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≪白≫

「う……」


 鈍い思考、霞む視界。阿諏訪は冷たい床に放り出された自身の体に力を込めてのろのろと起き上がった。病院を彷彿とさせる白い壁に手をついて、ようやく辺りを見回す。点々と設置されたLEDライトが薄暗く照らし出すのは一つの扉だった。阿諏訪はその扉に唯一繋がる通路にぽつんと立っている。パネルキーでロックされた重厚な造りの扉の上には、たった三つの文字が浮かんでいた。


『実験室』


 その意味を阿諏訪は知っていた。カツン、と背後から靴の鳴る音が響く。青白く続く通路の奥から二つの影が近づいていて来ていた。阿諏訪はゆっくりと目を瞬かせ、その顔が見えるのを待った。一人は先程と同じように険しい顔つきをした美鈴。そしてもう一つの影が阿諏訪と対峙する。


「ここは合宿所の地下。そしてその扉の先が、子どもたちの洗脳が行われていた部屋だ」


 空間に通るような凛とした声が阿諏訪に投げかけられる。その声の主――畑中は白い壁に溶け込むような白衣を纏い、気怠げな視線を阿諏訪に送った。


「そしてヨウ先生、あんたの探してる奴らもそこにいる」


「!! ……合宿関係者に何をしたんだ。全員無事なのか?」


「何だよ、怒ってるのか? この前も言ったように、あいつらは自業自得――」


「畑中! 答えてくれ! 長峰先生は……他の研究者たちは今どうなっている!?」


 阿諏訪の追及に畑中は苦々しい表情を浮かべた。阿諏訪が長峰たちのことを気にかけるのが気に喰わないといった様子で、そのまま俯き拳を震わせる。


「あいつらのことなんて……どうでもいいだろう!? ヨウ先生は俺たちの味方なのに。ヨウ先生だけ許されてるのに。どうして俺たちよりもあんな奴らを助けようとするんだ!」


「コーザ、やめて」


「知りたいんだろ? あの火事がどうやって起こったか」


 美鈴の制止を振り切り、畑中は阿諏訪に詰め寄った。怒りと懇願が混ざった悲痛な面持ちで阿諏訪の胸倉を引っ掴み、ぐいとその端正な顔を寄せる。


「俺がやったんだ」


 畑中のその一言は、阿諏訪の思考を停止させた。呆然としながらすぐ近くで歪んでいく瞳をただひたすらに見つめる。すぐに畑中は堰を切ったように語り出した。


「ああしないといけなかった。だから俺はここに火を付けた! 火を付けたマッチを浮かせて、落とす。証拠も残らない。十二歳の子どもが念力で放火しましたなんて、誰が信じる? 『左手の松明』――俺が左利きだから、左手で火を付けたから、ケンがそう名付けたんだ。ヨウ先生とマホのために、火を付けたんだ。辛かったよ、でもあんたから会いに来てくれた。俺を許してくれたんだろう。なあヨウ先生――!!」


「ま、待て。待ってくれ! どういうことなんだ!?」


 畑中の言うことが正しいとすれば、畑中が念動力を使って合宿所に火を付けたということだ。しかし彼は今何と言った? ()()()()()()()()()()火を付けた。確かにそう言っていた。阿諏訪の肩を握りしめながら顔を伏せ続ける畑中に必死で問いかける。しかし畑中は熱を失ったかのような無表情になり、口を開かなくなった。


「熱くなり過ぎよコーザ。ごめんなさいね、ヨウ先生。この人ちょっとこじらせてるから、何も聞かなかったことにしてちょうだい」


「そうはいかない!」


「そうね。でもヨウ先生には何もできない――」


 美鈴は阿諏訪に語りかける途中でふと何かに気が付いたように片眉を上げた。それを探るように目を閉じ、しばらくして片手で頭を押さえる。


「困ったわね。マホとダイ君が近づいて来ているわ……ケン、聞こえる? ええ、ヨウ先生をお通しするわ」


「マホがいるのか!?」


 まるで空中にいる誰かと会話するように言う美鈴に、熱を取り戻した畑中が突っかかる。阿諏訪も顔色を変えその様子を見つめる。真火と島田には何も伝えていないはずなのに。その思考を読み取ったかのように美鈴が口を開いた。


「どうせダイ君が予知したんでしょう。彼、意外と成長が早いみたい。もう少し勧誘してみようかしら」


「俺はマホを迎えに行く」


「ええ、二人に会いに行きましょう。その前にヨウ先生をケンに会わせなくちゃ」


 真火と島田の二人をここに近づけてはいけない。そう分かってはいても美鈴の言うとおり今の阿諏訪にできることはなかった。奥歯を噛みしめながら美鈴の視線を受け止める。


 天童ケン。『能力開発合宿』においてトップの成績を記録していた子ども。阿諏訪は美鈴の口ぶりからあることを想定した。


「ケンが、君たちのリーダーか」


「リーダーという言葉が正しいかは分からないけれど。ケンが居ないと何も始まらないのは確かね」


「俺たちの中に上下関係はない。あるのは仲間を守る意思だけだ」


 美鈴に続いて畑中はそう言うと、阿諏訪の背後にある重苦しい扉に手のひらを向ける。その途端、扉の横に設置されたパネルキーが恐ろしい速度で点滅し始めた。本来ならば人の手によってしか開けることができないであろうその扉はいとも簡単にロックを解除され、ゆっくりと外開きになる。


「この先に先生の探し人と、ケンが居る。喜ぶだろうなあ、ケンのやつ。あいつはヨウ先生のことすごく贔屓するんだ。合宿に関わった大人たち全員に復讐するって言い出したのはケンなのに、ヨウ先生だけは例外、特別、許されている……」


「コーザ、あなたさっきから喋り過ぎよ。さあ先生、この先に進みたかったんでしょう。行きましょう?」


 見えない力に引きずられるように、阿諏訪は扉の向こうに足を進めた。白い廊下が続くその先に、ぽっかりとした空間が口を開いている。薄暗さに目を顰めながら、その空間――巨大な白い部屋に一歩踏み出すと、異様な光景が阿諏訪の目の前に広がった。


 何人、いや十何人とその部屋には居た。全員が一様に白い部屋の壁に向かって椅子に座っている。白い装束に身を包んだ彼らの頭にはコードに繋がれた機械が設置され、その全てが部屋の中央にそびえる巨大な装置に繋がっていた。


 阿諏訪は愕然としながら部屋を見回す。窓も装飾も何もない、機械の周りに置かれたLEDライトだけで照らされた薄暗い部屋。壁に向かう人々は時々身じろぎをしたり唸り声をあげたりしている。人が集まっているにもかかわらずひやりとした空気が阿諏訪を包み込み、体が自然と震えていた。


「これは……一体!?」




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