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7話

 塗装もされていない剥き出しの壁に囲まれた寂しい部屋で、音痴な鼻歌が響いていた。


 「サンさん、やけに上機嫌ですけど、なにかあったんですか?」


 部屋に入ってくるところで、鼓膜を破壊しそうな音に耳を塞ぎ、部屋の真ん中で踊り狂っているサンに話しかけた。

 サンは、入ってきた人物――イナの姿を見つけると、ちょいちょいと手招きをした。


 「いいかイナ。これを見ろ」


 潜めた声でそう言い、自分の手元に視線を動かす。イナもつられて視線を動かした。


 「――ッ!」


 イナは、サンの手に握られている濃い飴色のガラス瓶を確認した途端、冷や汗を掻く感覚がした。


 「サンさん、これ……」


 サンはにやりと笑い、


 「一番美味そうな酒を選んできた。俺の目に狂いはねぇ……」


 くっくっく、と喉を鳴らし、その瓶を見つめるサン。


 「ですけどサンさん」

 「んだよ、これ見て興奮しねぇのか?」

 「いやしますけど、でもこれバレたら……」


 イナの心配に、サンは少し考えて、否、一つも考えずに、


 「んー、まぁバレねぇ!」


 高らかに宣言したのである。

 全く迷いを見せず、少年のような輝く目で、そう宣言したのである。


 「あ、あとサロも呼んできてくれや。ついでじゃないけど、サロの初陣の祝勝会でも。小せぇけどな」


 歯を見せながら笑うその顔に、イナはすっかり諦めてしまった。


 「バレても僕は逃げますからね」


 そう言い残して、サロのいる上の階へ向かった。




            *




 「ふんふふんふふーん」


 久しぶりに開ける木箱からは、空をそのまま写したような綺麗な青色をした杯が四つ、そのうちの三つを取り出した。

 これは先代のロクが愛用していたもので、そのロクが亡くなる直前に譲り受けたものだ。

 そしてサンは今も大切にそれを保管している。


 「やべ、あの二人いねぇけどもう飲みてぇな……」


 三つの杯を地べたに並べて、サンもそこに座っていたが、酒瓶を見るだけで身体が勝手に開けようとする。しかしサンは必死に堪え、悶えていた。


 「あー、飲みてぇ、はよ帰って来いや……」

 「少しお邪魔しても良いかな?」

 「ひゃあ!」


 声の主はにこにこしながら部屋に入ってくる。

 サンは大慌てで酒瓶を服の中に隠して、平然を装う。しかし、入ってきた人物は目を細めて、獲物を狙う肉食の鳥のようにサンを見つめた。


 「な、何でしょうか、イチさん」

 「いや、やけに楽しそうだったのでね、何かあるのかと……」


 しゃがみこんで、指先で杯に触れた。

 その瞬間、サンの顔が少し引きつった。


 「……すまない。君の、思い出の品を」

 「あぁ、俺も、すみません。無礼、を」


 そして、少し沈黙の時間が流れる。

 それを破ったのはイチだった。


 「サン、調査報告書の件何だが……」


 サンは咄嗟に顔を上げ、イチを見た。


 「何か、ありましたか?」


 サンの問いかけに、イチはゆるゆると首を振って、


 「いや、僕たちの考え過ぎだったのだろう。何も、不具合は見当たらない」

 「……そうか……」

 「……あの時の事は、本当に申し訳ないと思っている」


 サンは下を向いた。怒りに身体を震わせて、拳を握り締めた。


 「今日が、先代のロクの命日だって、知っているでしょう」


 サンは俯いたまま、声を振り絞ってイチに問いかけた。


 「……あぁ、知っているとも。僕の、唯一の兄弟だからね」

 「じゃあ何で……」


 怒りがこみ上げる。未だにサンの臓腑を煮えたぎらせるほどの怒りの炎は、消えてはいなかった。


 「あの頃の僕は……」

 「聞きたくありません」


 サンは、立ち上がるイチを見上げて言った。


 「せめて今日は、今日だけはせめて、ロクに会わせて下さい……お願いです……俺の存在を、唯一認めてくれたロクに、会いたいんです」


 サンは服の中の酒瓶を抱きしめた。

 イチも、理解したように、目を瞑った。


 「ロクの、愛酒。ファイアドレッド、か……」

 「……はい」


 ファイアドレッド。喉を焼くほどキツい度数の酒であったが、先代のロクはよく飲んでいた。今ほど酒については厳しくなく、サンもほぼ毎日呼ばれていた。二人を繋ぐ酒だった。


 「僕が言うにはおこがましいかな」

 「……」

 「ロクに、永遠の光あれ」


 座り込む若者は肩を揺らして、立ったままの初老の男は目を瞑り、静かに涙が零れ落ちた。




            *




 イチが去ったすぐに、二人の足音が聞こえてきた。


 「サンさん、戻りまし……た?」


 イナとサロが部屋に入ると、サンは入り口に背中を向けるように座っていた。その背中が、僅かに震えているようにも見えて。


 「サンさん……」


 イナはもう一度呼びかけた。サロも後ろから心配そうに覗き込む。


 「あぁ、悪りぃ……目にゴミが入っちまってよ」


 そう言って、目の周りを少し赤くしたサンが振り返った。ニカッと笑う姿はいつも通り、そう、いつも通りで馬鹿みたいで無邪気で、でもどこか悲壮感が混ざるような。


 「大丈夫ですか? というかさっきイチさんとすれ違いましたけど……」

 「大丈夫大丈夫。イチさんが来て焦ったけどよ」

 「来たんですか!?」

 「ま、そこは俺とあの人の長い付き合いよ」


 うわぁ、とイナが呟き、サンに睨まれる、といういつもの流れで茶番は終わり、サンが座るように促した。


 「開けるぞ〜」


 サンが瓶の蓋に詰めてあるコルクを口に咥えて少し引っ張り出し、親指で弾いて開けた。

 ポンという気持ちのいい音と共に発射されたコルクは部屋の外まで飛んでしまったが気にも止めない。

 三つのカップに飴色をした液体がとくとくと注がれていく。サンは目を輝かせて、イナは少し嬉しそうに、サロはちょっと恥ずかしそうに、それを眺めていた。


 「それじゃ、サロの初仕事初勝利を祝って」


 三人はそれぞれのカップを持ち上げ、


 「「「乾杯!!」」」


 ガラスが美しい音を立てて触れ合い、直後三人はその酒に口を付けた。


 「あぁー! うめぇなぁ! 酒なんて久しぶりだよ」

 「美味い、けど度がキツいです! けど美味い!」

 「……」


 なぁどうだサロ、言いかけたサンが驚き、


 「お、おいどうしたサロ……?」

 「え! サロさん?!」


 サロはたった一口で顔を真っ赤にしていた。それを見たイナが水を渡しアルコール濃度を下げようと水を探すも見当たらず、苦笑いするしかない。


 「悪りぃ悪りぃ……酒、飲めんの?」

 「いえ、私、お酒飲んだことなくて……」


 喉を焼かれるような痛みに喘ぎながらサロも苦笑い。


 「飲んだことねぇって……何歳だよ」


 この国の法律をあくまで守るならば十五歳の筈だが……


 「十四歳……」

 「えぇーー!?」


 最後にとんでもない暴露をかましたサロだった。

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