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MISSION1 バベルの崩壊

人工惑星都市ゲネブの中心に聳える、人類史上最高層のビルディングである、ネオバベルタワー。

それは、ブラックマーケットと裏社会で呼ばれるこの惑星都市の、最たる象徴であり、またブラックマーケットそのものである。

その最高層部の天井裏。大気圏を突き抜けるスレスレに位置するその場所は、ねずみすらもその環境の悪さと気圧の圧迫度に住み着かない。

配電管の隅から、ガサゴソと長身の人影が立ちあがった。

もう、いいかげん限界ギリギリだ。こういうカビと錆のいりまじったクサくて狭いとこは、苦手なんだ。

思いださねえでいいことまで、思い出しちまう……。

 

無理矢理見せられる自分自身の人生劇場なんて、真っ平ごめんだぜ。

ぱぁっと近くからサーチライトが当てられ、人影の姿が露になる。


ひどく痩せ細った体のシルエットにそぐわない、時代遅れの大きなサーベルを腰に下げている青年である。

面立ちは全体的にきつく、毛をさかだてた山猫を連想させる。

光に翳された短い髪は、紅く透けて、ライトの眩しさに熟成しきったワインのような眼を眇め、彼はそちらを睨み付けた。


「何だよっ、チェリー。眩しいじゃねーか」

「カートッ、あんたドコ行くつもりよっ。私たちはココで待機って作戦のはずでしょっ」


 ピンクに染まった髪のポニーテールを揺らして少女は、身を起こして立ち上がり、辛抱できずに作戦を無視しようとする彼を怒鳴りつけ駆け寄った。

 手にしているサーチライトを顔面にぐりぐりと押し付け、ぐいっとその胸倉を掴み寄せる。

 彼に比べると小柄な体のどこにそんな力があるのか、いつも彼は不思議に思うのだが、体格差に反して少しよろけながら、彼女を再度にらみ、

「待機ってなぁっ、もう5時間もこんなとこで、ぼおっと座ってんだぜっ。いいかげんに頭にキタ」

カートは真っ直ぐに睨み返してくるグレイの瞳に、苛立ったように言葉をたたき付けた。

そして、胸倉を掴んでいるチェリーの腕を、うるさそうに振り払った。

彼らはチームを組んで賞金首を捕らえる《スペース・ハンター》と呼ばれる仕事を生業にしていた。

そして、今、まさに作戦の決行中なのである。

大体、俺が一応船長のはずじゃねぇか。何で、船医のエドの作戦に振り回されなきゃなんねぇんだよ。

 

確かに、俺は、あんまし作戦とか頭使うのは嫌いだけどよ。


チェリーは、振り払われた腕をむっとしたように見つめて、湧き上がる怒りの感情を抑えるように、声を殺して言葉をつむいだ。


「まだ、リョクがVIPルームへ入るパスワードを奪取していないのよ。エド様だって足止めくってるのだから、しょうがないでしょ」

「そんなの待ってられっかよっ!」

宇宙船の操縦士であり、ハッカーでもあるリョクが手間取っていると聞いて不安になるが、チェリーの言い様に腹がたち、身を翻そうとしたカートは、次の瞬間目の前が真っ白になって、頭を抱えて蹲った。


「……ってぇ!何で殴んだよっ、サル女」

「あんたが勝手な行動しようとするからよ」


拳を小刻みに痙攣させながら、足元に崩れ落ちたカートを見下ろして、チェリーはその怒りの鉄拳に対する正当な理由を答えた。

華奢で細く見える手足は、筋肉のいっぽんいっぽんに至るまで、念入りに鍛えられ、クンフーの達人であり、宇宙ランキングの上位にあげられる一人であった。

その肉体は、細い鋼の糸が絡み合って形成されていると言っても過言ではなかった。


「頭は殴るなっつってんだろぉ。おい、これ以上……馬鹿になったら……責任とって一生面倒みてもらうかんな……。マジで…」

くらくらしながらどうにか立ち上がり、無残に赤黒く鬱血した額を擦る。まるで、男女逆のようなことを口走りつつ臆した様子も無く、その理由に対しても不満を口にした。


「大体、何でエドが潜入で、俺が伏兵なんだ?そんなめんどくせえ作戦通り、俺がやってられっか」


いきり立つようにイラつく赤毛の自分の船のキャプテンに、彼女は深々とため息を吐き出し、

「あんたが伏兵なのは当たり前でしょ。ここをどこだと思ってるのよ。ブラックマーケットの秘密クラブよ。お客様は皆財閥とか傑家とか各界の著名人ばかりなの。あんたみたいな品性のヒの字もない奴なんて怪しさ満点で、即効つまみ出されるのがオチ」

当然のようにビシッと指を突きつけられて、更に怪しさ満点のところを強調されて、カートはなんとか彼女に反論できないかと頭を巡らせる。


「エドだって変わらねぇだろ。顔がいいから俺より少しはスーツとか似合ってるかもしれねえけど、普段はニヤけた白衣の不審人物じゃねえか」

内部に潜入したエドを引き合いに出すと、その言葉にチェリーはまるで自分自身が批判されたかのように、烈火のような勢いでまくしたてた。

「あんたの目が節穴よ。エド様はいつだって品格と知性に溢れたオーラで包まれてるの。あんたみたいな、バトラー上がりの下賎な猿と一緒にしないでよっ」

叩きつけられた言葉と同じ勢いで、バチンと引っぱたかれて、カートは床に頭を打ち付ける。

「ッてえな、ピンクザル!!!」

カートは理不尽さに思わず怒鳴り返し、睨みつけた。

バトラーとは、月に1度このブラックマーケットで開かれる無差別格闘技の選手であり、賭博の駒である。選手と言えば聞こえがいいが、彼らは一様に金で売り買いされる奴隷であった。

バトラーの頸動脈の上には選手としての価値を登録したバーコードの刺青が彫られていて、オーナー固有の枷が身体の一部につけられている。

カートの首筋にもバーコードがしっかり刻まれ、首には金属のネックリングが嵌められている。


イヤなことばかり、思い出しちまうじゃねえかよ。

匂いも、この場所もすべて忘れ去りたいのに。


「わりぃな、チェリー」

少しだけ躊躇いを見せてから、行き場を塞ぐ彼女の首筋に手刀を叩きつけた。

た、叩きつけたのだが、その手の甲がひしゃげるような感覚と、腕の芯を伝わる痺れにカートは目を見開いた。

チェリーの身体はそこに崩れ落ちるどころか、ゆっくりと振り返ると、にっこりと笑みを浮かべた。

「蝿でも、首に止まったのかしら?」

カッと足を払われ、カートは床に押し倒されると、チェリーはふふふふふと口元に含み笑いをのぼせて、拳を振り上げた。

「!!げ、話せばわかる!なっ、なっ!!」

焦ったように、彼女の怪力を知るカートは必死に身をずり上がらせて逃げようとするが、チェリーは引き戻して片手でグイッと押さえ込む。

「覚悟しなさいよ!!アンタを気絶させても、ここから動かすわけにはいかないんだから!だって、エド様にそうおおせつかったのだものー」

ヒュッと空気を割くように、恋する乙女の怪力にゴゴッと破裂音が空間にこだまし、カートは紙一重でその拳を避け、拳がめり込んだ床がバリバリと裂けるのが目に入る。


瞬間、メリメリメリッと耳元で不吉な破砕音が響き

身体の支えががくんと失われ、カートは目を見開いた。

ぐあ、ああああん。

「ッおわ、落ちる!!」

さ、い、あ、く、だ!!

落ちていく闇の中で、肌のざわつきにカートは素早く目を走らせて、部屋の端々に設置してある器具を見つけて身体を強ばらせた。

あれは.......!!

天井の強固な鉄の床は、二人の体を乗せて急降下して、最上階の床に轟音を響かせてうちつけられた。

衝撃に跳ね飛ばされ、二人の体はもつれこむように転がっていく。

その空間を割るかのように、部屋の端々から幾条もの光線が走り、それは一つの標的に向かって集まり、それを刺し貫いた。





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