≪拘≫
十年振りの再会を果たした真火とケンはしばらく互いの目をじっと見つめていた。ぴんと張られた見えない糸が存在しているかのように、空気が止まる。口を開いたらどうにかなってしまいそうなその時間に耐え、真火はゆっくりと瞬きをした後切り出した。
「ケン、ダイちゃんに何をしたの――?」
驚くほど静かな声色が辺りに響く。ぷつりと意識の途絶えた島田は座り込んだ真火に上半身を預けたまま動かない。感情の読めないケンの瞳に、真火は小さく震えていた。そんな真火の様子にケンは両の手を広げて見せる。
「大丈夫、眠ってもらっただけだよ。久しぶりだねマホ。ヨウ先生を追ってきたの?」
ケンはこともなげに阿諏訪の名を口にした。真火はその事に眉を顰めながら答える。
「先生はここに居るのね!?」
「うん、居るよ。でも、言うことを聞いてくれなくて困っているんだ。マホも説得してくれないかな」
ちっとも困ったように見せないその余裕ある態度と、言うことを聞かない阿諏訪を想像した真火は最悪の状況を思い浮かべ唇を噛みしめた。
「先生はどこ? 何を言ったの? 説得ってなんのこと!?」
島田の予知夢で、阿諏訪は倒れていた。それは一体何を示しているのか。動かない島田の体をかき抱きながら、真火は涙を浮かべる。対するケンはやれやれと言った表情で言う。
「ヨウ先生にね、僕らの仲間にならないかって言ったんだ。それを断られちゃって困ってる」
「仲間って――?」
「ヨウ先生には、僕たち『左手の松明』の協力者になってほしかったんだけど、上手くいかないんだ。ヨウ先生には力を使いたくないし」
ケンの言うことに徐々に涙を浮かべていく真火。震える唇を無理矢理動かしてそれを問う。
「ケン、悪いことしてないよね? 合宿関係者の誘拐、とか。ケンもコーザもミスズも……そんなこと、しないよね?」
ケンはその真っ直ぐな視線を受け止め、緩やかに答えた。
「マホ……君は知らないんだよ。君たちは狙われている。異能を開花させたものとしてね。あの後合宿が行われなかったのは僕たちが裏で計画を破綻させていたから。もう僕たちのような存在を作り出してはいけない。そう思うだろう?」
「それって……どういうこと?」
「あいつらは僕たち実験に成功した子どもを回収したがっている。だから先手を打っただけさ。大丈夫、何も心配いらない。今まで通りの生活ができるように、守ってあげる。僕たちが……」
実験に成功した子ども。つまり超能力を開花させたケンたちのことだ。合宿関係者がケンたちを捕まえる前に同じことをやったということか。真火はぐるぐると眩暈がしそうになる頭を必死に回転させる。
「そんなこと、言われても分からないよ……阿諏訪先生はどこ?」
「さあ……コーザとミスズがおもてなししているんじゃないかな。ちゃんと言ってもらわないといけないから。僕たちの味方になるって。説得してくれるなら会わせてあげる」
「――っ!」
奥歯を噛みしめて涙を堪える真火。阿諏訪の身を案じながら、島田をケンから庇うように身を盾にする。
「ああそれと」とケンは感情のない瞳で真火の腕の中に居る島田を見下した。
「ダイは置いて行って」
「ど、どうして? 嫌だよ!」
「ダイの力は不完全だったから今まで泳がせてた。でも、この場所に気付く程度には能力を完成させつつある。合宿が原因で能力を引き出された子ども。僕たちの最優先保護対象だ」
「置いてなんていかない! だったら私も眠らせるなりなんなりして――!」
そこまで言いかけて真火はふと言葉を途切れさせた。眉を下げながら、黙っているケンと意識のない島田を見比べる。
ケンは人を眠らせることができる。それは今の島田を見ればわかること。しかしそれよりも前に真火は知っていた。体感していた。あの火事の日、真火は不自然に眠り、目が覚めたら隣にケンが居た。
「マホには力を使えない」
「同じ人に二度は使えないんだ、僕の力は。もう一度使うと以前の催眠が解けてしまう」
「催、眠……」
真火の嫌な予感が当たる。あの火事の不自然な記憶はケンの能力によるものだったのだ。
「火事の時に私を眠らせたのはケンなのね?」
「そうだよ、マホ。そして今も君は僕の力で守られているんだ。だから、大丈夫――」
「守るって何? お願いだから阿諏訪先生を返してよ……」
ついに顔を伏せて泣き始めてしまった真火に向かってケンが至極不思議そうに首を傾げた。
「どうしてそんなに必死になるの? 合宿のこと何も覚えていないのに」
「! どうして知ってるの? 私の記憶が曖昧だって」
合宿中の記憶の欠落は、阿諏訪と島田しか知らないはずだ。流れる涙を指で払い、ケンを見据える。
「まさか、力を使って私の記憶を――?」
「マホは知らなくていいよ」
「自分のことよ! 知らなくていいはずないじゃないっ」
島田の体を横たわらせ、真火は立ち上がってケンと対峙した。ケンの能力、すなわち催眠にかかり記憶を奪われているのならば、真火はそれを取り返さなくては気が済まない。
「私の記憶を――返して!」
真火の責め立てるような視線にケンは首を傾げたまま複雑な感情をその顔に表した。
「おかしいな。こうなるはずじゃあなかったのに。本当に上手くいかない。困った」
ぶつぶつと呟くように言葉を連ねたケンは片手をついと前に出す。真火に向けられるかと思われた指先は、そのまま床に寝る島田の体を示した。手のひらを上に向け、人差し指をくいっと曲げる。
途端に島田の目が大きく開き、その体を起き上がらせた。そして突然のことに驚愕の表情を浮かべる真火の両手首を後ろで拘束する。
「ダイちゃん!?」
「無駄だ、聞こえてないよ」
島田の瞳は虚ろに揺れ、何も見ていないようだった。ぎりぎりと締め付ける力に顔を歪ませ、真火は必死に声を上げる。
「ケン、ダイちゃんを操っているのね!? やめて!!」
「そんなに会いたいなら、ヨウ先生に会わせてあげる。その代わりちゃんと説得してね」
ケンの歩みに連れられて島田も動く。両手の拘束はそのままに、真火もずるずると引きずられていった。




