつかの建物の屋根が、真ん中から両サイドに開き、中からヤマトダイナが上昇してきた。
「この街には一歩も入れないわ。後に繋ぐのが、私の役割よ」




