≪忘≫
「『能力開発合宿』に関する資料、ですか……?」
真火の戸惑うような声に阿諏訪は頷く。学内の図書館の一角で、二人は阿諏訪のパソコンを覗き込んでいた。
長峰の手紙とともに送られてきたデータは、メールではなくメモリーカードで郵送されてきた。それには第三者に知られるなという強い意志が込められていることを悟り、阿諏訪はまず一人でデータの確認をしていたのだった。
メモリーカードに入っていたのは『能力開発合宿』の参加者リスト、そして合宿の内容と合宿における子どもたちの成績表。リストには真火と島田の名前もあり、データとしての信ぴょう性は十分にあると考えられる。
しかし合宿の内容を見ると、単なる勉強をしていた訳ではないことは分かったが、字面だけでは何をしていたのか不明瞭だった。例えば午前に『体力測定』、午後から『カード』と書かれている日がある。体力測定のために何をしたのか、そしてカードとは何のことか。恐らく担当者にしか分からないであろう言葉の羅列に阿諏訪は頭を抱えた。
そこで実際に合宿に参加していた真火を呼び出したのである。
データの出処である長峰のことをさらりと説明すると、真火は不安げに瞳を揺らした。
「それで長峰先生の件はどうなっているんですか」
「警察が捜査しているって。こうなった以上このデータのことは誰にも言わないでくれよ、清水さん」
「は、はい」
真火は気を引き締めるように眉尻をきゅっと上げ、阿諏訪に向き合った。「それで」と阿諏訪は続ける。
「確認してほしいのはこれなんだけど」
阿諏訪が指差したのは合宿内容の資料。真火はパソコン画面に映し出されたそれをまじまじと見る。
「この体力測定とか、カードとか書かれている部分をなるべく詳しく。実際に何をしていたのか教えてほしいんだ」
「…………」
真火はしばらく真剣に画面に視線を走らせていたが、徐々に肩を落としていく。
「ごめんなさい先生、私合宿のこと良く覚えていないんです」
「全く? まあ十年も前のことだし、ぼんやりでも構わないよ」
「テストをしたりランニングをしていたような気はするんですけど、どんな内容だったかまでは……すみません」
「ああ、別に責めている訳じゃないよ! うん、覚えていないものは仕方がないしね。じゃあこれも分からないかな」
見るからにしょんぼりとする真火に対し阿諏訪はわざと明るい声で続きを促す。次の資料は子どもたちの成績表だ。
子どもたちは成績順にレベル分けされており、一番上のレベル五に真火の名前もあった。島田の名前はレベル四に振り分けられている。
子どもの名前の横には≪PK≫、≪P≫、≪H≫、≪T≫という項目が並んでおり、その項目ごとに更に五段階評価されている。真火は≪PK≫の評価が高く、島田は≪P≫が高い。
阿諏訪はこの項目を見て思い当たることがあった。それが正しいか真火に確認したかったのだがこの様子では覚えていないのだろう。真火は「ごめんなさい」と零した後、阿諏訪に問うた。
「そもそも何故私が死ぬ未来とあの合宿が関係あると思うんですか?」
「そりゃあ、手掛かりが全くない状態ならそこを疑うしかないよ。『君』と『島田君』、そして『合宿後』に目覚めた予知能力と『炎』。これらを繋ぐのはあの合宿だけだ」
「そう……ですね。あの、先生。私こんなに覚えていないのおかしいでしょうか。合宿の思い出だけすっぽりと抜け落ちているようで、怖いんです」
深刻そうな表情で真火はぽつりと呟いた。阿諏訪は首に手を当て「うーん」と軽く唸る。
「端々の記憶はあるんだろう? テストをしていた、とか走っていたとか。僕が甘いもの好きだってことも覚えていたね。きっと火事で怖い思いをして無意識に思い出さないようにしているんだと思う。詳しく調べないと分からないけれど、仮に逆行性健忘だとしても時間勾配で徐々に思い出せるケースがあるから、あまり気に病むことはないよ」
「はい……」
「それにしても、」と阿諏訪は言葉を続けた。
「困った。手詰まりだ。仮定でデータを紐解くしかないのか。まるで暗号だ」
「……合宿のことを覚えている人が居ればいいんですよね?」
真火その言葉に阿諏訪はあっと口を開いた。にこりと笑った真火は、スマートフォンを手に持ち言う。
「会いに行きますか、ダイちゃんに」
手掛かりはまだある。二人は頷き合い、そそくさと準備に取り掛かった。
*
島田と連絡を取った真火に連れられ、待ち合わせ場所である駅前のファストフード店に到着した。真火が飲み物を注文している間に阿諏訪はパソコンを開きながらこれから会う島田について考える。
島田大斗。SNSで活動している『予言師』であり、『能力開発合宿』の参加者の一人だ。彼の予言が発端となり、阿諏訪は真火とともに十年も前のデータを漁っている。
そして、まるで島田の予言と示し合わせたように発覚した合宿関係者の連続失踪。
その事件は、果たして今の自分たちの状況と無関係なのか。長峰が消えたのは阿諏訪が連絡を取った直後のことだったこともあり、阿諏訪はずっと嫌な予感に苛まれていた。
――自分が合宿のデータを強請ったために、長峰が誘拐されたのではないか。長峰の次は自分の番ではないか。
その仮説を頭の中から追いやるように阿諏訪はぶんぶんと頭を振った。
「ヨウ先生」
背後から聞こえた懐かしい呼び名に、阿諏訪は勢い良く振り返る。阿諏訪の視界に入ったのは、金髪を結った今時の青年だった。彼はスマートフォンを片手に、さも当たり前のように阿諏訪の向かいの席に座る。
「俺のこと覚えてる?」
青年に微笑みながら問われ、阿諏訪は頭を掻いた。
「いや、ごめん実はあんまり……」
「先生私のことも覚えてなかったんだから、キャラ変したダイちゃんのことは更に分からないわよ」
真火が飲み物を持って戻り、阿諏訪の隣に座りながら横槍を入れた。
「いやー全くそのとおりで……でもヨウ先生って呼ばれてたのは思い出したよ」
「んじゃ改めて、島田大斗です。」
島田はそう言って自分のスマートフォンの画面を阿諏訪に向けた。
――――――
明日懐かしい人に会えるみたい♪
#予言師
――――――
「昨日夢に出てきたよ、ヨウ先生。今の姿を知らなかったから昔の姿でね」
「なるほど……既に予知済みだったってわけね」
阿諏訪は参ったと言うように肩を竦めた。