第十六話 新章・現実世界超労働編スタート!!(大嘘)
それから程なくして、不働は現実の世界へと戻ってきた。
そこにどれだけの葛藤があったかは語るまでもない。
「・・・。」
薄暗い自室で、不働はただぼんやりと何も無い空間を見ていた。
抜け殻のようにそうして毎日を過ごし続ける。
現実に戻った際に、デレナイクエストは根こそぎ政府から回収処置がなされ・・・パソコンも親に没収されてしまった。
もはやヘルメラに会う方法は完全に無くなってしまった。
最も、その方が良いのかもしれないが・・・。
どたどたどた!
けたたましく不働の部屋に誰かが転がり込んでくる。
妹の和來だ。彼女は山の様に携帯ゲーム機を抱えていた。
「兄しゃ、これをプレイするんだ!パソコンを取り上げられた位でゲームをやらないなんてゲーマーの名が廃るってもんでしょ。ほら、これなんか通信で二人で出来るからさ・・・だからさ・・・。」
しかし不働は何も答えなかった。
和來は一瞬沈んだ目をしたが、すぐに笑顔を取り戻しまたどたどたと部屋を出ていった。
「へへっ、じゃあもっと面白いゲームを見つけて来るからよ!期待して待ってて!!」
「・・・。」
部屋に静けさが戻ると、不働は少し俯いた。
(・・・すまないな、和來。これがゲームの中の素敵な物語なら・・・俺はその経験を踏まえ現実の社会へと立ち直っていけたりもするんだろう。けどな、俺は根っからのゲーマーニートなんだ・・・魂は戻って来ても、心はゲームに入ったままなんだよ。)
小さく息を吐くと、彼は目を閉じた。
そしてまた時が経つ。
依然として呆然と過ごす不働の元へ、一通の小包が届いた。
(俺に郵便を出す者などいないはずだが・・・。)
そっと差出人を覗くと、そこには『リーダー』と書かれていた。
ベリベリと包みを開く。
『やあフドウ君、久しぶりだね。君の事は・・・和來君から聞いているよ。・・・私からはこれを送らせて貰う。私にはもう必要ないものだからね。君にもいつか必要なくなる事を願っているよ・・・。』
そう書かれた手紙と同封されていたのは、『デレナイクエスト』のゲームソフトだった。
どうやったかは知らないが、リーダーはこれを回収させずに手元に残していたのだ。
「・・・っ!!」
思わず不働の手は震えた。
勿論、今更こんなものを入手した所で・・・彼の本当に求める物は手に入らないだろう。
だが不働はもういても経ってもいられなかった。
ゲームをクリアした彼にもし残ったものがあるとすれば・・・それは諦めない心だったからだ。
「はあっ、はあっ・・・!!」
無我夢中で不働は部屋を、家を飛び出した。
風呂にも入らず・・・服も着替えず。
パソコンを求めネットカフェへと・・・。
久しぶりに起動させる『デレナイクエスト』
それは正常に動いた。
全て回収出来たものと、政府も油断していたのだろう。
しゅうううん!
不働は再び・・・ゲームの世界へと舞い戻った。
降り立ったのは、例の光の門の前だ。
最も、一度クリアした彼はいつでもゲームを中断できるのだが。
久方振りのその空気を味わうよりも前に、不働は駆け出した。
目的はただ一つ・・・この世界の何処かにいるやもしれないヘルメラを探す事だけだ。
不働は夢中で・・・その広大なゲーム内を駆け抜けた。
魔王の城から、ヘルメラと共に逆走した道筋。
そして逆に一度も訪れた事の無い最初の方のエリアまで。
何度も何度も往復し、その重厚な鎧に身を包んだ女性を探し続けた。
しかしやはり・・・そのどこにもヘルメラは居なかった。
「・・・ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ・・・」
肩を震わせながら息を切らす不働。
気付けば彼は最初にヘルメラと共に戦った、グンドラーゼの町周辺へと戻って来ていた。
(いるんだろ・・・何処かに。頼む・・・もう一度俺の前に姿を現してくれ。)
・・・その時だ。
がささ!
突然の物音に不働は慌てて振り返る。
「ヘルメラっ・・・!」
しかしそこにいたのは因縁の機械巨人・メカニカルエンドゴーレムだった。
全て狩り尽くした筈だが・・・どうも撃ち漏らしがあったらしい。
ごごごごごご・・・!
「フン・・・今更何の用だって言うんだ。俺は今凄く機嫌が悪いんだ。まさか、魔王を倒したこの俺に勝てるとでも思っているのか?生き延びたなら山奥でひっそりとしてれば良いものを・・・それならお前もすぐに仲間達の元へ送って・・・」
ぺちゃ。
ごちゃごちゃと喋っていた不働に機械巨人は先制で叩き潰しを放った。
流石に前の様に一撃でやられはしなかったが、不働は大きくHPを失った。
彼は忘れていたのだ。この辺りの敵にはレベル40位の力がある事を。
いくら今の不働でも、一人ではギリギリの相手である事を・・・。
(ああ・・・なんだ。ヘルメラ、お前がいなきゃ俺はこんな雑魚にも勝てないみたいだ。やっぱり俺は・・・お前がいなきゃ駄目なんだよ。なあ・・・。)
しゃんしゃんしゃんららしゃんしゃ・・・
最早懐かしさすら感じる神聖なBGMが響く。
機械巨人に倒された不働を出迎えるように、禿頭の神父が近付いてくる。
「死んでしまったようですね、次は頑張ってください。」
「・・・。」
定型文を投げ掛ける神父。不働は何も答えない。
・・・しかし、彼のセリフはそれで終わりではなかった。
「お連れの方を蘇生するのなら、教会に1000Mの寄付をお願いします、」
「・・・!?」
訳の分からぬ言葉。
だが不働はすぐに気付いた。
自身が出てきた棺桶の横に、もう一つ棺桶がある事に・・・。
《リーダー・無職脱出大冒険記》
攻略最前線組を率いた男、リーダー。
ゲームから現実の世界へと舞い戻った彼にもまた、社会という新たなステージへの大冒険の扉が開こうとしていた。
そう、薄暗い部屋の扉を飛び出してまだ見ぬ大冒険へ・・・。
・・・が、開かない!
扉はピクリとも開かない!
「たかし・・・お願い、部屋から出てきて・・・」
「うるさいっっ!!」
ドンッ!!
部屋の扉を開けようとした母を壁ドンで威圧すると、リーダーはグッと拳を握り締めた。
(私はリーダーなんだ・・・誰がなんと言おうとゲーム内では皆に慕われるリーダーなんだ・・・。)
その後も扉が開く事は無かったという。
リーダー・無職脱出大冒険記、完。