≪業≫
畑中が目を閉じながら口を開く。決められた台詞を唱えるように、しかし確実に阿諏訪一人に向けられた独白が続いた。
「あのヨウ先生が俺たちのことを見ている」
「嬉しいような。哀しいような。不思議な気分だ」
「俺たちのことを思い出せないくせに、俺たちのことを知りたがる」
阿諏訪のことを責めるような言葉を吐きながらも、畑中はどこか憂愁を帯びた笑みを浮かべている。
確かに阿諏訪は合宿に参加していた子どもたちを覚えていない。真火、島田、美鈴そして目の前の畑中も、阿諏訪の存在を一方的に知っていて、懐かしさを含んだ目で見ては親しげに接してくる。そのことを不思議に思わなかった訳ではない。
むしろそれを利用して、こうして事件の真相に迫ろうとしている。畑中は暗にそのことを責めているのだ。阿諏訪は何も答えずに畑中の台詞を待つ。
「ヨウ先生の聞きたいことは三つで合ってるか? 一つ目は合宿関係者の連続失踪事件について。これはミスズにも言われただろ? 俺たち『左手の松明』がやった証拠でもあるのかって。んで二つ目はダイのお粗末な予言について。これも問題ない」
阿諏訪は次々と発せられる言葉の一つ一つを逃すまいと、畑中の演技に食らいついた。
「それが分からない。真火さんが守られているとはどういうことだ?」
「……あんたの方が良く知ってると思うけどな、ヨウ先生」
その意味を図りかねた阿諏訪は顔を顰めて口を開きかけるが、「まあ自力で思い出してくれよ」と一蹴されてしまう。
「そして、十年前の合宿所の火事……そしてそれで死んだ大人たち」
畑中は歩き回っていた足を止め、ゆらりと振り返った。その瞳は怒りや憎しみが混ざり合い、阿諏訪の先にある何かを射殺すように鈍く光っている。
「ふん、語る価値もない。全部自業自得だったんだよ!」
「自業、自得?」
豹変した畑中の様子に身を縮ませていた真火がか細い声で呟いた。そんな真火に畑中はゆっくりと歩み寄り、興奮を抑えるように大きく呼吸をした。
「ヨウ先生は下っ端の雑用係だったから、奴らが何をしていたか知らないんだろう。教えてやるよ。死んだ合宿スタッフが俺たちにどんなことを強いていたか!」
固まったまま動かない真火の両肩に後ろから手を乗せ、畑中はそのまま真火の耳元に囁きかけるように話を続ける。
「ある程度訓練をこなして力を使いこなせるようになった子どもは、合宿所の地下にある研究所に連れて行かれるんだ……。そこで、何をされると思う? ふふ、まず文句を言わない『いい子』になるための『装置』を着けられるんだ。奴らの言うことだけを聞くように洗脳されて、実験に使われて……それの繰り返し。ああ、実験の内容をもっと詳しく聞きたい?」
「やめて!!」
その衝撃的な内容に真火は蹲り耳を覆った。がたがたと震えだす真火をあやすように畑中はその肩を抱く。
「なあマホ、酷い話だよな。そんなことをしていたから、罰が下ったんだ。奴らはおかしくなって火を放ち、首を吊った……。ほら、自業自得だろう?」
真火はいやいやと首を振りながらひたすら目を瞑り、知ってしまった事実を頭の中から追い出そうとしていた。阿諏訪はそんな真火を気遣うように見遣った後、畑中に向き直る。
「スタッフの死因は首吊りによるもの。火がついたときにはもう職員は死んでいたはずだ。スタッフが死んだ後に誰かが火を付けたんだ!」
阿諏訪がはっきりとした口調でそう言うと、畑中は苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「はっ……俺たちを、俺を、疑ってるんだな。そりゃないぜ、ヨウ先生! ケンがどんな思いであんたとマホを守ってると思ってるんだ!」
ぶわりと空気が歪む感触とともに、椅子が阿諏訪めがけて跳ね上がった。あっと誰かが声を上げる間もなく、大きな衝突音が響く。
丁度背にしていた壁に垂直にめり込んだ椅子の脚によって、阿諏訪は体の動きを封じられた。パラパラと壁が細かく崩れる音がすぐ耳元で鳴り、阿諏訪は一拍遅れて背筋を凍らせる。
念動力で椅子を飛ばした畑中は、俯きぶつぶつと言葉を零している。
「ヨウ先生は、俺たちのことを思い出しても思い出さなくてもいい。……ケンがそれでいいって言うからいいんだ。でも、マホは駄目だ。何も思い出すな。それがマホのためだから。お前が自ら炎の中に飛び込まない限り――いや、それでも俺は……」
片手で顔を覆いながら畑中はそのままふらふらと部屋から出て行ってしまった。その異常な様子に二人は追うこともできずその場に立ち尽くす。
壁に張り付いていた椅子ががたんと音を立てて床に落ちた。そのままずるずると座り込む阿諏訪に真火が泣きそうになりながら寄り添う。部屋の外から劇場スタッフのものと思われる声が畑中を必死に呼び止めているのが分かった。
「せ、先生大丈夫ですか? 立てますか?」
「ああ……うん、大丈夫」
『ヨウ先生がようやく私たちに興味を持ち出したんだって』
『俺たちのことを思い出せないくせに』
ぐるぐると巡る思考を整理しきれず、肩で息をしながら阿諏訪は頭を抱えた。
「僕は一体何を忘れているんだ?」