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MISSION1

通称ブラックマーケットと呼ばれているこのタワーでは、そのフロアの階層が高くなるにつれ、そこに入場できる人間も制限され、また、警戒も厳しくなる。

それは、ここでおこなわれている取引きが、上の階層にいくほど不法とされるモノが多くなり、隠匿されるべきものとなっていくからである。

特に最上階などは、この広い仮住銀河の中でも数えられる人間のIDしか入場を承認していない。だからこそ、この階自体を人々は秘密クラブと呼ぶようになっていた。

しかも、その中でもVIPルームはパスワードを知るものしか入れないシステムになっていた。


ふっと腕に嵌めた年代物のホイール時計を眺めた青年は、部屋の隅の壁にもたれるようにして組んでいた脚をゆっくりと組み替えた。

すらりとした上背に、均整のとれた体つきをしている。肩に先がかかるほど伸びた黒髪を無造作に流しているのだが、それはけして不潔な印象を与えずに、その部屋の豪奢な空気に難なく溶け込んでいる。

心持ちさがったアーチを描くような瞳は深い藍色で、左目の下のあたりに泣きボクロがあるのが、色気のような憂いを感じさせ、隅に居るのに何故か華やかさを人々に感じさせた。


まだか。もう、リョクがパスワードのハックをかけてからかなり時間が絶っている。

中央のハッキングに慣れたリョクの手でこれほど時間がかかるとか、普通ならありえない。

彼は目を伏せて吐息を軽くつくと、発信機能のついた左耳のピアスの突起を摘んで信号を送る。

『ごめんなさい、エド。まだパスワードを奪取できていないの。トラップがかなり張り巡らされてる』

フォンから耳に直接響く声は、少しだけ裏返ったような掠れたハスキーボイスで、その持ち主は船の操縦士であり、ハッキングが得意なリョクである。

「.....焦らないでいい」

独り言を刻むように唇を動かし、小声で応答する。

フロアの正面にある豪奢な作りのエレベーターの扉が開き、見るからに上流階級とばかりの服装をした男達がフロントのID認識をパスして部屋に入っていく。

和やかな歓談をしながら、その集団はその中心に立っている蜂蜜のような金色の髪を短く刈り上げている少年をもてなすように取り巻いている。


やりにくくなったなあ。まさか、コイツに会うとか、タイミング悪すぎだろう。


いかにも地位がありそうな少年は、顔を怪しまれないように隠そうとした彼に気が付き、驚いたような表情をして凝視したあとで、取り巻きに何かを告げて集団の輪をするりと抜けて向かってきた。


「誰かと思えば、エドリア。こんなとこで何をしてるんだよ」


少年は打ち解けた相手にだけ見せるような、気さくな態度で彼に声をかけた。


深い紺色の綺麗な目で見上げられて、エドは僅かに怯むが、面倒そうに眉を寄せて肩を聳やかす。

エドの本来の地位であれば、別にブラックマーケットに足を運ぶことは違和感のないことである。

「仕事のついででね。おまえこそ、こんなとこで何か取り引きでもする用事があるのか」

仕立てのよい服を、少し堅苦しそうに着ている少年の姿は、そのまま彼の生き方をあらわしているかのように、エドは感じて眉をあげる。

この少年のことは、良く知っていた。

母親の姉の子供。つまりは、従兄弟である。

「俺は招待されて、遊びにきただけだよ」

「遊びに、って割に楽しくなさそうだな、シューラ」

社交的な交際など、遊びとは名ばかりでまだ17歳の少年にはつまらない苦痛なだけなのは、よく分かっていた。

傑家と呼ばれる銀河領域の実質上の支配階級である階層の次期当主の立場の少年であれば仕方がないことだ。

可哀想だが。

「趣味じゃないよ。秘密クラブだなんて。それより、ガイ兄さんは元気なの?」

「相変わらず。何も思い出せないみたいだけど、飽ききもせずに、無機質物体と遊んでるよ」

シューラの兄は紆余曲折を経て、出奔という形で家族も名前も捨ててエドの元にいる。

捨てたというよりは、思い出せないのである。記憶喪失というには難しいのは、元の人格すら無くしているのである。

「俺は兄さんが、エドリアのところにいるってことだけで安心させて貰ってるけどね」

「苦労性だよねえ。シューラは」

歳の割りに大人びた顔を作っているシューラに、くすっと笑いつつ、エドは珍しく優しい目を向けた。

背負うものが大きいのに、負けないように背筋を張っている彼がとても立派に見えた。

「人のことばかり言ってられないでしょ。エドリアも、これから大変だろう」

「俺様に何も大変なことなんかないぞ」

少し咎める口調になったシューラに首を傾げてみせると、シューラは幾分困惑したような表情を浮かべて、エドの反応を伺うような視線を向ける。


「w2256型旅客宙船サウスイーストベガ衝突事故、知っているよね?」

かなりの大事故で銀河中のニュースがそればかり報道したくらいの事故だ。

「乗客が1人も助からなかったっていう、あれか」

情報通ではないが、世情のニュースくらいは知っているぞと馬鹿にしているのかと言ったエドの怪訝な顔つきに、シューラは少し息を吐き出しゆっくりと言葉を選んだ。

「あれに、イーグルが乗っていたんだよ。箝口令はひかれているから、それは報道されてない。貴方の消息はいつも不明だからね」

エドがその事実をきちんと受け止められるように、シューラは、わかりやすく告げる。

傑家の次期当主であるシューラと同様、エドの家の本家の跡取りがイーグルという男だった。本家の息子が死ねば、おのずと分家の長男であるエドリアへお鉢が回ってくる。

エドは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。イーグルと呼ばれる男は、彼の父親の兄の子供であり、長年弟と同様に一緒に暮らしてきた従兄弟でもあった。


そしてこのことは、これからのエドの人生において重大な事件であることは確かであった。


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