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≪拐≫

 御堂から渡されたファイルの中身は合宿所の火災に関する新聞記事をまとめたものと、実際に子どもたちや保護者に渡された合宿の概要とスケジュールだった。記事は阿諏訪にも覚えがある、火災で合宿スタッフが死亡したという内容のもの。記事のスクラップの最後に、滲んで潰れそうな文字が印刷された紙があった。


 ――――――――


 20XX年8月18日


 某県S市にて合宿施設の火災が発生。

 合宿関係者七名の死亡を確認。死因は首を吊ったことによる縊死六名。脳挫傷一名。

 合宿に参加していた子どもは自主的に避難し全員保護された。


 ――――――――


「死因……縊死と、脳挫傷?」


 阿諏訪は驚きで一瞬呼吸を止めた。阿諏訪は合宿スタッフの死は火災が原因であると思っていた。現に他の記事にもそう書いてある。しかしこの文章が正しいのであれば、スタッフの死は首吊りと脳挫傷。それはつまり――


「スタッフが死んだあと、誰かが火を付けた……?」


 辿りついた可能性に、阿諏訪は愕然とした。その件は葬られた。御堂の突き放すような言葉と態度の理由の意味を理解したからだ。あの火災で生き残ったのは子どもたちだけなのだから。


 冷えていく指を無理矢理動かし、阿諏訪はページをめくる。するとファイルの最終ページに、阿諏訪の目は釘付けになった。


「これは……」


 『能力開発合宿』企画者一覧。


 そう題されたページには、著名な研究者をはじめ、サイ科学研究の最前線にいる有名な教授たちが名を連ねていた。そして阿諏訪の視線はある一つの名前を捉える。


 長峰良治ながみねりょうじ


 それは阿諏訪の大学時代の恩師であり、あの合宿のアルバイトを勧めた担当教授の名前だった。


「長峰先生……」


 阿諏訪が合宿の雑務を終えて研究室に戻ると、必ず柔和な笑顔で「お疲れ様」と労ってくれた。卒業まで面倒を見てくれ、就職に悩む阿諏訪に御堂を紹介してくれた。阿諏訪のことを自分の子どものように思ってくれていた長峰が、『能力開発合宿』の企画者に名を連ねている。


 阿諏訪はファイルを閉じ、ゆっくりと顔を上げた。


 

「久しぶりだね阿諏訪君。御堂先生のところで頑張ってるかな?」


「お久しぶりです、長峰先生。突然お電話してしまいすみません。先生にお聞きしたいことがあって……少しよろしいでしょうか」


 阿諏訪の行動は早かった。元々物事を後回しにする性格ではないことと、掴んだ手掛かりが意外と身近にあったからだ。電話口から聞こえる長峰の声は穏やかで、少しの間世間話に花を咲かせた後阿諏訪はゆっくりと切り出した。


「それでですね、長峰先生。十年前まで行われていた小学生を対象とした『能力開発合宿』についてお聞きしたいのです」


 長峰はぴたりと黙る。御堂の時のように突き放されることを予見し阿諏訪はさらに口を開く。


「あの合宿のバイト! 長峰先生が誘ってくださったじゃないですか。合宿でどんなことをしていたのか、それと……あの、火災について、もしご存知でしたら……」


 尚も無言を貫く長峰に阿諏訪の勢いも徐々に尻すぼみになっていく。電話越しの緊張感に阿諏訪はごくりと喉を鳴らした。


「……いつか聞かれるとは思っていた」


「え、」


「君にも知る権利がある。しかし、それによって君に危険が及ぶかもしれない。私にとって君は可愛い教え子だからね。私がアルバイトに誘ったせいであの事件に関わってしまった……もう巻き込みたくないんだよ」


 長峰の弱弱しい声を聞き、阿諏訪は改めて事の深刻さに眉を顰めた。真実が秘匿されていることは疑いようがない。阿諏訪の脳裏に真火の泣き出しそうな顔が過る。


「長峰先生、自分のことを考えてそう言ってくださっているのは分かります。けれど、長峰先生がそう思うように、自分も生徒を助けたいのです。あの合宿のことが分かれば、助かるかもしれない子がいるんです! どうか、お願いします」


 手掛かりが目の前にあるのに全力で掴まなくてどうする。阿諏訪は学生時代でもここまで食い下がることはなかった。それが珍しかったのか、押し負けたのか、長峰は諦めたようにふとひとつ笑い、口を開いた。


「資料をまとめて君に送ろう。それを読んだら……また連絡をくれ」


「あっあっありがとうございます!」


 御堂に続き長峰からも情報を得ることができそうだ。阿諏訪は電話に向かってぺこぺこと礼をし静かに受話器を置いた。


 そうして数日経ち、予知能力に関する論文を読み漁る阿諏訪に届いたのは、待ち望んでいた資料ではなく、長峰失踪の知らせだった。


 

 *


「長峰先生が、いなくなった……!?」


 長峰の研究室の准教授からの連絡を受け、阿諏訪は信じ難いものを見るように目を見開いた。長峰が失踪する直前に阿諏訪と連絡をとっていたこと、そして阿諏訪宛ての資料をまとめていたことから阿諏訪にも連絡が入ったのだ。阿諏訪があの電話以来何も連絡はなかったことを伝えると、准教授はがっかりとした声色で電話を切った。


 長峰は阿諏訪宛ての資料をまとめていた。それは秘匿されている『能力開発合宿』に関する資料。阿諏訪は奥歯を噛みしめ、音もなく迫る不穏な予感に恐怖した。


 長峰の事を考えると、講義にも全く身が入らなかった。その日の夕方、阿諏訪宛てに荷物が届いた。差出人は長峰良治。阿諏訪は慌てて外装を破り捨て、中身のメモリーカードと一通の手紙を取り出した。


「手紙……長峰先生からの!!」


 封を手で破り一枚の便箋を開く。中には発送が遅れたことを詫びる文章と、詳しくは電話で説明する旨が記されていた。その下に続く言葉に阿諏訪は目を疑った。


 ――――――――

 追記


 能力開発合宿の関係者、企画者が次々と音信不通になっている。


 恐らく何者かにより誘拐、拘束されているのではないかと考えている。


 もしも私が居なくなったら、その資料は全て破棄し、見なかったことにするように。


 ――――――――


 合宿関係者が何者かによって次々と誘拐されている。 


 阿諏訪の背筋は凍りつくように冷え、手紙を持つ手が震えはじめた。長峰は周りの関係者と連絡が取れなくなったことから自分の番を悟り、阿諏訪に手紙を残したのだ。


 阿諏訪のことを巻き込みたくないという長峰の言葉の意味をようやく理解し戦慄する。


 そして、手紙の最後には、他より乱雑な字でこう書かれていた。



 彼らは≪T O R C H≫



松明トーチ……?」



 阿諏訪は思い知った。


 『能力開発合宿』――。その深い闇の欠片を覗いたに過ぎないのだということを。

 


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