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≪探≫

「それはまた物騒な予言だね」


 真火の話を黙って聞いていた阿諏訪は一つ息を吐き、不安を顔いっぱいに張り付けている真火を見る。


「ダイちゃんが言うには……私が火に包まれて死ぬ未来が見えたそうなんです。それを見て慌てて私を探してくれたみたいで」


「その夢の内容を具体的に聞いても?」


「はい、幼い私が急に足元から炎に包まれていって、消えてしまうそうです。あと、そのビジョンは今はまだ遠くて、今日明日のことではなく先の未来だろうと……」


 阿諏訪はメモを取る手を止め、口元に手をやりしばらくの間唸る。「君がからかわれているのでなければ……」阿諏訪はさらさらと手帳にペンを走らせ始めた。


「SNSで話題の『予言者』。その予知能力は先程見た通り……そして今度の予言は君が炎に焼かれて消える。今日明日中の話ではないが、このままではそうなってしまうと。なんとも困ったものだね」


 真火は涙を溜めながら阿諏訪を必死に見つめている。その視線に気付くと阿諏訪は居心地悪そうに椅子に座り直した。


「先生お願いします! どうすればいいのか一緒に考えてください!」


「協力したいのは山々だけど、僕が果たして力になれるかどうか……」


「先生はあの合宿の関係者ですし、こういった不思議な力のプロですよね! きっと神様が先生を頼れって言っているんだと思います!」


 立ち上がって肩を必死に揺さぶってくる真火に、阿諏訪は無意識にがくがくと頷いてしまっていた。


「とりあえず、ダイちゃんにはその未来のビジョンが近づいてきたら連絡するようお願いしてあります。その前に、何とかして、この未来を変えたいんです!」


「わ、分かったから離して……」


「先生、お願いします!」


 こうして阿諏訪は真火とともに、彼女の未来を変えることになったのである。



 *



「阿諏訪先生おはよー」


「はい、おはようさん」


 いつもどおりの朝の風景。目元の隈を携えながら、阿諏訪は研究室への小道をのんびりと歩く。今日の実習は午後からの一コマのみ。気の抜けた表情でふらふらと大学のキャンパスを進むその姿は学生と見間違えられることもしばしばあった。


 予言された未来を変える。


 昨日の真火の話を聞いた後、阿諏訪は予知に関する論文を読み漁ってみたものの、具体的な方法にまで辿りついていなかった。そもそもその『予言』は本当なのか。『予言者』のSNSを見ると、真火から聞いたとおり予言の内容は様々で、昨日のトラック事故を予言したことはあっという間に拡散されSNSニュースの見出しにまでなっていた。


「『予言』がホンモノだとして、手掛かりになりそうなことは……」


 幼い私が急に足元から炎に包まれていって、消えてしまうそうです。


 真火のその言葉はあるものを連想させた。


 ――『能力開発合宿』、『火災』。


 阿諏訪が雑用のバイトをしていた、真火が参加していた合宿。阿諏訪は昼間のスタッフだったため火事には遭わなかったが、泊まり込みのスタッフは全員死亡。阿諏訪の顔見知りの研究者も何人か犠牲になった。


 学生だった阿諏訪にはその合宿の内容は知らされていなかったが、『予言師』の島田が真火に言ったという言葉が阿諏訪は引っかかっていた。


 そういう合宿だから。


 真火が島田の予知能力について言及した時にそう零したことを阿諏訪は聞いていた。


「合宿について調べる必要がある、か」


 ゆるゆると進めていた足を早め、阿諏訪は所属する研究室へと向かった。


「おはようございます御堂みどう先生」


「おはよう阿諏訪君。今日もその寝癖はどうにもならなかったようだね」


 阿諏訪の乾いた笑いを受け流すのは六十二歳を迎える御堂康孝(やすたか)教授。阿諏訪の上司でありこの御堂研をはじめとした心理学部を率いる学部長でもある。ポスドクの契約が切れふらふらとしていた阿諏訪を拾ったこともあり、阿諏訪の頭が上がらない相手だ。


 御堂は整えられた白髪を手で梳きながらからかうような目線を阿諏訪に向ける。


「今日の実習は阿諏訪君、よろしく頼むよ。それまでにその髪型をどうにかしておくといい」


「ははは……」


 阿諏訪は笑いながらあることを思い付き、その笑顔のまま御堂に向かい合った。


「御堂先生お聞きしたいことが」


「何だねそうニヤニヤして」


「十年前まで行われていた小学生を対象とした『能力開発合宿』のことをご存知ですか」


 阿諏訪が学生の頃担当教授に知らされたその合宿の存在を、この界隈に長く居る御堂が知らないはずがない。むしろ多くを知っているのではないか。阿諏訪はそう考え深く考えずに問うた。しかし御堂の反応を見て阿諏訪は自身の浅慮を後悔することになる。


「阿諏訪君、何故それを聞く」


 途端に厳しい目つきになった御堂に、阿諏訪はびくりと肩を跳ねさせる。


「えー、自分は学生の頃そこでバイトをしていて、最近当時の子どもにたまたま会いまして、どんな合宿だったのか興味を持っただけです」


「……そうか。まあいい。しかし阿諏訪君。その事は君の胸にしまっておいた方が賢明だ」


「どういう意味ですか……」


「私も直接関わっていたわけではないが、その件は葬られた。同業者がいてもその話題は出さない方がいい」


 葬られた。御堂の言葉にある深い闇を見た阿諏訪は口を開きかけてからすぐに閉じる。御堂からの警告であると気が付いたからだ。


「御堂先生、実はこの合宿について知らなければいけない事情ができてしまったんです。恐らくその葬られたことも、自分は知らなければいけない。お願いします。何かご存知なら……」


 阿諏訪は御堂に睨まれながらも引き下がらなかった。二人の間にしばらく無言が続き、その空気を破るかのように御堂が大きくため息をついた。


「全く! 面接の時といい君のその目には弱い。まるで昔実家で飼っていたポメラニアンのようだ! いいかね、今から見せるものは他言無用だぞ」


 御堂はそう息巻きながら教授室からひとつのファイルを持って来た。硬いカバーが外されると、ファイルの表紙には『二〇XX年八月S市 能力開発合宿に関する調査』とある。阿諏訪は目を丸くしながらそれを受け取った。


「私もあの合宿には思うところがあった、とだけ言っておく。しかし秘匿されている情報が多く、君の望むものはないかもしれん」


「あ、ありがとうございます!」


 思うところがあった。つまり御堂も独自にこの件について調査をしていたのだ。阿諏訪は満面の笑みを浮かべ一礼し自分の席へと戻り、それを見届けてから御堂も教授室へと戻った。


「知らなければいけない事情、か」


 ぽつりと御堂が呟いた言葉は、少しの憂いを含んでいた。



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