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≪絶≫

 島田の運転するバイクは高速道路を下りてからひたすら山道を登った。カーブの多い坂では振り落とされないように必死にしがみつく真火を気遣いスピードを落とす。


 大学前で真火を掻っ攫うようにバイクに乗せてから、休憩なしで一時間半。二人は文句も言わず黙って目的地に向かっていた。島田はふと山道にひっそりと建つガソリンスタンドに進行方向を変える。合宿所はもうすぐだ。てっきりガソリンを入れるものと思った真火は、停車したバイクから降ろされて言われた一言にぽかんと口を開けた。


「マホちゃんはここで待ってて」


「え、えー!? ここまで来てどうして?」


 島田はヘルメットを外して困り果てた表情を向ける。


「いや、運転中ずっと考えてたんだけどさ。ヨウ先生が本当にいるか分からないし、これから先もし何かあった場合、二人とも危ない目に遭うよりは一人待機して助けを呼ぶ方がいいんじゃないかって――」


「先生が危ないって言い出したのはダイちゃんでしょ。なんで自分の予知を信じられないの! 先生はきっと合宿所にいる。私はダイちゃんの力を信じるよ。自分で自分のこと信じられないなら私が行くからダイちゃんが待ってて!」


「あー! 待った待った! 分かったよ」


 声荒く詰め寄る真火を宥めながら島田は肩を落とした。そして真火の顔色を窺うようにちらりと視線を送る。


「……でも、マホちゃんは本当にいいの? あの三人が居るかもしれないのに。ヨウ先生を危険な目に遭わせているのがあいつらだったら、今度こそ敵対することになる。場合によっては警察に――」


 島田の気遣いにはっとした顔をする真火は、ふるふるとその拳を震わせ始めた。


「まさか、だから私をここに置いて行こうとしたの?」


「だってマホちゃん嫌だろ。マホちゃんにとってあいつらは……友達だし」


「ダイちゃんだって同じでしょ!」


 ぎゅうと島田の袖を握りしめ、悲痛な表情で真火は続ける。


「友達だよ。十年経ったって友達。ダイちゃんもそう思ってるよね。ケンもコーザもミスズも友達。だから私も行く! もしも友達が間違ったことをしていたら、止めるのはおかしいことなの?」


 真火のその言葉に島田は目を見開き、一拍置いてゆっくりと息を吐く。そしてきゅっと口元を引き結び、前を見据えた。


「そう、だよな。うん、ごめん。俺が間違ってたわ」


「ダイちゃん……!」


「俺だって辛い。火事のあった場所に行くのも、あいつらのこと疑うのも。でもヨウ先生に何かある方が嫌だ。それにマホちゃんと一緒なら大丈夫。俺たちあいつらに絶対勝てないけど、きっとなんとかなる!」


「うんっ絶対にヨウ先生を助けよう!」


 絶対勝てないなんて百も承知だ。真火と島田はこつんと互いの拳を当てて気持ちを確かめ合う。そして再びバイクに跨り、合宿所への道をひた走るのだった。



*



「ここか」


 日は既に暮れ、焼けた建物は不気味にその影だけを浮かび上がらせていた。島田は複雑な表情でそれを見上げる。バイクから足を下ろし、真火は自身の立っている駐車場での記憶を蘇らせる。


 十年前の夜、目が覚めたらこの駐車場に横たわっていた。隣にはケンが居て、炎に包まれる建物を黙って見つめて――。


「懐かしいな……」


 島田は顎の古傷を擦りながら、煤けた玄関口に足を向ける。真火はその背中を視界の端で捉えつつ、合宿所だった建物の有様を目に焼き付けていた。二人は携帯電話の明かりを頼りに、粛々と焼け跡に足を踏み入れた。


 子どもたち全員でレクリエーションをしたコートヤード。テストの合間にお喋りをした階段の踊り場。朝昼晩顔を合わせた食堂。至る所が焼け落ち、煤焦げた柱が丸見えになっている。所々に進入禁止のテープが貼られているが、それも風化し剥がれかけていた。


 幽霊でも出そうな雰囲気だが、それでも二人は勝手知ったる風に歩を進める。施設内を一通り見て回った後、島田が考え込むように口元に手を当てた。


「いや、もしかしたらここじゃあないのか?」


「どういうこと?」


「予知夢では、もっと綺麗な床にヨウ先生が倒れていたんだ。こんなに煤だらけじゃない、もっと白くて手入れされているような……あっ!」


 突然思い出したように大きな声を上げた島田に、真火はびくりと跳ね上がる。


「いきなり大きな声出さないでよ」


「ごめん! でも、もしかしたらあそこかも」


「あそこ?」


「大人だけの()()()()()


「秘密の部屋?」


 真火はそう言ってしたり顔をする島田に大きく首を傾げる。聞き覚えのない単語を繰り返すと島田が前のめりで激しく頷いた。


「そうだよ! 前にケンたちが言ってたの覚えてない!? コートヤードには地下に続く階段が、」


 息巻く島田の視線が、ふと真火の背後に移る。いぶかしげな顔をした真火が振り返ろうとした瞬間、島田の体ががくんと沈んだ。


 突然のことに真火は「きゃっ」と短い悲鳴を上げ、地面に倒れ込もうとする島田の体を慌てて支えそのまま座り込む。


「ダイちゃん!?」


「コートヤードには地下に続く階段がある」


「――っ!!」


 すぐ後ろから響く声に真火は声にならない声を上げ、脱力した島田の体をぎゅうと抱きしめた。


「よく覚えていたね、ダイ。そしていらっしゃい……マホ」


「ケ、ン……?」


 恐る恐る首を回すと、琥珀色の瞳がまっすぐに真火のことを射抜いていた。十年経って背が伸びても彼だと分かるその瞳。炎から真火を救い出した人物。


 そして今、何らかの方法で島田を気絶させた張本人。天童ケンが音もなく二人の背後を取っていた。


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