47話前半 ガイコツは矛盾を起こす!
僕は巨大な爆発音で目を覚まし、ベッドから起き上がった。
「何の音!?」
この前のバーベキューでコンロが爆発した時よりも激しい音だった。どこが発生源なのかはわからないが、まず間違いなく町中に響いている。僕は慌てて玄関の扉を開け、外へ出る。
「……なんだアレ!?」
外に出て一番に視界に入ってきた光景に、思わず声を漏らした。寝ぼけていた頭が一気に冴えるのを感じる。
人が叫び声を上げながら走って逃げている。一人や二人じゃない。早朝だって言うのに、たくさんの人たちが表情を恐怖にゆがめて逃げまどっているのだ。
そして、彼らが逃れようとしている対象は、ここからでも見ることが出来た。今までに見たことのないものに、僕は全身に鳥肌が立つのを感じる。
遠くに巨大な蜘蛛のようなモンスターがいる。闇のように真っ黒な塊からいくつかに分裂していて、まるで胴体から手足が生えているようだ。高さ30メートルは優に超えているだろう。ここから見た感じ、あれがいるのは門の方角。
「ユート君!」
困惑していると、アリシアさんとテレサちゃんが僕の家の前に駆け付けてきた。二人とも慌てている様子で、僕と同じで状況は掴めていないのだろう。
「アリシアさん! あれ……」
「うん。私もさっきの爆発音で起きたところ。なんなんだろう……」
冒険者をやっていて、あんなモンスターは見たことがない。それに、こんなに街で大騒ぎになるようなことはめったにない。
「とにかく、あっちに行くのです! ゆー君はどうするのです?」
「僕も行くよ! 邪魔にならないように見てる!」
僕はアリシアさんとテレサちゃんの二人の後に続いて、巨大な蜘蛛がいる現場へと走っていく。
さっきの爆発音は、まず間違いなくあの蜘蛛と関係があるのだろう。なんなんだアレ。もしかして魔王軍の勢力か……?
緊張感が高まる中、5分ほど走り、現場に到着する。
「なんだこれ……?」
距離が詰まった分、蜘蛛の正体がよく見えるようになった。遠くで見るよりも圧倒的に大きく感じる。
蜘蛛の正体は、黒いドロドロの塊だった。それはまるでヘドロのようで、八本の足の長さはそれぞれバラバラ。臭いはないものの、得体のしれない成分で出来ていることには変わりない。
そして何より奇妙なのが、ドロドロの中から人間の手のようなものが無数に生えていることだ。虫の中には体に毛が生えているものがいるが、サイズの比率的にそれに限りなく近い。まさしく黒いドロドロで出来た蜘蛛だ。
「本当に何なのこれ!?」
「気持ち悪いのです! おえーなのです!」
二人が言うように、生理的に受け付けない見た目をしている。そんな気持ちの悪い何かが、街の中心部に向かってズンズン進んでいるのだ。
ドロドロの足が触れた場所は潰されていき、建物もぺちゃんこだ。こんなのが進行して来たら街はめちゃくちゃになってしまう。一刻も早く止めないと!
「アリシアさん! ここは任せました! 必殺技をかましちゃってください!」
その時。蜘蛛がピタリと動きを止めた。
「テレ……サ……」
蜘蛛が、人間の言葉を喋った。
「い、今テレサの名前を呼んだのです!?」
「テレサアアアアアアアアアアア!!」
今度ははっきりと聞こえた。この蜘蛛が、テレサちゃんの名前を叫んでいる! それはまるで、標的を見つけたとでも言うように。
この巨大蜘蛛モンスターがテレサちゃんのことを狙っている? しかし、だとしたらおかしい。現代のテレサちゃんはこの街にいるわけではないからだ。だとしたら……。
「まさか!」
アリシアさんは僕と同じことを感じ取ったのか、ジャンプして蜘蛛を上から見上げた。そして、地面に着地して一言。
「やっぱり、スケルトンが蜘蛛の頭で半身浴してたよ! あれって……」
「間違いない。バルクだ」
この時代のテレサちゃんがこの街にいることを知っていて、なおかつ彼女に恨みを持つ人物。それはバルクしかいない。何かしらの原因で、バルクがこの蜘蛛に変化したと考えるのが自然だろう。
スケルトンが半身浴、というのはおそらくバルクの体が半分、この蜘蛛のドロドロに埋まっているということだ。
「でも、バルクはテレサが倒したはずなのです!」
「いや……ちょっと待って……」
ここに来てとんでもないことに気付いてしまった。どうやら僕たちは重大なミスをしていたのかもしれない。
「よく考えたら、スケルトンって首を斬ったくらいじゃ死なないよね? 神聖魔法で浄化しない限り……」
「あっ、確かに!! そういえばそうだったのです!」
致命的なミス。バルクが潔く負けを認めたからそれっぽく片付けてしまったが、よく考えてみれば奴は死んでない!! あいつは負けたふりをしていただけだ!!
おそらく感動的な最期を演出してやりすごすか、神聖魔法を撃たれようものなら隙を見て逃げようとしていたんだろう。僕たちは前者で引っかかったというわけだ。
「バルクは生きてる! ……いや、アンデッドが生きてるって言うのも変だけど。とにかく死んでないんだよ!」
なんであいつのペースに乗せられちゃったかなあ!? よく考えればバルクは卑怯者だったし、気付くべきことだったのに!!
「でも、なんでこんな蜘蛛みたいになってるのです……?」
「二人とも、来るよ!」
蜘蛛が足を思いきり振り上げ、テレサちゃんを踏みつぶそうとする。アリシアさんはすかさずエクヌカリバーを引き抜き、大木のような太さのそれを一刀両断した。
「思ったよりあっさりって感じだよ! これなら倒せるかも!」
余裕そうに言ったその時。
「テレ、サアアアアアアアア!!!」
蜘蛛は再び大きく叫ぶ。すると、アリシアさんが斬ったはずの足のドロドロが動き始めて、本体の方に吸収されていく。みるみるうちに斬られた足が復活していって……
「えええええ!? 元に戻っちゃったよ!?」
厄介だ、斬ってもあのドロドロが生きているうちは復活してしまうらしい。これじゃいくら攻撃してもトカゲのしっぽ斬りって感じだな。
その後も諦めずに、アリシアさんはエクヌカリバーを振るい、バルクを倒すことを試みる。しかし時間を稼ぐ程度で、根本的な解決にならない。
「駄目だー!! 全然効いてる感じしないよ!」
アリシアさんもだいぶ疲れてきたようで、汗をダラダラと流している。まさにのれんに腕押しな状況だ。
まるで不死身じゃないか。最強無敵チート女勇者のアリシアさんがこんなに苦戦するって相当だぞ。
「普通に戦っても駄目なんだ。何か対処法を考えないと……」
「だったら、なんでこいつが生まれたのかを考えなければいけないのかもしれないのです。どういう過程で生まれたのかを考えれば、対処法が思いつくかも!」
「そういうことなら、私に考えがあるわ」
その時、背後から声がした。そこに立っていたのは、眠そうな目をしたマツリさんだった。
「マツリさん!? それってどういう……?」
「あなたは、『タイムパラドックス』は信じる?」




