第六話 情けない奴
二人は早速魔王の城へと向かうべく町を出た。
ずんずんと進んでいくヘルメラのやや後ろで、不働は浮かない顔だ。
「フドウ、お前はこれまで一人で旅をしてきたのか?」
「・・・ああ、まあそうだな。」
「そうか・・・私もだ。ならばこそ仲間がいるというのはより一層頼もしいものだろうな、ふっふっふ。」
ヘルメラはあれこれと色々声を掛けてくる。
だが不働は話半分にほかの事を考えていた。
(金か?装備か?この女の目的は何か・・・まずはそれを見極めてやる。)
「ヘルメラ・・・だったか。お前、俺の装備を貸して欲しいのか?」
「・・・?何を言うんだ。私にはこの黒の大剣と使い慣れた鎧がある。お前の装備を借りる必要などないぞ。」
(狙いは装備ではない・・・か、だったら・・・。)
きょとんとする彼女に、不働は次なる質問を投げかけた。
「じゃあヘルメラ、お前は俺からボディガード料を貰おうっていうんだな?レベルの低い俺と組む旨みなんて無いからな。」
「・・・?何故共に魔王を倒すのに金を要求する必要がある。レベルが低いなら共に戦って上げれば良いだけだ、それが仲間というものだろう?」
「・・・え?あ、うん・・・。」
変わらず目を丸くするヘルメラに不働も逆に意表を突かれてしまった。
(随分と猫を被るのが上手いようだな。ではこの女の狙いは一体何だというんだ・・・。)
ガササ!
そうこうしてる間に敵とエンカウントする。
現れたのは因縁の相手・・・機械巨人・メカニカルエンドゴーレムだ。
思わず不働はたじろぐ。
(うっ、こいつかよ・・・こいつはこの辺りの敵で一番攻撃力が高い。見るからに体力も高そうだし正直どうひっくり返っても勝てる気がしないが・・・。)
ちらりと不働はヘルメラの方を見た。
彼女は身構えもせずじっと敵を見つめている。
・・・やはり彼女と二人でも勝てるようには思えない。
だがここで、不働の頭にある考えが浮かんだ。
彼女は確かに幾らか強そうな装備をしているが、それでもとても一人でここまで辿り着ける様には思えない。一体どうやってここに来たというのだろうか?
・・・そんな状態に、不働は他に心当たりがあったのだ。
(もしかして、この女俺と一緒でいきなりこの町に飛ばされたんじゃないのか?当然レベル1でこの辺りの敵には太刀打ちできない・・・それでわざわざレベル1の俺と組もうというのは・・・。分かった!こいつ俺を肉壁にしてなんとか敵を倒し、それて自分のレベルを上げようってんだな!?そうに違いない!!)
一人でごちゃごちゃと不働は結論を出した。
・・・その間に、機械巨人は攻撃を仕掛けようと腕を振り上げた。
しかしその狙いは・・・不働では無くヘルメラだった。
(・・・!ざまあみろ!俺を利用しようとして逆に真っ先に狙われてるじゃないか!!いい気味だな!頑張れ機械野郎、そんな女一撃で殴り倒してしまえ!!)
不働は内心ほくそ笑んだ。
ごごごごごご・・・!
巨人の叩き潰しがヘルメラに迫る。
「いいぞーそこだ、やってしまえ!!」
邪悪な表情を浮かべながら不働は敵にエールを送る。
だが、その時だ。
じゃきん!
響く金属音。僅かに瞬いたヘルメラの右手には黒の大剣が握られていた。
次の瞬間、斜めに両断された機械巨人はその場に崩れ落ちた。
ごごごご・・・どすん!
「え、は・・・?」
突然の出来事に不働の空いた口が塞がらない。
するとヘルメラはゆっくりと彼の方を向いた。
「どうした、何を惚けている?・・・ああ、そうか言い忘れていたな。私のレベルは87だ。ここらの敵ならば・・・一撃で葬る事が出来る。」
ぱっ!
剣に付いた血がオイルだかを振り払いながら、彼女は平然と言った。
思わぬ出来事に不働の血の気は一瞬で引いていく。
敵を瞬殺して尚まるで意に返さぬ彼女のその無表情は、さながら死神の如くであったという。
「ヒエッ・・・。」
呆気に取られる不働。すると突然彼の脳内に謎のファンファーレが鳴った。
デケデケデデデデレレ〜
フドウ レベル1→11
「ん?ああ、なんだレベルアップか・・・・・・レベルアップだと!?」
思わず二度見する。
そう、間違いなくレベルが上がったのだ。
苦節数ヶ月。
これまで喉から手が出るほど望めども成し遂げられなかったその感動の瞬間は、思いがけず突然訪れた。
「うおおあああ〜レベルが・・・レベルが上がったぁぁあ!!」
歓喜の叫びを上げその場をのたうち回る不働。最早目の前の女騎士の事など頭から消え去っていた。
かしゃん!
剣を鞘に収める音で不働は我に返った。
見ると、戦闘を終えヘルメラがこちらに歩み寄って来るではないか。
(うっ、そうだ忘れてた。何だこの女は・・・こんなとんでもない強さを持ってて何を望むんだよ・・・まさか俺を取って食おうというのか?)
ずさり。
思わず一歩後ずさる。だが恐怖の女騎士は一歩、また一歩と迫る。
こうなるとヘルメラのその端正な顔立ちに、最早煌めく刃物の様な恐怖しか感じ無くなる。
彼女は不働の前で立ち止まると、ゆっくりその手を伸ばした。
「あ、ああ・・・!」
すっ・・・!
伸ばした手は不働の首筋・・・ではなく、肩をポンと叩いた。
「レベルが上がったのか、おめでとう。そこまで喜ばれると私も自分の事のように嬉しいよ。おめでとう、フドウ。」
何の邪気もなく、ヘルメラはにっこりと笑った。
そこには余計な感情や思惑の一切は込められてはいなかった。
・・・この理不尽な世界に毒されて・・・いや、もっと前だ。
ヒキニートという閉じた世界に篭もり過ぎたせいで、不働は思考を汚されその最も単純な考えに至る事が出来なかったのだ。
全ての人間は、皆悪意と己の利益だけで存在していると信じていた。
だから彼女が善意で自分と共に戦ってくれているかもしれないなどとは考えてもみなかった。
「あ、ああ・・・ありが・・・あれ・・・?」
気が付けば不働は涙を流していた。
誰かにこうして祝福されるのも、人の善意に触れるのも余りにも久しぶり過ぎたのだ。
そんな彼を、ヘルメラはそっと抱き締めた。
「ふっ、涙を流す程か・・・余程これまでの戦いは辛いものであったのだろう。だがもう心配はいらない、これからは私がいる。」
「うっ、うおお・・・。」
不働は声を上げて泣いた。
まさかゲームの中でこんな気持ちになるとは思わなかっただろう。
これまでの苦難や裏切り・・・そこで溜め込んだ思いがすべて爆発した。
ヘルメラはそれを・・・聖母のごとく全て優しく受け止めてくれた。