第五話 マウント取ってなんぼ
グンドラーゼの町の酒場。
不働は再び八方塞がりの状況に追いやられていた。既にこのゲームに入ってから二ヶ月近くが経過していた。
あの後気合で再び装備は整えたが・・・やはり装備だけでどうにかなるものではない。
しかし実は、一つだけ手が残されていた。
最もそれは・・・最初から気付いてはいたが、著しくプライドを損ねる為に自主的に封印していた手だ。
「・・・。」
不機嫌そうに空中にゲーム内メニューバーを開き、その中の『フレンド』の欄をタッチする。
そこには一つだけ、IDが登録されていた。
実は不働には、六つ下の妹がいた。
名は和來、文武両道才色兼備の大学生。ヒキニートの不働とは対極の位置に属する生物だ。
だがそんな似て非なる兄妹に一つだけ共通点があった。
それは、ゲームが好きということ。
故に和來は不働より早くこのゲームをプレイしていた。
彼女には天性のゲームの才がある・・・きっと凄まじい速度でこのゲームの攻略を進めているだろう。
こんな事もあろうかと、不働はゲームを始める前に和來の部屋に侵入しゲーム画面に映し出された彼女のIDを控えて来た。IDがあれば電話の様に他のプレイヤーと交信できるのだ。
妹に助けを求めるなど堪らなく癪であるが、今はそれに縋る他無い。
ピッ!不働は和來に通信を送った。
『・・・おい、妹。聞こえるか?』
『・・・うん。フフフ・・・やっぱり来たんだね、兄しゃなら必ずこのゲームをプレイすると思っていたよ。』
少し笑うような和來の声が聞こえてくる。
『兄しゃ』というのは兄者をもじった彼女独特の不働の呼び名だ。
何でも『お前は濁点を付けるに値しない』らしい。訳の分からない理由である。
『むしろ遅すぎるくらいかな・・・兄しゃならもっと早く来るかと。何か他のゲームでもやってたの?』
『余計な事を抜かすな、俺の話に答えろ。』
ゲーム内に閉じ込められ久しぶりに会話するというのに、話す内容はゲームの事ばかり。
世界がどうとか家族がどうとかはまるで聞いてこない。
まあそんな根っからのゲーマーな妹の様子には多少感心しながらも不働は問うた。
『お前・・・今どこにいる?』
『どこ・・・とはまた単刀直入に聞くね。進行度を聞いている、って事で間違いは無いよね?』
進行度、それはゲーム内メニューからいつでも確認出来るステータスだ。
自分が今何章の何話に居るか見ることが出来る。1-1なら一章の一話という事だ。
『聞いて驚くなよ、私は今攻略最前線のパーティにいる。その進行度は3-2・・・!ぶっちぎりでトップの筈だよ。』
声からも自信満々気に和來は言った。
『・・・。』
『フフッ、参考程度に兄しゃの進行度も聞いておこうかな。流石に二章には到達したろうな?』
馬鹿にするつもりで彼女は問い掛けたのだろう。
しかしぼそりと答える不働の言葉はまるで予想外のものだった。
『6-1だ。』
『え?・・・は?』
『6-1・・・魔王の城目前の町、グンドラーゼに俺はいる・・・!!』
『はああああっ!?』
和來は絶叫した。
そんなつもりでは無かったのだが、妹の妙な風向きに不働の心は少しワクワクしてきた。
ちょっとからかってやろう・・・と。
『ふんふん・・・3-2か、なるほどな。まだそんな所なのか。』
『えっ、じゃあいつの間にか私の事追い抜いてたとでも言うの?嘘付け!・・・私達は相当効率良く育成しながらここまで来たはずよ、兄しゃは一体レベルいくつでそんな所に到達したってのよ?』
『レベルか、レベルは1だ。』
二チャリと笑いながら不働は答える。
案の定すぐにまた妹の絶叫は聞こえてきた。
こうなるともう、不働は楽しくて仕方無かった。
『テキトーフカしやがって!そこまで言うなら証拠を見せてもらおうか!!到達度とレベルの画面、スクショして送ってよ!!』
『いいぞ、ほれ。』
言われた通り、不働は画面をスクリーンショット機能で撮影し和來に送り付けた。
『・・・っっ!!』
それを見て彼女は、今度は絶叫するではなく黙り込んだ。
送られてきた画面には不働の到達度やレベルといったステータスが映し出されている。
(何、何よこれ・・・確かに言う通りレベルは1、到達度は6-1。ゲームの中で画像編集なんて出来ないし・・・本当にこれをやったのか!?)
和來の目のハイライトが困惑で消える。
考えれば考える程謎は深まるばかりだった。レベルが低いだけならまだ分かるが、逆に一体どうやってレベルを一つも上げずにそんなところまで来たのか・・・。
だがこれを見せられては和來も納得せざるを得ない。
そしてどんな神業を成し遂げたと言われても思わず納得してしまう程のゲームセンスが兄にはある事を・・・彼女は知っていた。
『どうやらガセネタでは無いようだね・・・。ううっ、覚えてなっ!必ず兄しゃに追い付いて、先にこのゲームをクリアしてやるから!』
泣くような声でそう叫ぶと和來は通話を切った。
(ふっ、勝った・・・。)
しょうもないマウントの取り合いに勝利し、不働は堪らない満足感に包まれていた。
まさか彼女は思うまい・・・自分が何か特別な事をした訳では無く、単純にゲームの不具合でいきなりこの町に飛ばされただけなどとは・・・。
そして彼はすぐに思い出した。
からかう事にに夢中で忘れていたが、本当は妹に助けを求めようとしていたことを。
とはいえ彼女の到達度は3-2、まだ暫くはここまで来れないだろう。
これでまた手詰まりの軟禁状態だ。
(というかあいつ自分が攻略最前線組だなんて抜かしてたな、ついこの間俺は他のプレイヤーに詐欺られたばかりなんだが。・・・全く、当てにならない奴だ。)
そんな事を考えながら不働が酒瓶を傾けていた時だ。
不意に酒場のドアが勢い良く開く。
・・・現れたのは・・・漆黒の大剣と仰々しい鎧に身を包んだいかにも女騎士という風貌の一人の女性だった。
(ほら、またいかにもプレイヤーっぽいのが現れた。関わってもロクな事にならないだろう、目を合わせないでおこう・・・うわっ、こっち来たよ。)
先の経験から不働は出来るだけ影を薄くして縮みこんだが・・・女騎士はまるっきりお構い無しに不働の元へ歩み寄った。
「一目見て分かったぞ・・・お前もまた魔王討伐を志す者だろう。どうだ、私と共に戦わないか?」
(・・・はあ、まーたこのパターンか。どうせこいつも俺の装備目当てだろ。)
目を輝かせる女騎士に不働は深く溜息を付いた。
「・・・で、どうだ?私と共に魔王討伐を目指してはくれないのか?」
呆れ顔でこちらを見続ける不働に、女騎士は再度問いかけた。
「・・・。いいぞ。」
「本当か?ふふふ・・・嬉しいぞ。私の名はヘルメラだ。宜しくな、フドウ。」
「ああ、先に言っておくが俺は強くないからな」
半ばヤケクソ気味に不働が答えると、女騎士・・・ヘルメラは嬉しそうに笑った。
その屈託の無い笑みに不働の苛立ちが募る。
(ちっ、わざとらしく笑いやがって・・・俺の事を利用する事しか考えてない癖に。見ていろ、すぐに化けの皮を剥がしてやるからな。)
死んだ目でニコニコしたヘルメラの顔を流し見ると、不働は残った酒を喉に流し込んだ。