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≪慄≫

「実験の、……材料? 私たちが?」


 真火が青ざめながらふるふると肩を震わせる。美鈴の笑みは消え、眉間の皺を隠さず黙って目を瞑っていた。


「そうよ。子どもたちには知らされていなかったけれど、私には分かった。あの火事が起こる前に聞こえてきたのよ。彼らの……私たちをただのものとしか見ていなかった研究者たちの心の声がね!」


 美鈴が言う研究者たちとは、恐らく合宿に泊まり込んでいたスタッフのことだ。阿諏訪が長峰にアルバイトを誘われたように、あの合宿にはサイ科学を始め様々な分野の気鋭の研究者たちがスタッフとして参加していた。


 その研究者たちが、実験のために子どもを選別していた? 阿諏訪はテーブルの上についた拳を握りしめた。


「ま、待ってくれ! 仮に目的がそうだとしても、未成年の臨床実験は非常に難しく承認され辛いんだ。保護者の同意もいる。しかも臨床目的だということを隠して何年にもわたってテストを受けさせるなんてことは、ベルモント・レポートで定められた倫理原則に反している! そんな合宿はっ……あり得ない」


 美鈴の考えを否定しようと阿諏訪は必死に捲し立てるが、その表情は徐々に悲痛に沈んでいき、終には手を額に当てて黙り込んでしまう。


「あの合宿がどういう経緯で開催されたかは分からないけれど。優秀な子どものみが参加できる勉強合宿なんてうたっていたから、親を言いくるめて同意くらいさせたんじゃないかしら。それに、倫理なんて言葉を知っているような人たちじゃなかった」


 言い捨てるように言葉尻を荒げ、美鈴は顔を伏せる。


「あの合宿で何が行われていたんだ!? 君たちは一体何をされ――」


「これ以上は言えないわ」


「辻さん……っ!」


 阿諏訪の懇願にも似た視線を払いのけるように美鈴は首を振る。阿諏訪は慎重に言葉を選びながら美鈴に強い視線を送った。


「辻さん、実はダイ君が最近、真火さんが炎に包まれて消えてしまうという予知をしたんだ。僕たちはその予知に合宿が関係しているんじゃないかと思っている。どうか真火さんのためにも知っていることを教えてほしい……!」


 美鈴はその言葉にピクリと眉を上げ、そして氷のような冷たさを孕んだ目を阿諏訪に向けた。


「マホは絶対に大丈夫よ。大斗君の予知は完璧じゃないから」


「何故そう言い切れるんだ?」


「マホは()()()()()()の」


 訳が分からないといった表情の真火は突然自分の話題になり不安げに阿諏訪を見上げている。


「ただこれだけは言える。『左手の松明』は臨床実験には一切協力しない。例え貴方の研究でもね、ヨウ先生。超常現象の専門家なんでしょう?」


 その視線に射ぬかれて阿諏訪の背筋は凍りつく。まるですべての研究者を恨んでいるような目に、ぞわりと全身の毛が逆立った。


「『左手の松明』は、人と違う力を持っているというだけで恐怖に晒されている仲間を守るために作った組織なの。……私たち三人でね」


「三人……?」


 震えおののきながら真火が呟く。その様子に美鈴は一瞬哀しげに瞳を光らせた。


「合宿関係者を次々とさらっているのは君たちなのか?」


「さあ。何も知らないわ。私たちがやったという証拠でもあるの?」


「………………」


 美鈴はどうやら本当にこれ以上話す気はないらしい。そのまま帰り支度をし始め、テーブルの上の伝票を手に取ろうとするのを阿諏訪は顔を伏せたまま片手で制した。美鈴は一瞬考えるように手を止め、「ごちそうさまでした」と言って二人に背を向ける。


「ミスズ、」


 真火が弱弱しい声でその背に語りかけた。


「ミスズ……信じていいんだよね。私、合宿のことをほとんど覚えてないの。ミスズやダイちゃんのことは思い出せるのに、自分がそこで何をしていたか分からないの。だからミスズの言ってること、本当だって言ってあげられないけれど……ミスズは悪いことしてないって信じたいと思ってるから」


 美鈴はそれを聞いてしばらく俯いた後、必死に作り上げたような笑顔で振り向いた。


「大丈夫よマホ。私たちは貴女の味方。絶対に、何があっても。……ね、いい子だからこれ以上知ろうとしないで」


「ミスズ……!」


「そうだ、コーザに会ってあげて。彼、あの火事以来貴女のことをずっとずっと心配しているのよ」


 美鈴がハンドバックから一枚の紙を取り出す。『劇団 幻惑 特別公演』と書かれたそのフライヤーは一人の俳優が表を飾っていた。長身痩躯の中性的な顔立ち。どこか影を帯びたように妖しく華やかさがあるその人物。


 『主演:畑中光三郎』


 その文字に真火は瞠目どうもくした。しばらくして口をわなわなと震えさせながら声にならない声を上げる。


「こっコーザ!? あのコーザが……ぶ、ぶ、舞台俳優? 主演!?」


「知らないのも無理はないわね。彼テレビの取材受けないから」


 畑中光三郎。合宿参加者であり、成績上位四名の内の一人だ。美鈴はフライヤーを押し付けるように真火に手渡してから、訴えかけるように阿諏訪を見据えた。


「正直に言って、集団において私の立場は弱い。ただの仲間集めをしているだけだもの。他に何もしていないし、何の決定権も持ってない。これ以上私の話せることはないの。ヨウ先生、どういう意味か分かる? ……今さら興味を持ってももう遅いの」


「………………」


「もしも……もしもヨウ先生があの時傍にいてくれたら――」


 美鈴は暗い瞳で虚空を見つめ、そうぽつりと呟いて都会の夜に消えて行った。


 合宿で行われていた子どもたちの選別。それが本当ならば、合宿関係者は秘密裏で違法行為をしていたことになる。そのことは合宿関係者本人たちと美鈴たち『左手の松明』、そして自分たちしか知らない。


 『左手の松明』の狙いは、合宿関係者の罪を明るみに出すことなのか? そのために合宿関係者を次々と誘拐し、罪を認めさせようとしているのではないか?


 しかし美鈴の言うように、その証拠はどこにもない。


 どんなに頭を働かせても、阿諏訪の思考はそこで止まる。


 美鈴の背を見送りながら真火がぽつりと問いかけた。


「ねえ、先生。最後にミスズが言ったこと、どういう意味ですか?」


 今さら興味を持っても遅い。美鈴は悲痛に訴えかけるようにそう言った。


「分からない……けれど一つだけ分かることがある。聞きたいことは彼に聞けということだ」



 阿諏訪は『劇団 幻惑』のフライヤーに映る美丈夫を苦い表情で見つめていた。


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