4話
「いやしかし、仕事が近づくとなかなかドキドキするね! ね?」
「……そうですか? 私はあんまりですけど……」
「絶対サンさんのドキドキは違う意味ですよね!?」
明日はいよいよ初仕事、というところで、今日はイチが言っていた倉庫へ来ていた。
火薬、などと言っていたが、投擲物や見慣れない銃と弾丸、電撃銃や……
「これは何ですか?」
腕に嵌める用に作られた革に、フックと黒い装置がついた謎の道具。
サロの質問にイナが答える。
「そこに付いているフックが発射されて、高い所へ瞬時に移動できる道具ですね。ハチさんが結構使いこなしてますよ。なんなら後で聞きに行ってもいいんじゃないですかね」
口から産まれたサンも黙ってはいない。
「そいつはガスで動くからな、ガス欠になると飛べなくなるぜ……」
不敵な笑みで不安を駆り立てる。しかし、
「大丈夫ですよ。そんな簡単にガス欠起こさないですから」
そして小声で付け加える。
「ここだけの話、古参メンバーでこれ使えないのサンさんだけなんです。笑えますよね」
イナはちらっとサンの方を見る。見られたサンは何の事かすぐに察してイナに飛び掛かっ……るところで制止が入った。
「こらっ、倉庫で遊んではいけませんって習わなかったの?」
仲裁に入ったのは、少し背が高く、長い髪を腰のあたりでまとめた綺麗な女性だった。
「これだから男は……みんな猿なんだもん」
「誰が猿だこのクソビッチめ!」
「ナナさん助かりました……」
噛み付くサンに回し蹴りをお見舞いしてから、こちらを向いた。
「初めましてよね、私はナナ。倉庫の管理も任されてるの。こんな猿から大事な武器を守らないといけないからね」
「は、初めまして……」
ナナの髪は綺麗で、その立ち振る舞いもどこか上品に見える。軍事服ではなく、ドレスの方がお似合いだった。
この人はどんな犯罪を犯したのだろうか……
「さて、猿を片付けた事だし、私は仕事に戻るわ。自由に見ていってね」
笑う時、口元に手を持ってくるあたりも本当に上品に見える。
ここで倒れているサンにも見習ってほしいものだと思った。
「あの人は何でここにいるの?」
倒れているサンの頬を叩くイナに問いかける。
「ナナさんは詐欺ですよ。あの見た目ですからねー。噂では百人もの男を落としたとかなんとか……」
「へ、へぇ……」
確かに、去っていく後ろ姿を見ても、脚の細さ、腰の細さ、胸の大きさ、背の高さ、気品の良さ、どれをとっても一級と言っていいほどの美貌だ。
「ナナさんも一応仕事はするんだよね」
「そうですよ、ナナさんは八年前の生き残りです」
生き残り、その言い方に少し違和感を感じた。
「生き残り……?」
「あー、はい、そうですね」
「それってどういうこと?」
「任務を失敗したことの無い人の事ですよ。ナナさんは八年前に収容されてから一度も失敗してません。八年前に収容された唯一の生き残りです。因みにこのサンさんも十二年前の生き残りですよ」
八年前……サンに至っては十二年前……
「もしかして、あのイチって人は……」
「イチさんは三十六年前の生き残りです。もう前線は引退しましたけどね」
衝撃だった。この組織は全ての人間が犯罪者で補われている……?
いや、薄々気が付いていた。施設内ですれ違う人達の目は皆黒く深かった。その眼の奥を覗こうとすると、何かに拒まれる。そんな感じだった。
「……因みにイナは?」
「ぼくですか? ぼくは二年前の生き残りです。他にあと四人ほど残ってますよ」
イナはまるで物を数えるかのような言い方をする。たまに見せる彼の冷たさは異常な程だった。
そしてイナはサンの頬を叩くのをやめると、倉庫に陳列してある武器を眺めだした。
「貸し出し書類書かないといけないので早めに済ませる事をオススメしますよ」
くるりと首をこちらに回し、にこりと笑う。
「……親切に、ありがとう……」
「いえ、とんでもないです」
そしてすぐに作業に戻るイナの横顔は、さっきまでの青年の面影は無かった。
*
「あら? こんなに少なくて良いの?」
三人は装備調達を終えて、倉庫前で貸し出し書類を書いている最中、ナナがサロの装備を見て声を上げた。
「えぇ、身軽な方が動きやすいですし、サンさんから剣は抜くなと言われていますので……」
「あぁ、そうなのサン?」
話を振られたサンは、自信満々な表情で大きく頷いた。
「当たり前だ、俺がやる! 一ヶ月ぶりのお仕事だぜ? シャバの空気が楽しみだ!」
「……サンさん、逃げたらぶっ殺しますよ?!」
三人の目線がサンを襲い、サンは慌ただしく否定する。
「いやいやいつもの冗談だってば、ほら、俺逃げても住むとこないし……いや、待てよ……いい女落として住まわしてもらう……」
「ヒモなの?」
「犯罪者からヒモだなんて、見損ないましたよサンさん」
「最低ね」
この時見た土下座が生涯最速となるのは、見ていた三人と、サンですら予測出来なかっただろう。
そんなこんなで書類を一通り書き終えたところで、間も無く日没を迎えた。
昼は汗が滲む程度の気温だが、夜になると一変して、何か上に着ていないと肌寒く感じる。
イチ曰く、山に囲まれた所にあるから、だとか。
「やっぱりシチューはいいなぁ、なぁ? サロもそう思うだろ?」
夕食の鹿肉を煮込んだシチューを啜りながら、サンは本当に美味しそうな顔をする。
「……シチューはいいですが、この寒さなのに外で食べるのは……ちょっと……」
「ぼくも右に同じです」
「お前たちは何も分かっちゃいない! 熱々のシチューを寒空の下で頬張るこの美味さ! 冷えた身体を温めるにはもってこいなんだ! それなのにお前らときたら……」
サンはシチューを吸い込むように胃袋に収めると、オヤジ臭い説教を始めて、周りの室内にいる仲間達に白い目で見られるという結末だった。
「サンさんってどうしてこう、緊張感が足りないんですかね……」
「能天気なのかもね、頭悪そうじゃない?」
「おいちょっと待てやサロ! 仮にも上司に向かって失礼だろ」
「はっ、上司っていうのはああいう人の事ですよ」
サロは目の前にいたロクを指差す。
ロクは、入ったばかりのような若い女の子に武器の扱い方の説明をしていた。ふざける様子はなく、相手の質問にも丁寧に対応している。
「チッ、あの女たらしが」
「そういうところですよ」
イナに突っ込まれ、そっぽを向いてしまう。
特にこのサンは、古参メンバーという括りの中では恐らく年長の方なのだろうが、ナメられている。
「可哀想に……」
「なにがだ!?」
*
騒がしい夕食を終えた三人は、ひとまずサンとイナの部屋に集まり作戦会議を開いていた。
「この調査報告書が正しいなら、この建物はそこまでデカくない。本丸はここ」
長方形の建物の端に円柱の建物が引っ付いた不思議な形をした建物だった。
サンはその円柱の建物を指差す。
「建物はガラス張りらしいから、上から仕留めた方が早そうだ」
「そうですね、叩き割りますか?」
「いや、天窓から侵入する。割ったら証拠隠滅するのに厄介だろう」
サンの目が真剣なものに変わっている事に気が付いた。普段だと絶対にあり得ない表情をしている。
「それで、役回りだが……」
サンは更に円柱の建物の詳細資料を出してくる。
「正面扉と、裏口が二つだ。それと多分護衛兵は三人」
「どうして分かるんですか?」
サロの問いかけにサンは自慢げに頭を叩いて、
「長年の勘だ」
と、言い放つ。しかし、今までの作戦を聞く限り、この男の言うことは大体正しいのだろう。イナの反応を見ても、そう読み取れる。
「そんでだな、裏口の片方に小さい爆弾を仕込んでおく。ドアノブを回した瞬間片腕が吹き飛ぶくらいのやつな。で、正面扉をイナが塞ぐ。俺は中の護衛兵を全部殺すから、サロは外の護衛兵を倒してくれ」
「私は剣を抜けないはずでは?」
「殺さなくていい、気絶だけさせてくれ。簡単だろ? いつもの講習の復習実践応用編だ」
「ていうかサンさん。裏口の両方に爆弾を仕込んでおけばいいんじゃないですか?」
イナの質問に、サンは見透かしていたような反応を見せる。
「チッチッチ、イナ君、君は甘いよ」
「えぇ、なんでですか!」
「例えば両方に爆弾を仕込んでおくだろう。そしてサロが外の護衛兵を倒している。この時、サロは爆発に巻き込まれる可能性が高くなる。だろ?」
「確かにそうですが……」
「で、片方にだけ仕込む理由だが、爆弾を仕込んだ扉の前にいる護衛兵は倒さなくてもいい。爆発で巻き込まれるからな。けど爆弾を仕込んでない扉の前の護衛兵はそうはいかない。だからサロがそいつらを倒しに行く、しかしサロは、例え本丸が逃げ出しても爆発に巻き込まれずに済むってわけよ」
「な、なるほど……?」
「ま、分かんなくてもいいや」
だんだん理解してきたイナが珍しくサンを尊敬の目を輝かせて褒め称えていた。が、
「あの、もし爆弾を仕込んでいない方から本丸が逃げ出したらどうすれば……? 私は剣を……」
しかし、その質問にもサンは即答する。
「適当に目くらまししてくれたら良い」
「……それだけですか?」
「あぁ、ちょっとでも隙が作れたら俺が行く。絶対に仕留めて見せるさ」
ニカッと歯を出して笑うサン。
よほどの自信があるのか、その瞳は一つも揺るがない。
「脱出経路は、建物が丘の上にあるから、丘を降りてくれ。下に馬を待機させる。万が一失敗したら俺が飛び込む。当日は身体に強力な爆弾を着けて行く予定だから、まとめてボーンよ」
「な……!」
「心配すんな、ミスらねぇから」
驚いたのはサロだけだった。イナは全く反応せず、ひたすら調査報告書の内容を暗記している。
しかしなぜ驚かないのかは明白だ。
それは経験の差。初任務と何度目かの任務では、緊張感も慣れも感覚も違う。命二つを守るために一つの犠牲を払う事に躊躇は無いのだ。
「ま、ざっくりそんな感じだ。明日は日が昇る前から出発する。マライという町だが、実は少し遠くてな。夜に着くように逆算して日が昇る前、まぁ勘弁してくれや」
そう言うと、サンは立ち上がって自分の布団に潜り込んだ。
「イナ、サロ。明日は早ぇ。はよ寝ろよ」
言い終わるなり静かな呼吸音が聞こえた。
「寝るの早すぎじゃ……」
「サンさんの得意技ですよ。まぁ、ぼく達も寝ましょう。明日は早いですからね」
「そうだね」
「はい、それではお休みなさい」
「うん、おやすみ」
サロはサンとイナの部屋を出て、自分の部屋へ向かった。
部屋が集まる建物は、すっかり静寂に包まれていた。部屋一つ一つには扉が無く、唯一女子部屋だけ無理矢理取り付けられた扉がある。
サロはその扉を開けて、自分の部屋に入った。特に何もない質素な部屋。使うはずのない机は埃を少し身に纏っている。
その中央でサロは、自分の胸に手を当てていた。
どうか明日も、この胸の鼓動が止まりませんように。