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≪予≫

 その日は良く晴れていて、熱を持った茜日がアルバイト先に向かう真火を照らしていた。授業を終えいつもどおりの時間にファミリーレストランに着き、更衣室で制服に着替える。


 社会勉強のために始めたアルバイトも一年続けると要領が分かってくるものだ。ぽつぽつと来店する客は、このレストランという箱の中で各々の劇を演じている。


 友人と途切れぬ話をする役、パソコンに向かう役、細かいいちゃもんをつける役。真火は店員で、役者たちの劇に脇役として出演しながらその内容を俯瞰で眺める役。そう考えながら仕事をするとひとつ画面を挟んだような気分になり落ち着いて行動できるのだ。


 真火がフロアに出てすぐにオーダーを知らせるベルが鳴った。配膳の準備をしているバイトの女子高校生が真火の元に寄る。


「ねえねえ清水さん」


「どうしたの明美(あけみ)ちゃん」


「今ベル押した人、座って二十分くらいずっとスマホいじってて今頃やっと注文ですよ。メニューに迷ってる訳でもなさそうだし。最近変な人多すぎません? 嫌になっちゃう」


 聞くと店長に相談するか迷っていたところだったらしい。明美は迷惑そうな表情でぶつぶつと文句を言いながらフロアに戻っていった。真火は色々な人が居るのだなと軽く受け止め、マニュアル通り注文を取りに向かう。


「ドリンクバーひとつ」


「かしこまりました。ドリンクバーはセルフサービスになっておりますのであちらの――」


「マホちゃん、だよね。今日バイト何時上がり?」


「え?」


 真火は突然話しかけられたその内容に思わず疑問符で返す。真火とそう年齢は変わらないであろうその青年は長めの金髪を後頭部でひとつに結び片手でスマートフォンを握っている。


 いやだな、と真火は心の中で呟いた。明美の言葉を借りるならば『チャラ男』、または『パリピ』といったところだろう。真火の友達には居ないタイプだ。知り合いだろうかと記憶を探っても思い当たらない。


「待っててもいい? 話があるんだ」


「ええと、どちら様ですか」


 明らかに困惑している真火の様子に青年は眉を下げて笑みを浮かべた。


「島田大斗だよ。マホちゃん十年ぶりだね」


「島田?」


「マホちゃんは俺のことダイちゃんって呼んでた」


 ダイちゃん、十年ぶり。真火の中でその単語が繋がる。


「もしかして、あの合宿のダイちゃんなの!?」


 正解! と嬉しそうに声を上げる島田を真火は目を白黒させる。真火の記憶の中の島田は気が弱く至って地味な子どもだった。人はどうなるか分からないものだと感心していると、島田はにこりと笑顔を浮かべ、声を潜めて真火に耳打ちをする。


「急で悪いんだけど、大事な話があるんだ」


「わ、分かった」


 十年ぶりにわざわざバイト先に訪ねてくるほどの重要な話なのだろう。真火はアルバイトの終了時間を伝え、二人は最寄りの駅前にあるファストフード店で待ち合わせをすることになった。


「マホちゃん綺麗になったねー」


「もう、やめてよ。ダイちゃんこそすっかり変わっちゃって、誰だか分らなかったよ」


 明るいBGMが流れるファストフード店に場所を移し、真火と島田は向かい合って席についた。島田は片手でスマートフォンをいじりながらもう一方の手でフライドポテトを口に運んでいた。真火はポテトを頬張る島田の口元から顎へと続く古傷を見る。


「正直忘れられてると思ってた」


「忘れてないよ……ダイちゃんあの時転んじゃって口の周りが血まみれだったもの」


「それな。超痛かったの覚えてる! マホちゃんがギャーギャー言いながらハンカチ貸してくれたんだよな」


「そのハンカチもすぐに汚れちゃってね……もう十年経つのかー」


 真火は注文したアイスティーをストローでかき混ぜながら目を瞑った。


 『能力開発合宿』。年に二回、夏休みと冬休みに行われていたそれに、真火は小学一年生から四年生まで毎年参加していた。成績の良い一部の子どもだけが参加できる特別な勉強合宿。参加するメンバーは毎年ほとんど同じで、島田や他の子どもたちは真火にとって年に二回会える友達であった。


 そう、真火が四年生の夏合宿で、合宿所が火事になるまでは。


「あの火事で合宿に泊まり込みしてた先生たちは全員亡くなったんだよね……」


「うん。俺たち生徒はみんな逃げられた。多分誰かが火が回る前に気が付いて知らせてくれたんだな。俺寝てたけど誰かに起こされて、無我夢中で走って、そんで転んだんだ」


「私は……ずっと寝てた」


「すげーなあ、あの騒ぎの中ずっと寝てるなんて」


 真火は自分でもおかしいと思っていた。いくら合宿という慣れない環境下で疲れていたとしても、大火事の中ずっと眠っていたなんて。


「まあ真火も俺も無事で良かったよ」


「ダイちゃんは無事じゃないけどね」


 島田は顎の古傷をさすり眉を下げた。その笑い方が十年前と同じであることに気づき、真火もつられて笑った。


「それで大事な話って何? まさかとは思うけどあの合宿のメンバーで同窓会でもするの?」


 真火がそう話を切り出すと島田は困ったように唇を歪め「そんなわけないでしょ」と一蹴した。


「SNSで有名な『予言師』って知ってる?」


「随分唐突ね。『予言師』って……時々話題に上がる変な予言をするアカウントのこと?」


 変な予言、という言葉に若干反応しつつ島田は一つ頷く。そして自身のスマートフォンの画面を真火に突き付けた。


「その『予言師』って、俺のことなんだけどね」


「……はあ?」


 何でもないように話題の人物の正体を明かす島田。そのことを上手く呑み込めていない様子の真火は、ただ差し出されたスマートフォンの画面を覗きこむ。そこには『予言師』のSNSアカウントの、本人しかログインできないホーム画面が映し出されていた。


「本当だ……これって本当に予言してるの? それともヤラセ?」


「いやいや! 本当だから。マホちゃんも覚えてるでしょう。『能力開発合宿』の後から時々見えるようになったんだよ、未来が」


「嘘……」


 島田が言うには、見たい未来が見えるわけではなく、様々な出来事の中から無作為に選ばれたように、一回につき一つの未来が夢の中で見えるらしい。真火は呆然としながらただ黙って島田の言葉を追った。


「予知夢ってやつなんだろうけど、見たいものは見えない。見たくないものは見える。見る時と場所も選べない。……本物の予知能力者からしたらお粗末なものさ」


「合宿の後から見えるようになったの?」


「いや……正しくはあの火事が起こる前日に、その夢を見てた。多分、それが最初。でもそれが予知夢だなんて思いもしなかったから、誰にも言ってなかったんだ。ごめんな」


 島田は悔しげに肩を落とす。その様子に真火は慌てて首を振った。


「あ、謝ることないよ! でも……不思議だね。そんな力が目覚めるなんて」


「そりゃあまあ、そういう合宿だったし」


「え?」


「マホちゃんもしかして合宿のこと覚えてないの?」


「勉強いっぱいしてたことと、毎日ランニングしてたことと、ご飯がおいしかったことは覚えてるよ。もちろん、火事のことも」


「そっか……いや、ならいいんだ。それで、本題なんだけど……」


 島田は思案顔をさらに歪め、苦しそうに口を開いた。



 ――マホちゃんが死ぬ未来が見えたんだ――







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