52話中盤 二人は仲直りしたい!
「ユート! 俺と戦場に行か――」
「行かないよ」
アリシアさんと喧嘩した次の日。ダースが僕の家のピンポンを押した。
「なんッッでだよ!! なんで『いきなりどうしたんだ?』とか『お前のほうから姿を見せるなんて珍しいな』とかじゃなくて最初に否定の言葉が出てくるんだよ!! どうやったらその感覚は養われるんだよ!!」
うっさいなあ、人の家の前で騒ぐなよ……。
「いきなりどうしたんだ? お前のほうから姿を見せるなんて珍しいな」
「取ってつけたように言うんじゃねえよ!?」
注文が多いやつだ。
「今日はな、俺にとって大事な日なんだよ! だから無理やりにでもついて来てもらうぞ!」
そう言って、ダースは懐から二枚のチケットを取り出して、僕に見せてきた。これ話聞かないと駄目?
――シエラニアミュージックフェス。人気の音楽アーティストたちが街の広場に集結し、曲を披露するイベントだ。街の外からも人が来て、一日を通して大盛り上がりする音楽の祭典。
「急に呼び出したと思ったらこんなに人が密集している空間に連れてきて、どういうつもりだ? 密だろ」
「今日はな、『シエラルシスターズ☆』のライブがあるんだよ! 晴れ舞台だから見ないといけないと思ってな!」
やっぱりそういうことか。なんとなくそんな気はしていたが、ダースが『シエラルシスターズ☆』以外の理由で音楽イベントなんか来ないよな。
「っていうか、ライブなら一人で見ればいいだろ……僕は曲もわからないし、ノリが悪い客みたいになっちゃうから嫌なんだけど……」
「頼む! シングルチケットは5000ギルなんだが、ペアチケットで買えば9000ギル。一人4500ギルになるんだよ! ちょっと金欠でな……」
こいつ、割引のために僕を連れてきたのか。500ギルのために知人|(絶対に僕は友人ではない)を利用するのって恥ずかしくないんだろうか。
「おっ! そろそろ来るぜ!」
ダースが言ったその時、ステージに煙が上がり、その向こうから8人組の獣人少女たちが現れた。みんなカラフルな衣装に身を包み、元気のよい笑顔を浮かべている。
「みなさーん! こんにちはー!!」
「こおおおおんにちはああああああああああああああ!!!」
猫耳の少女が挨拶をした瞬間、隣に立つダースが死ぬほど声を上げた。うっさいなあ。
「今日はシエシスのライブに来てくれてありがとうっ! 盛り上がる準備はできてるかああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ダースもそうだが、周りの人たちの熱量も半端じゃない。一心不乱に声を上げている。
メンバーが一人一人挨拶をする。独特の挨拶で、知っている人は掛け声を上げているが、僕はわからないのでぼうっと見るだけ。
「それじゃあ一曲目、飛ばしていこうか! 『それは最高のストーリー』!」
MCの少女が曲名を宣言した瞬間、軽快な音楽が流れ始める。曲のスタートだ。
「はいっ! はいっ! はいはいはいはい!」
アイドルの掛け声とともに、会場中が盛り上がり、ジャンプをし、ペンライトを回す。すごい迫力だ。ダースもなんかおかしなことになっている。
この熱量はきっと、ファンが彼女たちの物語を、挑戦を応援したいという気持ちだ。僕はよくわからないけど、アイドルファンたちはアイドルの夢を応援したいらしい。ダースからそれは何度も聞いた。
『応援する』という無償の行為が、物語を作り上げているのだ。
……そう言えば、僕もアリシアさんと最初に出会った時はそうだったっけ。
アリシアさんがひたむきにスライムを克服しようといる姿を見て、僕もそれを心から応援したくなった。そこから少しずつ、彼女と話す回数が増えて、一緒に過ごす時間が増えてきて……物語が作り上げられていった。
今の僕は、あの頃と変わらずに彼女のことを応援できているだろうか。
魔王との戦いの時が刻一刻と近づいていて、間違いなく僕は焦っている。アリシアさんに頑張ってもらわないと、世界が大変なことになると思っている。それはきっと正しいことだし、僕たちがやるべきことであるには違いないだろう。
でも……僕がやったことは本当によかったんだろうか。
アリシアさんに何度もスライム克服をするよう促したり、帰ると言っているのに無理強いしたり、声を荒げたり。昨日の僕は、アリシアさんの気持ちを全然考えてなかったんじゃないだろうか。
きっとアリシアさんは、怖かったに違いない。魔王を目の前にして、自分が戦わなくてはいけないという責任感に追われてはずだ。だから彼女の手は震えていたんだ。
それなのに僕は、自分がスライムを克服するわけでもないのにアリシアさんに無理を言ってしまった。
「ユート」
その時、ダースが話しかけてきた。
「誰かを応援するってこういうことだぜ。何も返ってこないかもしれないし、周りから馬鹿にされるかもしれない。もしかしたら何の意味もないのかもな。
でも、目の前の相手が何かを返そうとしてくれる限り、俺は応援し続けたいと思う。声を上げて、見守り続けるんだ」
「ダース……」
ダースは僕にそう言った後、また騒ぎ始めた。こいつがカラスのような声をギャーギャーと上げていることで、アイドルたちは笑顔で、汗を流しながら歌うことができる。一人じゃ絶対に続けられないことだ。
僕は、大事なことを見落としていたのかもしれない。アリシアさんの気持ちを。そして応援するということの意味を。
だから、アリシアさんに謝らないとなあ。




