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≪独≫

 島田に会ってから土日を挟んで数日間、阿諏訪はぼんやりとした生活を送っていた。元々活動的ではない暮らしぶりではあるが、そこにザアザアと地を打つ大雨という要素が加わると、近所のコンビニに出かけることすら億劫になる。


 物の少ないこざっぱりとした単身用アパートの一室。阿諏訪は冷たいフローリングの床に大の字になって寝そべりながら、読んでいた紙の資料をばら撒いた。


 研究一筋の生活を送ってきた阿諏訪は休日も大学の研究室で過ごすことが多かった。自分の部屋には入浴と就寝のために戻るだけで生活するに当たり最低限の物しか揃っていない。そんな阿諏訪だが、ここしばらく自分の部屋に居る時間が増えていた。


 『能力開発合宿』の調査は内密に進めなければならない。阿諏訪に合宿に関する調査資料を譲った御堂は、合宿で起こった出来事を葬られたままにしようとしていた。それを無理矢理掘り起こそうとしていることを知ったらどう思われるか分からない。


 そして合宿関係者の連続失踪。阿諏訪が合宿のことを調べていることを犯人たちが突き止めた場合、阿諏訪はもちろん資料を渡した御堂、そして真火や島田にも危険が及ぶかもしれない。


 自分たちの置かれている状況をぐるぐると反芻はんすうしていると、阿諏訪の腹が限界を告げるように大きく鳴った。


「腹減ったな……」


 太陽が隠れていると時間の経過が分かりにくいが、目覚めてから何も口にしていないことを思い出し、阿諏訪はのそのそと体を起こす。


 阿諏訪は気を抜くと食事を忘れる癖があった。大学では口うるさい学生たちに咎められて以来昼に栄養ブロックをかじるようにはなったが、それでも摂取するカロリーの絶対量が少ないため、筋肉も脂肪も付かず骨と皮だけで人間の形を保っている。


 生活感のないキッチンで湯を沸かし、カップ麺の外装をぺりぺりと剥がす。冷蔵庫を開けてその中身を確認すると、ペットボトルのコーラがぎっしりと詰まっているだけだった。こんな生活を続けていたらすぐに病気になると分かっていても、改善する気力もない。


 おせっかいな姉と健康オタクの弟にはこの堕落した食生活を何度も叱られ、最終的にはその二人で家庭的な彼女を作るべきだという意見にまとまっていた。阿諏訪としては彼女は無理矢理作るものではないと言って押し通したが、正直なところプライベートな付き合いが面倒臭いだけだった。


 今の職に就いて間もない頃は、せめて仕事場ではこの不精な性質たちがばれないように努めてきたが、一年以上経った今ではもう隠すこともしない。


 湯を入れてから二分半。阿諏訪好みの硬麺をずるずるとすする。使用頻度の低いテレビからは軽快な音楽と共に、まるでタイミングを見計らったかのように『O商事』のCMが流れ始めた。


 阿諏訪は箸を止める。


 O商事秘書室所属、辻美鈴。渦中の人物が阿諏訪の頭を過る。ぼんやりと過ごしていた中で何も進展がなかったわけではない。


 阿諏訪は既に美鈴と会う約束を取り付けていた。


 失踪した長峰が残した『TORCH』の文字。それは美鈴の所属する集団『左手の松明』を示すものなのか。美鈴に会って確かめる必要があった。


 そこでまず美鈴に直接名刺をもらった島田に一度連絡を取らせた。本人は渋々といった様子だったが、阿諏訪に取り次ぐように言うと意外と簡単に美鈴と話をすることができた。そして阿諏訪の研究の一環で『能力開発合宿』参加者にインタビューをしているというていで交渉すると、美鈴は電話口で穏やかに笑って了承したのだった。


「久しぶりにヨウ先生に会えるのを楽しみにしていますね」


 美鈴も阿諏訪のことを覚えているようで、懐かしい愛称で呼んだ。阿諏訪は変わらず子どもたち一人一人のことは良く覚えていない。島田と再会した時と同じ、一方的に覚えられていることに対するむず痒さが阿諏訪を襲う。


 子どもっていうのは妙なことを覚えていたりするからな……。阿諏訪は読んだことのあるいくつかの論文を思い出す。ある研究によると、人間は三、四歳になると記憶したことを引き出すことができるようになるという。そして個人を尊重し、自分の意思を持つ子どもの方が記憶力が良い傾向がある。


 阿諏訪が子どもたちを『集団』としてしか捉えていなかったのに対して、子どもたちは阿諏訪のことを『個』として認識していた。子どもたちが阿諏訪のことを覚えているのはそういう理由かもしれない。

 

 カップ麺を平らげ、阿諏訪は床にばら撒いた資料の内の一枚を手に取った。合宿での子どもたちの成績が一覧になったそれを上から順に眺める。


 ――――――――


 LEVEL 5

 

 天童ケン(12) ≪H≫『5』


 畑中光三郎(12) ≪PK≫『5』


 辻美鈴(12) ≪T≫『5』


 清水真火(10) ≪PK≫『5』


 LEVEL4


 島田大斗(11) ≪P≫『4』


 ――――――――


 適正能力ごとに評価されたその成績表に、阿諏訪は引っかかりを覚えていた。


「清水真火、≪PK(念動力)≫の評価が最大の『5』。か……」


 本人はまるで何も知らない様子だったため直接言及することを避けた阿諏訪だったが、何度見ても首を捻らざるを得ない。


 特殊な訓練を受けても能力が目覚めるとは限らない。島田との会話でそう結論が出たはずだ。しかしこの成績表はご丁寧にレベル分けされていた。それも、項目ごとの評価とは別に。


 そのリストに記されたレベル一の子どもたちの成績を見ると、項目別評価は別段悪いわけではない。むしろレベルの高い子どもたちより総合的にバランスが取れている印象を受ける。にも拘らず低いレベルに分類されていたのだ。


 つまり、総合成績順にレベル分けされているわけではないと言うことが示唆される。


 このレベル分けは何か特別な意味がある。論文を書くためにこれまで何千何万ものデータの統計を取ってきた阿諏訪はそう直感した。


 レベル四の島田とレベル五の美鈴がそれぞれ適性の高い超能力を開花させている。では残りの上位三人は? もしも真火以外の二人も能力者だったら? このレベル分けが能力の顕現けんげん度を示すものだったとしたら? そう仮定すると、真火は。いや、――真火も?


 阿諏訪はあふれ出る疑問にため息をつき、冷たい床に寝そべった。


「清水真火。君は一体……」


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