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3話

 慣れない高さの枕と綿を詰め込んだ布団に、この日も朝早くから目を覚ました。

 部屋は女性だからと言う理由で一人部屋で、することもないので、外の見えるテラスで紅茶を楽しんでいたのだが……


 「サロさんも実は早起きなんですね」

 「お漏らしして早く起きたんじゃねぇの?」


 先に席を占領していたのは同組のイナとサン。彼らはあまり共通点が無いのにも関わらず、いつも仲良くしている。


 「ま、そんなとこに突っ立ってないで、こっち座れよ」


 サンは自分の隣の席の背もたれを叩いて促した。

 サロも特に嫌がる様子もなく席に座る。


 「……この施設じゃ、外から見えないようにしてあるからな……」

 「見つかれば殺される危険もありますし、仕方なのないことですね」


 三人は外を眺める。目に入るのは真っ白な壁と、その壁に囲まれた広い中庭。屋根が無く光が入るものの、高い隠蔽性と逃げられない造りを感じさせる。


 「あ、そうだ、今度の任務に行く前に……」

 「やることがありましたね」


 二人は胸ポケットから、小さな包み紙を出した。


 「それは……?」


 指を指すと、サンがその包みを開けた。

 中には束ねられたサンの少し茶色い髪の毛が入っていた。もちろん、イナも同様に。


 「例え仲間が死んでも、これはそいつの遺したもの。そいつが生きた証になる。そいつを思い出すキーアイテムになる。忘れちゃならねぇ。いつの日か一緒だったそいつの顔をな!」

 「……こんな青臭いことするのはサンさんぐらいですけど、出来ればサロさんのも欲しいな……って」


 サロは驚いた。普段能天気そうな彼らが、これほど仲間思いで、そして忘れまいと必死になる人たちだったのだと。


 「……分かった……私の髪を切ればいいのね」


 二人は満足そうに頷き、紅茶をすすった。




            *




 「いいか、サロ。気を消すんだ。自分の呼吸、心音、自らから発せられる音全てを無にしろ」

 「……イゴさん、心臓を止めるのですか」

 「例えだよ例え! 死にたいのか!」


 午前は自主トレーニングを済まし、午後から本格的な「殺人」の講義を受けていた。


 「人は五感を使ってその存在を認識する。目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅ぎ取って、そこに存在する物体を見る。しかし、その五感を封じ込められるなら、どうだろう」

 「……人は物体を感じなくなる……?」

 「そうだ、つまり無になる。見えなくなる。気を消すとはそういう事だ」

 「しかし目と耳はなんとかなっても、流石に鼻は……」

 「問題ない。人間の嗅覚は退化していてほとんど機能していないからな。よっぽど臭くない限りは大丈夫なはずだ。……風呂は入れよ」

 「そうですか」


 内容は、気配の消し方から、一撃で相手を仕留める技、人の弱点、各武器の使用方法まで様々だった。


 「それで、多少マシにはなったか」

 「サンさんよりも記憶力は幾分かマシですので」

 「うおい! お前も言うようになったな!」


 今朝のテラスでサンと早めの夕食をとっていた。本当はイナも呼ぶつもりだったのだが、どうやら訓練がまだ終わらないらしく断られてしまったのだ。


 「まぁ、まだ時間はあるわけよ」

 「こうして仕事として殺しにいくのは初めてです」

 「当たり前だろ……殺し屋なんて今時流行らねぇぞ……」


 など、特に意味のない話を展開して夕食の肉をかじっていた。

 食事は基本配給制で、米又は発酵パンとスープに肉又は魚と至ってシンプル。肉は基本的に鹿肉と猪肉。固いが味は悪くなく、前まで食べていた食事よりもよっぽど良い。更に、たまに出てくる山羊の乳は至極の一品という噂。


 「これは……逃げ出したくないですね」

 「だろ? 胃袋を掴まれるってこういうことよな」


 サンは最後の肉を飲み込むと、豪快に水を流し込んだ。

 透明な水には、少しばかり酸味の効いた果実が絞られていて、爽やかな喉越しがある。これも今までの生活では手にできなかった代物だ。


 「そうだ」


 テーブルに水が入っていたコップを叩きつけたサンが、珍しく真面目な顔に戻って、話を切り出した。


 「明日ぐらいに調査報告書が届くはずだから、作戦会議な」


 よく分からない単語に首をひねると、


 「あ、調査報告書ってのは、んーと、まず」


 この特別機関には二つの部隊があり、片方がサロの所属する実行部隊。もう一つは、ターゲットを調査監視する諜報機関。この調査報告書とは、諜報機関の人間が独自に調査した結果を送ってくるその書類で、実行部隊にとっては有難い攻略指南書となる。

 更に詳しく掘り下げると、その諜報機関はもう一つ役割がある。それは、黒狼の仕業を隠蔽する役割で……


 「かくかくしかじかそんなわけよ」

 「なるほど、ではその調査報告書が明日届くわけですね」

 「そだ、明日には相手様の手の内が見たい放題ってわけよ」


 確実に消すためにはどんな手も使う。きっと彼らに卑怯などと言う文字は無い。ただ自らの任務を果たすだけだ。


 「もし、もしですよ、失敗したらどうなるんですか?」


 その質問に、サンは少し顔を暗くさせた。


 「あー、ミスったら……そうだな、もうここには帰ってこられないかもな」

 「!? どういうことです?」

 「道連れにする覚悟で特攻だよ。まぁミスはしない。新人のお前はまだナイフは抜いちゃだめだぜ?」

 「なぜです?」

 「顔がバレちまったらどうする。俺一人だけならまだしも、三人みんなバレたら終わりだぞ。みんなで仲良く特攻すんのか? けっ、俺はやだね」


 と、サンは口を尖らせる。本当に表情が豊かな人だと思う。

 周りを見ても、あまり表情は変わらず、会話などほとんど聞こえてこない。それなのに、彼はいつも喋り続けるし笑い続ける。精神がやられすぎておかしくなったか、それとも本当に能天気なのか不思議でたまらなかった。

 するとそこへ、


 「お二人とも楽しそうですね」


 夕飯の入った皿を盆に乗せてやってきたのは、訓練を終えたばかりのイナだ。

 イナの額には小さいが白い布が貼り付けてある。


 「お、イナ、やっと来たか……ん? 頭、どうかしたのか?」


 サンの質問に、イナは少し顔を赤くする。

 それを見たサンが、


 「ははーん、さてはドジったな?」

 「ち、違いますよ! ちょっと……相手のパンチに反応できなかっただけです!」


 ふん、とイナはそっぽを向き、流し込むように夕食を食べる。

 その横顔は、やはりどこか幼くて頼りなさそうに見える。


 「ごほっげほっ……うぅ……」

 「そんなに頬張ったらそうなるよ」


 イナの背中をさすってあげると、


 「サロがお母さんみてぇだ……」


 と、サンが驚いた顔をしてこちらを向く。


 「気持ち悪」

 「やめてー」


 サンはそのまま椅子の背もたれに背中を預けて白目を剥いてしまう。


 「……ふぅ、サロさんすみません……お恥ずかしい」

 「落ち着いて食べないと、ね」


 イナの口に汚れが付いていたので、近くにあった紙で拭き取った。

 しかしイナは先程より顔を赤くしてしまう。そんなに喉に詰まらせたのが恥ずかしかったのか……


 「大丈夫?」

 「だだだ大丈夫! です!」


 そんなイナの慌てぶりに、首だけこちらに向けるサンがニヤニヤと視線を送る。


 「な、なんですかサンさん!」

 「ん? いやぁ、若ぇっていいなぁって」

 「殺しますよ!」


 イナがサンの胸ぐらに飛び込んだ所で、三人の目線が一つにまとまった。


 「ふふ、楽しい食事中にすまないね」


 イナとサンは椅子に座りなおした。円形のテーブルを囲うように四人は座る。


 「イチさん、何かあったんですか」


 イナは食事をやめ、やってきたイチに質問を投げる。


 「実はね、調査報告書が届いたんだよ」


 その言葉にサンが小さく首をひねる。


 「あれは明日の予定では」

 「僕もそう思っていたんだ」


 イチは三人の目を見る。


 「……勘のいい君たちなら分かるかな。危ない、任務になりそうな事」


 サンとイナは顔を曇らせる。特にサンは、嫌な夢でも見ていたかのような汗をかいている。


 「もしかすると、バレているかも知れない。君たちにこの調査報告書は無意味の可能性がある」


 そして、サロを向いて、


 「初任務に、こんな厄介な案件すまないね」


 その一言を残してイチは席を立つ。

 しかし、イチの進む方向にサンが立ちはだかる。


 「イチさん、ロクと代わってください」

 「……何故?」

 「サロは初任務です」

 「それが、どうかしたか」

 「どうって……過酷過ぎますよ!」

 「……ふむ……君はまだ、()()()の事を引きずっているのかね?」


 サンの顔が悲壮でいっぱいになった。あと一押し、誰かが傷付けてしまえば、折れてしまいそうなほどに。


 「君は立ち直ったはずだ。そしてそれを僕に誓ったはずだ。違うかい?」

 「……違いません……」

 「ふむ、くれぐれも、その新人を殺されないように努めるんだ。いいね?」

 「……はい……」

 「それでは」


 被っていたハットを少し持ち上げて、こちらにニコリと挨拶をする。


 「お疲れ様です」


 イナとサロは声を合わせてイチを見送った。

 ふらふらと戻ってくるサンは、席に着くなり、


 「くそったれがぁ!」


 と、テーブルを叩きつけた。その手に血が滲んでいた。

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