51話後半 スライムを克服する!
魔王城から帰ってきて、次の日。僕とアリシアさんの二人は、朝からいつもの森の前に集合していた。
今日は朝から少し天気が悪いので、いつもより森が暗く見える。雨が降ってこないか心配だけど、そんなことでスライム克服はさぼれない。
なんと言っても、もう後5日で魔王がこの街にやってくるのだ。もはや一日だって無駄にしたくない。それはアリシアさんもきっと同じのはずだ。頑張るぞ!
「アリシアさん! 今日は克服作戦を10個考えてきましたよ!」
「じゅ、10個!? そんなに!?」
アリシアさんはビックリしたような表情をしているが、10個なんてそんなにたくさんというわけでもない。とにかくスライム克服のためには手数が必要だと思ったので、思いつく限りに書いてみた。
「ちょっと辛いかもしれませんけど、スライムを克服するためには仕方ないですよ。アリシアさんは筋金入りのスライム嫌いなんですから」
「うーん、そ、そうだよね。頑張らなきゃいけない…よね」
「そうです! それに、もし上手くいかなかったら明日も10個……いや、20個はやりたいですね」
「ええっ、今日の倍!?」
僕の話を聞いて怖がっているのか、アリシアさんはやや引き気味だ。
おかしいな、いつもの彼女なら『大変そうだけど、頑張らなきゃね!』とか言い出しそうなところなんだけど。
さて、アリシアさんは前回、一瞬だけスライムを克服した。しかし結局何が原因でスライムを克服できたのかわからなかったのだ。少し希望が見えていただけに、できるだけまた再現できるようにしたかったんだけど……どうにも叶わなかった。
というわけで、今回はあえて奇抜な作戦にしてみた!
「とりあえず一発目は『心頭滅却』大作戦です!」
僕はノートの一行目に書いた作戦の名前を読み上げる。そのページにはぎっしりと克服作戦の内容が詰まっている。
「それはどういう作戦なの?」
「『心頭滅却すれば火もまた涼し』という言葉はですね、心の持ちかた次第で火も涼しいと思うことができる、という意味の言葉です。
つまり、スライムを目の前にして瞑想をするんです! 心が落ち着いていれば、スライムを前にしても動揺せずに対処できるかもしれません!」
作戦の概要を告げると、アリシアさんの顔がどんどんと青ざめていくのが分かった。例えるならバランスボールくらい青くなっている。
「……ねえ、ユート君。他の作戦からにしない? いきなりそれはハードルが高すぎると思うんだ」
「そうですか? じゃあ、『背水の陣』大作戦からにします?」
「ちなみにそれは、どんな作戦なの?」
「アリシアさんの周りにスライムを散布して、正面でスライムと戦うしかなくするんです。後ろにスライムがあったら、もう前に行くしかないですからね」
どうせ全部やるんだし、僕はどっちからでもいい。
「ねえユート君。ちょっと考え直さない?」
ん……? なんか今日アリシアさんおかしくない?
「どうしたんですかアリシアさん。スライム克服したいんですよね?」
「そりゃしたいよ! したいけど……その、ね」
アリシアさんはなんだか煮え切らない様子で、もじもじとしながら話す。いつもあんなにやる気があった彼女が、なんだか克服作戦を渋っているようにすら見える。
「もしかして……スライム克服が嫌なんですか?」
「嫌じゃないよ! そうじゃないんだけど……」
「だったらなんなんですか。はっきり言ってくださいよ」
アリシアさんは拳をグッと握ったまま震えている。僕にはその理由がわからなかった。
「やっぱり……今日は無理だよ。帰る」
しばらく黙っていると思ったら、今度は僕に背を向けて歩き出してしまった。
「ちょっとアリシアさん! マズいですって! 魔王が来るのに、時間がもったいないですよ!」
帰ろうとする彼女に言った瞬間、アリシアさんはくるりと向きを変えてこちらを見た。表情を暗くして、僕の前まで歩いてきた。
「……だよ」
「なんですか? 聞こえませんでした」
「今日は無理だよ! だから帰る!!」
「だからなんでですか! はっきり言ってくださいよ!」
「言ってもユート君にはわからないよ! だってスライムを克服するのは私だもん!」
「そんなの当たり前じゃないですか、僕だって頑張って作戦を考えてきたんですよ!?」
「でも実行するのは私だもん! 私の気持ちはわからないんだから、今日は帰らせて!」
「そんなこと言ったら、アリシアさんだって僕の気持ちなんかわからないじゃないですか!」
ぽつり、と僕の頭に冷たい感触がした。上を見ると、空を鈍色の雲が埋め尽くしていた。雨が降ってきたのだ。
そこで頭が冷やされて、しまったと思った。アリシアさんが何を言いたいのかわからなくて、つい声を荒げてしまった。彼女のほうもヒートアップしていて、これじゃまるで口論だ。
慌てて取り繕おうとするが、言葉が出てこない。アリシアさんはまた、僕に背を向けて。
「じゃあ私たち、ずっと分かり合えないままだね」
「アリシアさん……!」
マズい。魔王が近づいているのに、仲たがいなんてしている場合じゃない。彼女に謝って、スライム克服を少しでも先に進めないと……。
雨足がどんどん強まっていく。ぽつりぽつりと降っていた雨は、すでにざーざーと音を立てている。
でも、彼女が何に起こっているのかわからないから、何も言い出せない。何か、何か言わなくちゃ……。
「アリシアさん……」
声を振り絞って彼女の名前を呼ぶが、雨の音にかき消されてしまった。雨が降りしきる中、彼女の背中は少しずつ小さくなっていく。
結局、僕はアリシアさんを引き留めることはできなかった。
*
「ヤバいわよヤバいわよ……」
「おいロリ! 押すんじゃねえ! 今は俺が見てるんだよ!」
「ちょっとマジでキモイ! うるさいから死になさい!」
ユートとアリシアが喧嘩している様子を、リサとダースが見ていた。
小さな茂みの裏に隠れ、こそこそとのぞき見していたのだった。
偶然すれ違った二人が、アリシアたちを冷やかしに行ったらこのざまである。
「どうすんだよ、このままユートとアリシアさんが喧嘩したままだったら、スライム克服作戦が進まないぞ……?」
「イコール世界滅亡ね。マズいことになっているのは間違いないわ」
二人は冷静に状況を分析していた。その上で、少し見つめあって。
「もしかして、お前も同じこと考えてるか?」
「……癪だけど、多分そうね。私たちがこの状況でやるべきことは一つ」
「「仲直り作戦を決行する!!」」




