第九章
ローゼは目を瞑った。直後、彼女の耳元で、何かが弾ける音がした。
「……?」
死んでいない。怪我もしていない。ローゼは自分の体を確かめるが、足が震え、失禁しているだけで、血液一滴出ていない。
ミゥの放った弾は、外れたのだ。
その射手を見遣ると、もといた場所には立っていなかった。ただ、地下室の床で蠢いているものがある。
「は、放しなさい!」
ミゥの声だ。どうやら、何者かがミゥに覆いかぶさり、取っ組み合っているらしい。
直後、パンという乾いた音が響いた。銃声ではない。
「もうやめなさい!」
その声は、ミゥではない若い女性のものだった。ローゼは聞き覚えがない。
「もう人殺しなんてやめなさい! 私の親友の家で、こんなこと許さない!」
「それはあの男に言ったらどうなの? ここで監禁なんかしてたんだから!」
言い争いのようなものが続いている。
「ええもちろん、彼はあの世でじっくり痛めつけてあげるわ! でもお願いだからこれ以上ここを荒らさないで!」
その時、女性はミゥから狙撃銃を奪い取ることに成功した。途端に両者とも大人しくなり、息を整え始めた。
ローゼは、この女性に会ったことがない。ただ、この場所の持ち主の親友という点と、噂で聞き及んでいた容姿などから、それが誰であるかは想像できた。
ジュエル・ナズュールが、ミゥに馬乗りになっている。
「お願いだから……もうやめて」
ミゥは武器を奪われて観念したのか、抵抗をやめた。
「あなたのことはレイから聞いてる。それで、調べさせてもらった。ミゥ・ヴァイスハイトが偽名であること、本名がアリア・リーフであること、そしてその両親は」
「やめて!」
そこで、ミゥは声を上げた。それはローゼも聞いたことのない、彼女の涙声だった。
「お父さんとお母さんのことはやめて……」
「……わかった」
ローゼはわけがわからない。ミゥは一体何者なのか?
「でもローゼさんは知る権利があると思う。言ってもいいわね?」
ジュエルの問いに、ミゥは首を振った。
「いい。自分で言う」
そしてゆっくりと起き上がると、ローゼに向き直って言った。
「私の本当の名は、アリア・リーフ。そして私の両親は、魔法使いテロリスト集団の、創始者」
「え?」
困惑するローゼをよそに、ミゥ――アリアは続けた。
「私の両親は、過激な行動を続けた末に射殺された。そして孤児になっていたところを、ブルーマーリンに拾われた。当時は食事と寝床を得られたことを喜んでいたけれど、しばらくして、自分の両親を殺した武器を作っている工房だと知るに至った。それから、私は復讐を夢見るようになった」
アリアの喋りは、まるで他人事でも話すかのように淀みがない。
「それでも実際に行動に移す気はなかった。そんな時、ミークが死んだ」
ジュエルの顔が引き攣った。彼女にとっても、あの戦艦事件は忌まわしい記憶だった。
「そして政府が私に目を付けて来た。でも、ネクロフの陰謀を知ってしまった私は、自分が近い将来消されるのではないかと思った。それならば」
そこで、一拍置く。
「私は、復讐に生き、呪いに生き、私を翻弄した者達を翻弄して死んでやろうと思った。そういうわけ」
身勝手な理屈を述べ終えると、アリアはジュエルに言った。
「さあ、もう十分よ。殺してくれる?」
ジュエルは首を振った。
「殺さないって言ったでしょう? さっさと消えなさい」
「じゃあどこへ行けばいいのよ」
アリアも既に帰る場所などない。マーリン家に戻っても、いずれは政府に消されるだけだった。
ジュエルも当然、アリアの居場所など教示できるはずはなかった。しかし、彼女は諭すように言った。
「あなたは復讐のためにここまでのことを成し遂げた。その意気込みがあれば、相当なことができるはず。政府ともまだコネクションはあるんでしょう? やれることはあるんじゃない?」
アリアは露骨に嫌な顔をする。
「私を消そうとする相手に従えと?」
「逆よ。利用してやればいい。政治家を味方につけた工房がどれだけ活躍できるかは、身をもって知ってるでしょう?」
またしても嫌な顔をするアリアだったが、数秒の後、無言のまま地下室を出て行こうとする。
だが、そこで立ち止まって、ジュエルに尋ねた。
「その子たちは、どうするの?」
複数形なのは、ローゼとその子供も含んでいるからだろう。
ジュエルは即座に答えた。
「私が引き取るわ。お金ならいくらでもあるし、家もある。おそらくマーリン家だと、お腹の子のことで大騒ぎになるでしょうし、それに……」
そこで一瞬言い淀んだ後、ジュエルは小さく笑ってから言った。
「私も、ブルーマーリンには終わって欲しいから」
それを聞いて、アリアも微笑んだ。
復讐劇の連鎖は、この微笑が最後だった。




