≪陽≫
阿諏訪はアルバイトとして参加していた『能力開発合宿』で、炊事洗濯などの雑務の間に子どもたちの遊び相手もしていた。子どもたちは親しみを込めて阿諏訪のことをヨウ先生と呼び、無尽蔵の体力で阿諏訪をヘトヘトにさせていた。
島田もその内の一人のようだが、阿諏訪にとって十年前のアルバイトの記憶は曖昧で、相手だけ自分の事を覚えているという事実が擽ったさと戸惑いを生んでいた。
そう、記憶が曖昧であるという点で、阿諏訪は真火のことを責めることができないのだ。
「それで、俺に聞きたいことって? 予知のことならマホちゃんに話したことが全部だけど」
島田はフライドポテトを頬張りながら阿諏訪と真火を順に見る。阿諏訪は首を傾げた。
「こっちが聞きたいことも分かっているんじゃないのか」
「分からないよ。俺の予知夢は音がないんだ」
どうやら阿諏訪との再会は予知していたが、話の内容までは知ることが出来ないらしい。なるほど、と阿諏訪が手帳にペンを乗せると島田は拗ねたように口をすぼめた。
「あ、今がっかりした? 残念ながら、俺の予知は不完全ですよ。どうせヨウ先生も何か予知してほしいことがあるとかそういうのでしょ」
「いやいや、そうじゃないよ」
島田の自虐的な言葉に阿諏訪は手帳を閉じる。島田は心の機微に敏感なのだろう。阿諏訪の些細な表情の変化を見ている。
しかしそれは阿諏訪も同じだ。島田の機嫌を損ねないよう柔く笑みを浮かべ、パソコンを見せる。
「『能力開発合宿』の詳しい内容を知りたい。残念ながら僕は学生バイトだったから内容までは知らされていなかったし、清水さんはよく覚えていないそうなんだ」
島田はそう聞くと真火をちらりと見て言った。
「やっぱりあの予知夢には合宿が関係してると?」
阿諏訪はゆっくりと頷く。
「まだ確証はないけれど。やっぱりってことは君もそう思ったんだろう?」
「そりゃあ、急にマホちゃんが夢に出てきた時点でそう思ったよ。俺たちはあの合宿以来接点がなかったんだから」
「ああ。それに他に手掛かりがないんだ。今のままだと清水さんに火の用心してもらうしかなくなってしまう」
「もちろん、ダイちゃんに会った日から火の元確認はしてます!」
どうすれば死の未来を回避できるのか。何故急に島田は真火の死を予知したのか。その答えを出すにはまず真火と島田の共通点である『能力開発合宿』について知る必要があるというのが阿諏訪の考えだった。
島田は顎の古傷に触れながら阿諏訪のパソコン画面に映るデータに視線を落とす。流すように目を通した後口を開いた。
「体力測定っていうのは小学校でやったのと同じ。シャトルランとか、短距離走とか。カードっていうのはゼナー・カードのことだ」
阿諏訪はその単語にピクリと肩を揺らす。真火はピンときていない様子で繰り返した。
「ゼナー・カード?」
「ゼナー・カード。一九三〇年代にドイツで生まれたESP実験用のカードだ」
阿諏訪の説明に真火は「ESP……?」と呟き眉を下げる。
「そのとおり。他にも二人一組になって、目隠しをしてパートナーが考えていることを当てるテストとか。壁の向こう側を写生する授業とか、色々やったよ」
「勉強合宿にしてはちょっと不思議ね……」
戸惑いを含む真火の視線を受け止め、島田は大袈裟に両手を広げ言い放った。
「そう、不思議も不思議! あの合宿はただの勉強合宿じゃなくて、人間の潜在能力を目覚めさせるためのものだったんだよ」
「ええっ!?」
真火は口をぽかんと開けたまま隣に座る阿諏訪を見る。阿諏訪は納得のいった表情で真火の視線に応えた。
「島田君の言うことは恐らく本当だろう。ゼナー・カードやガンツフェルト実験は超能力訓練に用いられるものだ」
「ヨウ先生はお察しがいいことで。あとさ、島田君ってやめてね? ダイでいいからさ」
「それなら私のこともマホって呼んでください!」
二人に、特に真火に気圧されるように阿諏訪は小刻みに頷く。
「分かった分かった! ダイ君とマホさん。話を進めよう。合宿の目的は分かった。超心理学の権威が揃って企画に関わっていたから、そんなことだろうとは思っていた。ダイ君、こっちの資料はどうだい」
阿諏訪が見せたのは子どもたちの成績表。島田は目線をさっと滑らせてから阿諏訪に向き直った。
「これも、何となく検討はついてるんだろ?」
「……まあ」
「ええっ待って下さい! 私は何も分からないのですが……レベル分けは成績順だとして、このPとかTとかいう項目は何なんですか?」
真火が片手を必死にあげて主張する。阿諏訪は手帳にスラスラと何かを書き始めた。
《PK》Psychokinesis
《P》Precognition
《H》Hypnosis
《T》Telepathy
「こういう事か?」
「ご名答。と言っても俺も直接説明を受けたわけじゃないけどね。子どもの時は何の評価かさっぱりだったし」
「英語だけじゃ分からないんですが……!」
「じゃあこうしよう」
真火の抗議を受け阿諏訪は再びペンを走らせる。それを真剣に見つめていた真火はある時点であっと声を漏らした。
《PK》Psychokinesis(念動力)
《P》Precognition(予知)
《H》Hypnosis(催眠)
《T》Telepathy (精神感応)
「予知……それって、もしかして」
真火の瞳が島田を捉える。にやりと笑うその顔に、「信じられない」と零す。
「ダイちゃんの予知能力はあの合宿で訓練したから目覚めたってこと?」
「そういうこと。見てー俺の成績。《P》だけ異様に高いの。多分人によって目覚めやすい潜在能力が違うんだろうね」
「……ダイ君ちょっといいかい」
そう言って阿諏訪は真剣な表情で成績表の一部を指差す。
「合宿に参加した子どもが皆超能力に目覚めたわけではない。そうだろう?」
阿諏訪の問いかけに島田は訝しげな顔をした。
「この成績表によると、君より優秀な子どもが四人いる。その内の一人はマホさんだ」
「私?」
目を見開いて自分を指差す真火。阿諏訪は構わず続ける。
「けれどマホさんはこのとおり。ESP? 何それ? といった状態だ。つまり合宿で訓練を受けたからといって全員が超能力を使えるとは限らないと思うんだ」
「……それで?」
「他に能力に目覚めた子どもが居るのなら、その子たちにも協力してもらえないかと思って。真火さんのためにも」
阿諏訪と島田の視線が交わり、島田は居心地悪そうに顎を撫でた。