53話前半 みんな魔王を倒したい!
アリシアさんと仲直りをしてから、二日が経った。
……いや、二日が経とうとしているというのが正確だろうか。
部屋のカーテンから光が差してきて、外が明るくなっているのがわかる。また寝ずに朝を迎えようとしているのだ。
「お兄、今日も徹夜ですよ! 今からでも寝てください!」
「いや、いい」
カスミは心配そうに言うが、僕に休んでいる時間はない。震える手を動かして、僕はノートに文字を書き綴る。
というのも、アリシアさんのスライム克服が上手くいっていないのだ。どんな作戦を立てても、スライムの克服ができない。アリシアさんも僕も、真剣になって克服に臨んでいる。それなのにだ。
マツリさんがスライム嫌いを克服するための薬を作って、それも試した。ロゼさんはアリシアさん専用のパワードスーツを作って、体を動かさなくてもスライムを倒せるしくみを作った。それでも、上手くいかなかった。
日に日に追い詰められていく。1日10個思いついていたスライム克服作戦が、昨日は一晩かけて5つしか思いつかず、今は3つしかノートに書かれていない。万策が尽きていることは間違いないだろう。
魔王は、今日やってくる。それが何時なのかはわからないが、やれるだけのことはやりたい。だから今休むわけにはいかないんだ。
アリシアさんのために、そして世界を救うために。
「お兄、そんなこと言ってももうお兄は限界です! 休まないと、魔王が来た時に倒れちゃいますよ!」
「でも、作戦を考えないと起きてたって意味がないんだ。だからほっといてくれ」
僕はそう言って、頭の中で作戦に関する思考を巡らせる。すると、ふと机の引き出しが気になった。
引き出しを見ると、中にはテレサちゃんの日記が入っていた。彼女がいなくなってから一週間程度だが、あの時と変わらないまま、引き出しの中に保存しているのだ。
僕はノートを開いて、ぱらぱらとページをめくってみる。テレサちゃんが最後に残したページには、相変わらず下手くそなイラストで、笑顔のウサギや、歪んだ弧を描く虹、頭身が狂った女の子が描かれている。下手くそだけど、彼女が真剣に描いたものだ。
そうだ、僕がスライム克服を頑張ることはアリシアさんだけじゃなく、テレサちゃんの未来を変えることにもつながるんだ。だから、僕が何とかしなくちゃいけない。
僕はノートを閉じ、机の引き出しに戻した。再びスライム克服作戦ノートに視線を落とす。
思えば、新しい作戦ばかりに意識が行っていて、昔の作戦を振り返ることを忘れていたような気がする。僕はさっきテレサちゃんのノートでそうしたように、今までの作戦を振り返ってみることにした。
作戦ナンバー1。好きなものと一緒大作戦。――失敗。クマのぬいぐるみと一緒にスライムに立ち向かっても、効果はなし。
作戦ナンバー2。ドロドロまぜまぜ大作戦。――失敗。アリシアさんはスライムのドロドロとそのほかのドロドロを区別することがわかった。また、動物園での追加実験で、スライム以外の要素でも同じことがわかった。
作戦ナンバー3。いいところを褒めてあげよう大作戦。――失敗。アリシアさんは動物園のハムスターの目は可愛いと感じるが、スライムの目ではそうは思わない。
作戦ナンバー4。スライムセンサーを探そう大作戦。――失敗。アリシアさんは第六感でスライムを感じ取る。
作戦ナンバー5。ちょっとだけやってみる大作戦。――失敗。スライムを一滴ずつ垂らしても駄目。
作戦ナンバー6。アルコールでベロベロ大作戦。――失敗。
ここでアリシアさんは一瞬、スライムを克服することができた。その時の状況はこうだ。
『アリシアさんがスライムを克服した時の状況』
1.アリシアさんはウイスキーボンボンで酔っていた。ウイスキーボンボンは合計で15個食べていた。
2.場所はギルドの中。人数はいつもと変わらない、まばらくらい。
3.僕のバッグから発射されたスライム入りの小瓶が割れる。
4.数秒間沈黙した後、叫び声を上げてアリシアさんはギルドから逃走。
しかし、アルコールはスライム克服には関係はなかった。だからこれは単なる偶然、そういう結論になったのだ。
作戦ナンバー7。スライム亜種を克服しちゃおう大作戦。――失敗。アリシアさんはスライム亜種でも同じように腰を抜かしてしまう。
――とまあ、これで全部だ。
この後にもたくさんの克服作戦を経ているわけだが、すぐに思いつくような作戦はすでにやりつくしてしまった。だからこうして頭を悩ませているわけだが。
「……駄目だ、全然思いつかない」
アリシアさんがスライムを苦手に思っている要因がまったく思いつかない。疲れが相まって頭をかきむしってしまう。自分でもかなり追い詰められているのを感じる。
「……お兄、休めないのはわかりました。だったらせめて、少し外を歩きませんか?」
……外か。
確かに、一晩中部屋の中で机に向かっているから、息が詰まりそうだったというのがある。日光を浴びれば気持ちがリセットされて、なにかいいアイディアが思いつくかもしれない。
「そうだね。カスミ、ありがとう」
「カスミはお兄のことが心配ですよ。でも、休まないって言うならせめて対案を出すまでです」
「そっか。いつも助かってるよ」
僕は椅子から立ち上がって、玄関を開けて外へ出た。
まだ明け方だから、空はちょっと暗い。だけど、今日はきっといい天気になるだろう。街はまだ静か。人々は寝息を立てている時間だろう。
――こんな日常が、ずっと続いて欲しいな。
アリシアさんと出会ってから、当たり前のように過ごしてきた日常。それがなんだか、最近はさらにいとおしいものに感じられる。ずっと続いて欲しいし、そうするために頑張りたい。
「……坊主か?」
空を見ながら散歩している僕に、声をかけてきたのはギルバートさんだった。




