48話後半 テレサちゃんは未来に帰る!
「……ここにいたんだ」
テレサちゃんが未来に帰った次の日。僕は河原で座ってぼうっと考え事をしていると、アリシアさんが僕の隣にやってきた。
テレサちゃんが未来に行った後。タイムパラドックスのせいで矛盾に巻き込まれ、建物が消え、もしかしたら人が消えてしまったかもしれないというのに、それは初めからなかったものとして扱われていたのだ。だから僕たち以外にそのことを覚えている人はいない。バルクが暴れた影響は、驚くほどになかった。
タイムパラドックスという得体のしれない現象の恐ろしさが、より具体的に感じられたような気がする。やはりあの現象を解決するには、バルクを未来に送り返すほかなかったと再認識させられる。
でも同時に、本当にあれでよかったのかとずっと考えていた。何か他に手段はなかったのか……そして、あんな風にテレサちゃんと別れてしまってよかったのか、と。
「ユート君、これ」
すると、アリシアさんが懐から一冊のノートを取り出し、僕に差し出した。
「なんですか? これは」
「テレサがこっちの時代にいるときに、日記を書きたいって言うからノートを買ったの。結局置きっぱなしにしてたから、ユート君に渡そうと思って」
テレサちゃんの日記……こっちの時代に来てからずっと書いていたものだろう。彼女がどんな気持ちで過ごしていたのかがわかるかもしれない。僕はノートを広げ、アリシアさんと一緒に見ることにした。
ノートには、鉛筆で丁寧に文字が書かれていた。
*
8がつ17にち
きょうは、ありしーがノートをかってくれた。ばんごはんのカレーがおいしかった。おふろが広くて、ポカポカ。ベッドがフカフカ。
8がつ18にち
きょうは、リサちゃんとおともだちになった。リサちゃんはかっこよくて、ものしりで、とってもげんき。ゆー君はめいわくって言うけど、みんなリサちゃんがだいすき。
8がつ19にち
きょうは、おじさんとおともだちになった。おじさんは、おこりんぼで、ちょっといじわる。でもねこさんをたすけてくれたから、いいひと。いいひとなんだから、もっとすなおになってほしい。ねこさんはかわいい。
8がつ20にち
きょうは、はかせとロゼロゼとおともだちになった。ロゼロゼのつくったゲームはつまんなかったけど、全部ていねいにつくられていた。一生けんめいつくったゲームは、あったかくてすき。これからもがんばれ。
8がつ21にち
きょうは、ゆー君とおはなしをした。10ねんごにかえっても、ずっとおともだちでいてくれるっていってくれた。
10ねんごにかえったらしたいこと。わすれないようにかく。まずはみんなではなびにいきたい。あきになったらやきいも。ふゆはみんなでゆきあそび。はるはおはなみをして、それがずーっと。
たのしいことも、かなしいことも、みんなでわけられる、おともだち。みんなだいすきだよ。
*
最後に、下手な落書きが大きく描かれて終わっていた。昨日が22日だから、テレサちゃんはこの続きを書くことはなかった。
読み終わってしばらく、僕は何も言うことができなかった。
「……テレサはね、幸せだったと思うよ」
きっと、そうだったと思う。だって、彼女の日記を読んでいれば、彼女が真っすぐな気持ちでみんなと向き合ってきたことがわかる。大好きがつまっている。
これまで辛い思いをたくさんしてきた彼女が、数えられないほどの初めてを経験できたのだ。幸せじゃないわけがない。
「テレサはね、ずっと前を向いていた子だったよ。だから、私たちも前を向くべきだと思う」
アリシアさんの言う通りかもしれない。ここしばらく、過去、未来、現在といろいろな話をしてきたばっかりに、大事なことを忘れていたような気がする。
僕が生きているのは過去でも未来でもなく、今だ。約束された未来も、変えられない過去もない。今をどう生きて、どのように進んでいくかが大切なんだ。
少なくとも、テレサちゃんはずっとそうだった。今どうするべきなのかを考えて、行動していた。そんな彼女だって、間違いなく今を生きているんだ。
僕たちは、今できることをやる。テレサちゃんが、大好きなものに囲まれて生きることができるように。
「……アリシアさん、ありがとうございます。なんだか元気出てきました」
「うん。そのノートはユート君が持っていて。そっちの方がテレサも喜ぶと思う」
僕はノートを閉じ、ぎゅっと抱きしめた。
テレサちゃん、ありがとう。僕は頑張るよ。
「そうだ! 話も終わったし、景気づけに水切りでもやろうよ!」
……真面目な話が終わった途端に水切りか。さすがアリシアさんは遊びを見つける天才だな。
「よーし、やりましょう!」
僕は河原に落ちている石を拾い、川へ投げる。石は回転して水面を弾き、跳んでいく。
「1、2、3……あー。3回かあ」
僕が投げた石ころは、三回しか水面を弾くことなく、水の中に沈んでいった。
「ふっふっふ。甘いねユート君。水切りっていうのは普通にやっても駄目なんだよ」
「また意味不明なこと言って。具体的にどうするって言うんです?」
「水切りって言うのは……こうやってやるんだよ!」
アリシアさんは高速で河原の石を拾い集め、一気に水面に投げつける。
「1個しか投げなかったら数回しか跳ねなくても、100個投げればどれかはたくさん跳ねるはず! 水切りはパワーだよ!」
おお、アリシアさんのパワープレイだ! 彼女が投げた石ころたちは、まるで流星群のようにして空を切る!
「でも、一個も川に向かってないですよ」
コントロールが悪すぎて100個ともあらぬ方向へ飛んで行ってしまった!
「あれ!? なんで!?」
「当たり前ですよ。100個も一気に投げたらコントロールがバラバラになりますから……」
100個の流星群たちは、河原の茂みのほうへ一斉に飛んでいく!
「いたたたたた!!」
石ころが茂みに着弾した瞬間、茂みが喋り始めた!
「えっ、茂みが喋ってるよ! ごめんなさい!?」
アリシアさんは大慌てで頭を下げているが、僕はもうからくりに気付いている。茂みの後ろに誰かいるのだろう。これは訴訟される案件かもしれないぞ。
「な、なぜミーがここに隠れているのがわかった!? アリシア!!」
茂みから姿を見せたのは……なんと、かつてリサにボコボコに負けた、ピエロのフランツだった!
石をぶつけられて額が血だらけ。
「フランツ! どうしてお前がこんなところに!?」
魔王軍四天王がこんなところに隠れていたなんて。僕は咄嗟にアリシアさんを庇って前に立つ。
が、フランツはアリシアさんが投げた石ころに被弾しすぎてもはや死にそうになっている。
「久しぶりだなボーイ! 実は魔王様から伝言を賜ったのだ!」
フランツは額から流血しながら、自信ありげに言い放った。なんだこいつ。マゾなのか?
「魔王軍は一週間後、この街に侵攻することを決定した! これは宣戦布告だ!」
次回は三章のエピローグです!




