MISSION1
「卑怯モノッ……」
悔しげにチェリーは歯噛みしながら、がたいの良い警備員を睨みつける。
「ネズミの癖に一人前のことをいう。さあ、言うんだ誰に頼まれたんだ?」
絶対の優位を確信して問いかける男は、カートの身体を引き摺りながらチェリーにゆっくりと近寄っていく。
もう、逃げ場はない…………。
目を伏せてチェリーは、白状しようと口を開きかけた瞬間、
「ぐああっ!」
男は強靱な肉体を震わせて、床に倒れ伏している。
その横で辛そうに膝を屈したまま、カートは大剣を支えにして男の身体を拳で殴り倒していた。
「カートッ!!」
「油断してんじゃねえよ……、ゴリラ女」
部屋の中に散乱している男達の有様と、チェリーを見比べてカートは小さく溜息を漏らす。
「あんたこそ、バカなの!?そんな怪我で動いてんじゃないわよ」
「動かなきゃ…………殺されンだろが」
チェリーが投げつけた怒鳴り声に、不服そうにカートはムッとしながら言い返した。
足音?!新手か、よ。これ以上は、もたねえ。
カートは眉を寄せて開いたままの扉を睨みつける。
深い傷は着実に熱を帯びて、彼の精神力すらも奪っていこうとする。
これ以上、動けねえ。
チェリーを見上げると、彼女は分かっているという表情を浮かべて戦闘態勢をとる。
任せる、しかねえか。
「何があったんだ。騒がしいな」
何人もの警備員を引き連れて、一見ノーブルな装いと物腰で、シルバーグレイの口ひげを蓄えた男が部屋に入ってくる。
口には葉巻などをくわえて、いかにも偉そうな風情を醸し出している。
彼は部屋の惨状を眺めて息を飲むと、頼りないものだと呟き、チェリーの方を興味深そうに見返した。
「…………バルソー·ハディ!!」
チェリーは目の前に立っている男を知っていた。正確には見知っていた。彼こそが今回の標的で、殺人教唆の罪状て五十二件の容疑かかかっている指名手配犯である。
指名手配してても、こんなところに逃げ込まれたら簡単には逮捕なんて出来ないだろう。それがブラックマーケットと呼ばれる所以でもある。
「いかにも、わたしがハディだが、何か用事があったのかな。お嬢ちゃん」
手を伸ばしてチェリーの腕を親しげに掴んでくる男を振り払う。
「汚い手で触らないでよ」
男は面白がる様に怒鳴りつけるチェリーの様子を見下ろし、興味深そうな視線を投げる。
だが、ここに倒れている男達をまさかこの少女が1人でやったとは考えてはいないようである。
そして、カートが倒れかけている方に視線をやると、警護の1人がハディの意図を察したように蹲っているカートの身体を掴み起こした。
どうしよう。助けたいけど…………。
チェリーは自分を取り囲む男達を見回して、絶望的に力の不足さを覚える。さっきの警備員たちなどとは全くランクがかけ離れている。
こいつらは鍛えられた戦士達で、戦いに慣れている。傭兵団の一味だろうか。
「てめぇ…………ぐぅっ、う」
力の入らない身体をもてあまし、視線のみで男達に挑みかかるカートを残忍そうな笑みを浮かべてハディは見下ろした。
「面白い趣向かもしれないな。ここは秘密倶楽部でもあることだし」
どうしよう、この男!マニアックすぎるわ。あたしに興味をもたずに、カートに興味をもつだなんて!?
いや、そうじゃないわ、カートの貞操と命の危機だわ。
ヤレと男達に命じると、カートを掴んでいた男はその手を振り上げて、カートの身体を床へと叩きつけた。
「やめてぇええ!!!」
悲鳴のようなチェリーの声が部屋に響き渡る。
ぐしゃっと音が響いて、げはっともんどりうちながら血反吐を吐き出したカートを容赦なく男は片足で踏み潰した。
ハディはカートに近寄り喉奥で笑いを漏らしながら、首に嵌る首輪を掴んで引き上げる。
「ネックリングを嵌めた奴隷か。大方下の階層の奴隷市場から脱走してきたのかな」
無抵抗なカートの首筋にあるバーコードを指先で撫でて、シャツを引き下ろすと、レーザーに貫かれた傷口に指を突っ込んでぐちゃぐちゃと掻き混ぜる。
「ッ……ひぐ、ぅうう」
苦痛で声も出ないのか、喉からはヒューヒューと息を漏らすだけになるほど、カートは衰弱している。
それを舌なめずりをしながら、ハディは見下ろしカートのベルトを外して全裸にひん剥く。
逃げださないと、カートが殺される。
チェリーは必死に逃走経路をみいだそうとするが、男達は隙無く身構えていて、カートを攫って逃げるのは困難だ。
ぐちゃりぐちゃりと傷にくいこむ男の指が、カートを壊しにかかっている。
やめて、やめて、やめて…………。
チェリーは、男の動きを止めることも出来ず、目から大量に涙が流しながら、為す術もなく茫然と立ち尽くした。