第1話
暗闇の底から意識が浮上するにつれて、喧騒が大きくなっていく。
いつの間にかホームルームは終了していたようだ。
教室では、居残った生徒が思い思いの放課後を過ごしている。
談笑をしていたり運動服に着替えたりしている生徒が多い。
ボーっとしていると、教室の入り口から見知った顔が入ってきた。
同じクラスメイトなのだから、見知ったも何もないが。
僕に気が付くと、彼女は頬を緩ませた。
「あれ?ユウト、まだ居たの?」
彼女は手を挙げながら近づいてくる。
「帰り損ねた」
「とか言ってー。本当は私を待っててくれてたんでしょ?」
素直じゃないなぁ、と変な勘違いをしている彼女は春葉 愛紀。
彼女のフットワークには重さが無い。
その賜物か、交友関係がかなり広い。
クラスどころか、学年・学校が違っても知り合いが多くいる。
彼女曰く、「出会いは宝」らしく、その宝を求めて日々動き回っているらしい。
そのうち悪い宗教にでも嵌ってしまいそうだと心配になる。
まあ、僕はどちらかといえば社交的な方ではない。
どちらかと言わなくても、社交的ではない。
そんな僕が愛紀と友人でいられるのは、単に幼馴染だからという理由だろう。
「あのさ、ユウト。放課後は暇?」
「めっちゃ忙しい」
「それで?」
愛紀は、僕の力の抜けた格好を見て言う。
「めっちゃ忙しい。眠気との戦いが」
愛紀は足を振り上げた。
眠気の抜けきっていない僕は、その流れるような動作を見送り、
脛に痛みが走ることとなった。
「いったぁ!!」
「どう?これで暇になったでしょ?」
愛紀は満面の笑みを浮かべている。
人に暴力を振るいながらも笑みを浮かべられる根性に、僕は身を震わせた。
「ね?」
笑みは崩さないが、その言葉に威圧感がある。
「ああ!そうだな!よくよく考えたら、全然忙しくないな!」
「そう。ならよかった」
愛紀は無垢な笑顔になる。
なんだこの女、マジで怖いな。
「で、愛紀。俺はこれからどこに連行されるんだ?」
「は?」
ここで笑みが消え、片側の眉が吊り上がる。
「部活に決まってんでしょ。部活」
「部活…」
「最近全然参加していないでしょ」
「まぁ・・・。そうだけど・・・」
最近とか言っても、サボったの昨日だけだぞ!?
「あんたも居ないと活動が出来ないんだから」
ふう、と愛紀は肩をすくめた。
「行きたくない」
一瞬沈黙が流れる。
次の瞬間、愛紀の鉄拳が僕めがけて飛んできた。
咄嗟に身体を引き、拳は空気を切る。
「チッ」
拳は的確に頭の位置を捉えていた。
怖っ!!
「行くよね?」
「・・・行きます」
「行きます?」
「行かせていただきます・・・」
「よろしい」
ニッコリ微笑む愛紀。
かくして僕は、暴君愛紀に連れられ校内最果ての部屋へと向かった。