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5話

 部屋に目覚まし時計の音がけたたましく鳴り響く。周りの部屋に迷惑をかけていそうな程だが、だれか起きてくる気配は無い。

 サロは渡された黒い服に着替えた。トランシーバーは左腕のポケットに、右腕ポケットには発煙弾を二つ仕込んだ。

 腰には荷物を入れるバッグ。中身はロープとナイフ、自決用の小型爆弾と引火性の液体。

 手には黒い手袋を、右手に移動用発射式フック、左手には叩くと火花を散らす石で作った爪。

 脚のポケットには何も入れず、動きやすさを最優先した。

 そして、部屋の扉がコンコンとノックされる。


 「サロさん、準備できましたか?」


 外から聞こえてきたのはイナの声だった。


 「あぁ、準備できた。サンは?」

 「サンさんなら先に馬小屋に行って馬の準備をしてますよ。ぼくらも行きましょう」


 外でイナが歩き出す音がする。身に付けている装備品が擦れ合う音が、いつもと違う雰囲気を醸し出す。

 サロは部屋を出て、外で振り返るイナに少し微笑むと、サンの待つ馬小屋へ向かった。




            *




 この施設の唯一の外への扉と思える大きな門の横に馬小屋は建っている。まだ日が昇らない早朝とあって、小屋とその周辺は松明に火を灯していた。


 「遅かったなイナとサロ、先に行っちまうところだったぜ」


 サンは自分の馬に跨り、馬をなだめながらそう言った。

 馬は全て身体を深い緑色の布で覆われており、手綱や鞍も同じ色で統一されている。


 「これ全部サンさんがやったんですか?」

 「おうよ、これくらい朝飯前、いや、夜飯後ってとこよ」


 ニカッと笑ってみせるサン。しかしサロはその手早さに驚いた。自分の準備もしつつメンバーの分の馬も用意する彼の優しさにも、だ。


 「そう言えば」


 サロは二人を見ていった。


 「この前渡し忘れてて……」


 腰のバッグから二つの小さな包み紙を取り出した。


 「私の髪の毛、これがいるんでしょう?」


 サンとイナはお互いに目を合わせて、


 「おう!」「ありがとうございます!」


 と、その包み紙を嬉しそうに受け取り、二人は脚のポケットに入れた。

 そう、実はサロも脚のポケットに仕舞っていた。恥ずかしいから言わないが。

 そうこうしているうちに、山から少しばかり陽射しが出てきて、太陽が顔を出した。

 それと同時に、この施設の唯一の出入り口である門の扉がゆっくりと開いていった。


 「準備はいいか?」


 サンが門の前で訊く。


 「えぇ、いいわ」

 「万全です!」


 馬に乗るのは何年ぶりだろう。サンからは、馬の群れる習性を生かして、サンの乗るリーダー格の馬について行くように調教されているから落ちなければ問題ない、との事だったが果たして本当なのだろうか。

 先頭にサンの乗る馬、その少し後ろに付く形でサロとイナの乗る馬が並列して走り出した。

 朝の、ほのかに香る草木や鳥や川の音を飛び越えて、霧を掻き切って、無性に沸き立つ興奮を制御して、サロは改めて世界の偉大さを感じた。

 多分以前の生活ではそんな事は感じなかっただろう。自然とは、自分の縄張りであり、自分の猟地であり、最高の仕事場だったからだ。

 この馬もそうだ。こんなに綺麗に整えられた馬に乗るのは初めてで、石で舗装されている路を走る蹄鉄の擦れる音もまた、新鮮な感じをさせた。

 そうやっているうちに、大きな山を目の前に捉えた。そしてその麓、そこには馬も通れるほどの大きさの穴が作られている。


 「イナ、あの穴に入るの?」


 イナは前方を確認して、


 「そうですよ。あの山までがこの施設の敷地なんです」


 そこまで広いとは知らなかった。サロはてっきり扉までなのだと勘違いをしていたらしい。


 「なんであの穴に?」

 「あそこが分かれ道になってるんです。あ、もうすぐですよ」


 イナは前を指差した。松明に火を灯した穴は遠くから見るよりも遥かに大穴で、しかし至る所に侵入者を防ぐ……もとい脱走者を捕らえる仕掛けが施してある。

 三体の馬は、吸い込まれるようにその穴に入っていく。先程まで聞こえていた自然の音は、山に遮られ、今は馬の走る音と息遣いしか聞こえない。

 そして、松明の火はずっとは続かない。何故か道の一部しか照らしていないのである。


 「なんで、ここしかついてないの」

 「これは穴を照らすのと、目的地への誘導灯なので、余計な穴に火は付いてませんよ。面白いですよね!」


 面白いかどうかはさておき、凄いと感心する一方、正直めんどくさそうだと思う。

 そして先頭のサンの馬が左の分かれ道に曲がった途端、後ろの二匹の馬も付いていくように合わせて曲がった。


 「本当に付いていくのね」


 思わず本音が溢れてしまい、慌てて口を塞いだ。となりのイナには聞こえていたらしく、にこりと笑われてしまった。

 慌てて前を向き直した時、目の前から光が射し込んできて、思わず目を細めた。

 再び目を開けた時には既に長い分岐路を走り抜け、広い草原に出ていた。路はもう舗装されておらず、剥き出しの土の匂いも混ざって、懐かしさを感じさせた。


 「……素敵ね」


 妬んでいた。恨んでいた。憎んでいた。この運命を。サロ……いや、いや、サロを閉じ込めたこの世界の非情を。

 草を貪る草食動物、陰から獲物を狙う肉食動物、こちらの様子を窺う小動物、それぞれがそれぞれのやるべき事を自然とこなして、それが普通の世界のはずなのに、それを酷く羨ましがった。

 サロの生きてきた十数年は、そんなものではなかった。小さい時から馬と槍と弓の構え方を叩き込まれ、時間があるとすぐに祖父の馬にまたがって獲物を狩りに行った。お金が無い時は旅人を襲撃することも幾多もあった。

 いつしか心は荒み、涙は枯れ果てた。

 その過去を変える事はできない。でも、その過去に意味を持たせる事は出来ると信じていた。

 初めて見た景色は、サロにそんな思いを巡らせた。


 「サロさん」


 イナの声でサロはハッと我に返った。

 前方を走るサンが横に手を出して指を指していた。


 「サンは何をしているの」

 「多分休憩です。馬もそろそろバテてきてますし」


 イナは自分の馬の首を撫でた。馬も嫌がるそぶりを見せず、更に力強さを増して地面を蹴った。

 サロも真似るように首を撫でた。馬は疲れたであろう四肢に力を込めて更にスピードを増した。


 「サロ、イナ、スピードを落とせ、この先に小屋がある。そこに馬を繋ぐぞ」


 サンは少し下がって指示を伝えた。サロは言われた通りに手綱を握ったが、馬自身が慣れているのか勝手に速度が落ちていく。


 「サロさん、この馬は落ちなければ問題無いんですよ……すごい調教ですよね」


 そう言われて、今朝のサンの言葉を思い出した。


 「本当にすごいな……」


 自慢げに鼻を鳴らすイナは無視しておいて、馬の動きを見た。身体が記憶しているのか、遠くに小屋が見える頃には常歩という歩法になっており、いつでも止まれそうだった。


 「それでサンさん、あとどれぐらいかかるんですかね? 仕事前に身体がダメになりそうなんですが……」

 「おいおいイナ、愛しの女の子の前でそんな弱っちぃところ見せても良いのか? ん?」

 「ちっ、違いますよ! 動かない身体で守り切れないと……」

 「愛しなのは否定しねぇのな」

 「だー! もう!」


 サンとイナが何やら盛り上がっているのを横目に、サロは馬を小屋に繋いでいた。


 「……お疲れ様、もう少しだけ、よろしくね」


 自分の乗っていた栗色の毛並みの馬を撫でた。

 馬も鼻息を吹かせて応えてくれる。


 「サロ、軽く胃袋に飯詰めとこう。この先に休憩場所が無いからな」


 サンは、小さな小屋へ手招きした。


 「……おじゃまします」

 「どうぞどうぞ、おじゃまでも何でもしてくれや」

 「この小屋、サンさんの物じゃないですよ?」


 小屋の内装は至ってシンプルだった。寝台のようなものが四つと、台所、簡易トイレ、薪ストーブ……

 中央には少し広いスペースがあり、そこに荷物を置くような形になる。


 「その辺に座ってくれや。今スープを温めるから」


 サンは慣れた手つきで台所の釜に火をくべて、それから大きめの鍋を置くと、持ってきた食糧パックを開けた。

 サロとしては、初めてその道具を使うのだが、銀色の包み紙に包まれたものばかりで、イマイチやり方が分からない。


 「ま、今のうちに俺の華麗な手捌きを見ておきな!」

 「は、はぁ……」

 「サンさんのワイルドな野蛮料理は女の子には無理ですよ、生理的に」

 「誰が野蛮族や」

 「言ってませんけど!? って痛い痛い!」


 突っ込むイナの頬をつねり、サンは意地悪そうな笑みを浮かべる。それは、知る限りいつもの光景で。

 そしてサンが自信満々な表情で持ってきた鍋には、それなりに美味しそうな料理が出来上がっていた。


 「サンさんは、料理得意なんですね」

 「俺? あたぼぅよ! 出来る男ってやつ?」

 「携帯乾燥パックにお湯注いだだけじゃないですか!」


 サンの手料理をサロが褒め、それに横からイナがツッコミを入れる。そのツッコミに過剰反応したサンがイナに掴みかかったところで、サロが口を挟んだ。


 「た、食べ物の前で騒いじゃいけません! ってお母さんが、言ってました……」


 暴れまわっていた二人は、お互いに目を合わせて静かに離れると、それぞれのカップを持ってスープを飲み始めた。


 「まぁ、サンさんにしては上出来なんじゃないですかね」

 「けっ、男に褒められても嬉しくねぇってよ」


 それから三人はどうでも良いような話をして、小屋でひと時を過ごした。

 小屋を出発したのは昼を少し過ぎる頃。

 地面を焦がすような日差しが降り掛かる森の中を突き進む。特別整備されたわけではない道は、さながら獣道のようで、前日の雨も相まって、足に絡みつくようだった。

 そんなぬかるんだ道を進み続けること数時間、日も大分傾きだした頃、三人は目的の場所に到着したのだった。

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