第四話 一番良いのを頼む
新たに四人の仲間を加えた不働は、胸を踊らせながら町から出ていた。
いよいよ・・・レベルを上げる時が来たのだ。
そういえば彼等は自身の名を名乗っていたが、不働はそれを刹那で忘れていた。
どうせ彼等は利用するだけの相手、用が済めば切り捨てる予定だ。
・・・最も、その前に切り捨てられるのは不働であろうが。
「・・・君、フドウ君!」
「・・・はっ!」
自身を呼ぶ戦士の声で不働は我に返った。
「フドウ君、君は敵の攻撃をどのくらい耐えられる?」
「・・・。恥ずかしながら殆どの相手に一撃でやられてしまう。耐えられるのはブレイズウィングの火炎くらいか。」
「やはりか・・・だったらフドウ君、君のレベル上げには僧侶の蘇生魔法を活用しようと思う。」
「・・・!なるほど、『ギリギリ蘇生作戦』という訳だな。」
いくら頼れる仲間を得たとはいえ、敵を倒すまでには何度かこちらも攻撃を受けてしまうだろう。
そうすれば不働は一溜りもない。一撃でも貰えば即ジ・エンドだ。死亡した状態のプレイヤーには経験値が入らずレベルが上がらないのはRPGの鉄則である。
だが攻撃を食らう度に不働を蘇生していたのでは、あまりにも消耗が激しく戦闘の時間もかかる。
そこで用いられるのがこの『ギリギリ蘇生作戦(不働命名)』だ。
弱い仲間のレベルを上げる際に、敢えて死亡した弱い仲間をすぐには蘇生させず・・・敵を倒すギリギリの所で蘇生させ、その者が生存した状態で戦闘を終了させるという戦術だ。
これを使えばレベルに開きのある仲間でも効率良くレベルを上げる事が出来る必須級の育成テクニックだ。
「そしてフドウ君・・・その際に君の装備を僕達に貸して欲しいんだ。」
「っ、そうか・・・!なるほど、なるほど。更に効率を上げるという訳だな。」
不働は感心するばかりであった。
確かに自分が強力な武器を持っていても、手番が回ってくる前に敵にやられてしまう。
加えて強力な防具を持っていても、どのみち一撃でやられてしまう。
だが彼等は違う。適正なレベルを持つであろう彼等なら・・・その武器は敵を容易く屠る力に、その鎧はあらゆる攻撃を跳ね返す鉄壁の守りになるはず。不働の持つ超一流の装備の力を最大限引き出せるのだ。
宝の持ち腐れである不働が強い装備を持つより、それを彼等に貸した方がより効率良く戦闘を行う事が出来るのだ。
(流石はここまで到達する程のプレイヤー・・・最低限のテクニックは持っているようだな。)
彼等の確かな力を認め、不働は舌を巻いた。
「・・・良いだろう、俺の装備を貸す。これであっという間に魔物を殲滅してくれ!」
「ありがとう!君のレベルが戻ったらすぐに返すから!」
不働は超一流の装備を戦士に手渡した。
ガササ!
ちょうどその時だ。
背後から敵の迫る物音・・・現れたのは獅子の如く鋭い牙と鳥のような羽を併せ持つ、『デスデビルキマイラ』だ。
それもなんと三匹もいる。
攻撃力200を超える、絶対の強敵。
だが今の不働はまるでそれに臆する事は無かった。
(仲間がいる・・・それがまさかこれ程頼もしいとはな。さあ来い!なんなら俺から狙ってくれても構わないぞ!一発分の肉壁になれるなら安いもんよ。)
そんな彼の思いを知ってか知らずか、デスデビルキマイラの一体は先制攻撃に出るべく身構えた。
・・・不働の方を向いて。
「いきなり俺か・・・!ふっ、だが恐れるものは無い。みんな後は任せたぜ!」
「ガルルッ!」
がぶりっ!
その牙は、一撃で不働を仕留めた。
しかし意識を失いゆく不働の心は晴れやかだった。
後は戦いが終わるのを待つだけ・・・これ程気楽な話は無い。
安らかな笑みさえ浮かぶ。
後は、蘇生されるのを待つだけだ。
しゃんしゃんしゃんららしゃんしゃ・・・。
最早聞きなれたBGMが響く。
ぎぃいと鈍い音を立て棺桶が開く。
「死んでしまったようですね、次は頑張ってください。」
淡々と言う神父の顔を見ながら不働は目を覚ました。
「え?ああ・・・確かに死んだは死んだが・・・。アレ、俺は外にいたんじゃ・・・?」
寝起きならぬ死起きで意識はぼんやりとしている。どれくらい時間が経ったのかもよく分からない。
(ええと・・・そうだ、あの戦士達と一緒にいて・・・彼等はどこに行ったんだ?)
ふらふらと不働はそのまま外に出た。
ゴンッ!
何かに躓きよろめく。
これは・・・木で作られた簡易な看板だ。
『詐欺に注意!』
そこには一言それだけ書かれていた。
詐欺など馬鹿らしい、オンラインゲーム歴20年の自分がそんなものにかかるかと、そもそも金ならやるから経験値をくれ・・・と、不働が一笑に伏そうとした・・・その時だ。
彼は気付いた。自分が何も装備していない事に。当然レベルは1のままだ。
途切れ途切れの記憶と意識は鮮明に繋がり・・・やがて一つの結論を導き出す。
「うおおおおおおぅ!!やられたあッ、持ってかれた!!」
装備を拝借して敵を倒し・・・戦闘が終わるギリギリで蘇らせる。
そんなものは真っ赤な嘘だったのだ。
あの戦士達一行は不働をそのままにして蘇らせなかった。
丹精込めて揃え上げた装備を・・・全て奪われてしまった。
声にならぬ悲鳴をあげながら地面をのたうち回る不働。
だがぐるぐる回転するその視界は、遠くにあるものを捉えた。
楽しそうに談笑しながら酒場に入っていく、あの戦士達である。
まだ彼等はこの町に残っていた。
「・・・!!」
そう、話は単純だ。
装備を奪ったなら・・・とっとと不働の前からずらかるべきであろう。
だがここは如何せん最後の町。これより先に有るのは魔王の城のみ。
つまりここから出ても行く場所は他に無いのだ。まさか魔王の城に逃げる訳にも行くまい。
(迂闊だったな・・・よもやこの俺にリベンジのチャンスを与えるとは。許さんぞ、俺の装備を奪った罪は重い。)
だがここで殴り込んだ所で不働に勝ちの目は無いだろう。
相手は最強の装備を得た四人組、かたや不働は裸一貫レベル1。
しかし今の不働にはそんな事は関係無かった。
己の中で滾るものを抑えきれない。
彼の魂に完全に火が付いていた。
ゆっくりと、先程の看板を引き抜き担ぐ。
怒り、憎しみ・・・そういった感情の爆発は、時に常識で測られた人の限界というものを打ち破る。
その壁を粉々に打ち砕き、理解を超えた力を授けるのだ。
「諦めない・・・絶対に諦めないッ!!俺の装備、返せぇぇッ!!」
不働は酒場のドアを蹴破りその中へとなだれ込んでいった。
しゃんしゃんしゃんららしゃんしゃ・・・。
神聖なBGMの中神父の声が響く。
「また死んでしまったようですね、僅か五分で二回死ぬのは新記録ですよ。次は頑張ってください。」
感情の爆発が授ける限界を超えた力・・・それは確かに存在するであろう。
だがデータで管理されるゲームの中にそんな物があるはずは無かった。
不働のやられざまは、それはもう見事に呆気なかったという。