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≪火≫

※この作品には物語の進行上、火事の描写があります。苦手な方はご注意下さい。世相を考えしばらくお蔵入りにしていました。どうぞよろしくお願いします。

 頬を焦がすような熱気に目を開けると、強烈な光と熱に視界が霞む。しばらくしてようやく焦点の合った清水真火しみずまほの目に入ってきたのは、燃え盛る建物だった。


 真火は二、三度瞬きをし、目の前の光景をぼんやりと眺める。その後すぐに電流が走ったかのようにがばりとその体を起こした。真火の小さな体は建物を包んでいる火の届かない、少し離れた駐車場に寝かされていた。


 十歳になったばかりの真火は、一週間寝泊りした合宿所の変わり果てた様子に愕然とする。辺りを見回すと、同じように合宿に集められた子どもたちが呆然と炎を見つめていた。


「マホ、大丈夫?」


 声をかけてきたのは合宿に参加している子どもの中で最年長の天童てんどうケン。その黒髪が炎の光に照らされている。差し出された手をとると、真火は自分の手がぶるぶると震えていることに気が付いた。


 火事だ。自分が寝ている間に火事が起こったのだ。きっと、誰かが自分を抱えて外に連れ出してくれだのだ。真火は混乱する思考を辿りようやく状況を把握した。


 電灯の少ない山奥、星しか見えないはずの夜空に炎の柱と煙が立つ。ごうごうという炎の音と、子どもの泣き声が混ざり合い反響する。


 ケンに引っ張られ震える足で立ちあがると、真火の頬をケンの両手が包んだ。異国の血を引くケンの琥珀色の瞳は、真火とその後ろの炎を映している。


「マホ、中で何があったか覚えている?」


「わ、分からない。わたし、寝ていたと思う……。ケン、なにが起こったの?」


「そう、ぼくも分からないんだ。気が付いたら火が……」


「ケン、怖いよ。どうして、合宿中に火事なんて、どうしよう」


 ぼろぼろと流れる真火の涙を指で拭いながら、ケンは穏やかに言う。


「大丈夫だよ、マホ。ぼく達もう助かったんだ。何も考えなくていい」


 助かった。その言葉に真火の体の力が抜ける。建物の焼ける音の隙間から、真火を呼ぶ声がした。


「マホ!」


「コーザ……」


 声の主はケンと同じ十二歳の畑中光三郎はたなかこうざぶろう。合宿中はみんなにコーザと呼ばれている。子どもたちの中で一番背が高いが、女子に見間違えられる容貌であることを気にしていた。


 コーザはせっかくの麗しい顔を歪ませながらマホの元に駆けつけ、あっという間にケンからその体を奪い取った。


「無事だな!? けがしてないな!?」


「う、うん。大丈夫だよ」


 真火の無事を確かめた後、コーザは思い切り真火の体を抱きしめた。「ぐえっ」という真火の声を無視してケンが口を開く。


「コーザ、今どうなってる?」


「お前がマホの寝顔を見ている間に言われたとおりにしたよ! 避難は終わって、低学年はミスズが見てる」


「そう、良かった。みんな無事で」


「言われたとおりにしたけど、マホが無事じゃあなかったらただじゃおかなかった!」


「無事に連れ出せたんだからいいだろ」


 二人のやりとりを聞いた真火ははっと肩を震わせた。もしかしたら逃げ遅れていた自分をケンが連れ出してくれたのではないか。それから目覚めるまで傍に付いていてくれたのではないか。真火は涙の溜まった目でケンを見上げた。


「ケン、ありがとう。助けてくれて」


「……どういたしまして。マホ、動けるならミスズを手伝ってやって。低学年をひとりで見るのは大変だろうから」


「ああそれと、ダイが転んでけがをしているんだった。マホ、そっちも頼む」


「ええっダイちゃんが? 分かった!」


 泣き叫ぶ子どもたちの元へ駆けていく真火。その後姿を見つめるコーザはかすれた声で呟いた。


「どうすんだよこれから……」


「そんなの決まってるだろ」


 復讐だよ。


 ケンのその言葉にコーザは硬い表情で息をのみ、諦めたように肩を落とした。






 ――――――――


 20XX年8月18日


 某県S市にて合宿施設の火災が発生。

 合宿関係者七名の死亡を確認。死因は首を吊ったことによる縊死いし六名。脳挫傷一名。

 合宿に参加していた子どもは自主的に避難し全員保護された。


 ――――――――







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