表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

8話

 「そこまでっ!」


 教官の合図に、今まで炸裂していた銃声が止んだ。

 そして盛り返すように蝉の声が鳴り響き、陽射しが訓練生の肌をジリジリと焼くのである。


 「五分後に再開する。それまで休め」


 教官はそう言って建物の陰へと消えていく。しかし、その姿に文句を言う人はいない。今更、なのである。

 そして研修生には水の一つも与えられない。

 今後、兵団の一員として働く者は、これくらいの状態に慣れていかなければならない、そうらしい。

 とはいえ、徐々に上がらなくなる肩や腕。乾き続ける喉と眼球。頭の思考力は低下して、意識は朦朧とする。この休憩さえも休憩とは思えない状態である。


 「――、教官に呼ばれているぞ」


 同じ訓練生の青年が肩を叩いて呼びに来た。と言っても、教官に呼ばれることが良いことではないことは確かで、呼びに来た青年も、どこか不安げな色を見せていた。


 「○○、大丈夫よ。ありがとうね」


 そう言って教官のいるはずの建物の陰へと向かった。


 「遅い! 呼ばれたなら10秒で来い!」

 「すみません……」


 教官は仁王立ちで構えていた。しかも来るなり叱責から始まる。


 「なんなんだ貴様、本当にやる気はあるのか?」

 「……はい、あります」


 睨みながら、教官はある一枚の紙を出した。

 その紙は、以前対人用射撃訓練にも用いられていた的で、ひとつだけ穴が空いている。


 「これがなんだか分かるか?」

 「……対人用射撃訓練の模擬試験でしょうか」

 「あぁそうだ。で、お前はどこに撃った?」


 穴は人型の絵が描かれている横に空いていた。


 「人の、横です……」

 「何故そこに撃った?」


 怒られない言葉を探す。だがこういう時、なかなか見つからないもので。


 「すみません……」

 「あぁ? すみませんじゃねぇだろ! やる気がねぇなら今すぐ辞めろ! 邪魔だ。迷惑だ」


 教官の怒号は終わらない。


 「あ、それともあれだな。男性団員の性処理玩具にでもなるか……お前、若いから丁度いいだろ、なぁ?」

 「! それだけは……許してください……」

 「あぁ? 許してだと? お前が赦しを乞うような権限はない」

 「で、でも……」

 「うるせぇよ。大体女なんかハナから身体目的でしか入団出来ねぇし。お前もあれだろ? 男とヤりたくて入団希望したんだろ?」

 「ち、違います! 私は……私はたった一人の弟の為に!」

 「はっ、はいはい姉弟愛ね、うっざ」

 「――っ」


 人生の分かれ道と言うのはいつも唐突にやってくる。いつか来るだろう日は来ないのに、来てほしくない日はすぐにやってくる。

 この時の私は頭がおかしくなったのだと思う。暑い日差しにやられて。そう、そのせいで。


 「……何の真似だ?」


 服の内側に隠していた拳銃を取り出した。銃口の向く先は勿論教官。


 「……しないでください」

 「あ?」

 「私と弟を馬鹿にしないでください!」

 「はは、なんだ、そんなことか……して、その銃をどうするつもりだ?」


 教官の威圧的な眼が睨み付けてくる。でも、この引き金を引いて仕舞えば……


 「まぁ、どうせ撃ったって当たりゃしないし、悪足掻きもこれくらいにしなよ、雑魚」


 聴こえた。いや、正確には聞こえてはない。だが、心の中で燻っていた何かが、突然発火するのが聴こえた。

 心のエネルギーは、そのまま身体のエネルギーへと変化して、


 「早く銃を捨ててその場に伏せ……ぎゃあああ!」


 乾いた破裂音と共に教官が耳を押さえてその場に倒れこんだ。耳からは真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。


 「っ! お前! 俺に刃向かうとは何様……ああああぁぁ!!」


 腰の銃を教官が引き抜く前に両腕に二発。力の入らない腕を震わせて、痛みに必死に耐える表情で立ち上がった。

 しかし、迷いはなかった。特に計画があったわけではない。むしろ計画は無いに等しかった。だが、覚悟だけはあった。


 「ただじゃ済まねぇぞ! お前は! 何をしたか分かってんのかぁ!」

 「……黙りなさい、この虫どもめ!」


 その後はよく覚えていない。まるで記憶が抜けたように。

 ただ覚えているのは、射撃音を聞いて駆け付けた他の教官も撃ち殺したこと。

 そしてその後、逃げるように……逃げるように……あれ、どうしたんだっけ私……




            *




 「ふわぁ〜……あ、やば、こんな時間!」


 時計の針は朝の五時を示していた。

 倉庫番の朝は早い。五時半には全ての備品をチェックし、不備があれば補填する。それをこなさなくてはならないのだが……


 「これは、間に合わないわね……」


 倉庫に行ったところで気が付いた。もう既に時計の針は五時半をゆうに過ぎ、間も無く六時になろうかというところだった。


 「どうしようかな……」


 迷った挙句、欠品を目視で確認して、後でこっそり補填するという少しせこい事を思いついた。


 「どうせ昼間は誰も来ないんだし、良いよね」


 適当に備品点検を終わらせ、いつも座っている倉庫番の席に座った。

 普段なら紅茶を飲みながら書類の整理を始めるのだが、今日は紅茶も用意していないし、書類もやらなかった。

 何故かというと、備品点検の際に拳銃が一つ、無くなっていたから。勿論直ぐに施設内の放送で知らせ、警戒態勢を敷いてもらっている。が、原因はそれではない。

 今朝の、夢。

 あったような無かったような過去を思い出してしまった。

 何もかもが終わったあの日、手を差し伸べてきた偽善者、嘘と偽りと欺瞞(ぎまん)の波の中で踊らされて、 誰も信じれなくなった自分を救ってくれたあの人。今はそう……


 「お、やっぱ倉庫に居たか」


 入り口から声がした。聞き慣れた声だ。


 「訓練で持ち出したまんま返し忘れたってよ。それで……ん? どうした? ナナ?」


 いつも通りの姿で歩み寄るのはサンだった。相変わらず低い身長で、でもそれが何故か心を落ち着かせる。


 「あ、いや、なんでもないわ。相変わらず阿呆みたいな顔をしていたからね」


 無理やり取り繕った笑顔、それをどう受け取ったかは分からないが、


 「けっ、持ってきてやったってのによぉ……」


 と、サンは拳銃を片付けながら、「でも」と一言置き、


 「あんまり暗い顔すんじゃねぇよ。勿体無いだろ?」


 ニカッと笑う彼は、恥ずかしさなんて一欠片も無く、ただ純粋にそう思ったからそう言ったのだろう。そういうところ、である。全く……


 「そう、ご忠告ありがとう。任務に戻って良いわよ」

 「うっぜぇ! まぁいいや、また遊びに来る」


 サンはポケットに手を突っ込んで倉庫を後にした。

 その後ろ姿を見送って、


 「……待ってるわ」


 聞こえない、聞こえたとしても届かない願いだとしても、そう願わずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ