第八章
「拝啓、天国のお父さんとお母さんへ。お手紙を書くのは久しぶりですね。わたしは元気で働いています! メイドさんとしては少し仕事もできるようになってきました。でも最近、この国も治安が悪いからとご主人様が仰って、わたしたちに護衛の訓練を受けさせています。わたしも銃の撃ち方とか、怖いこともたくさん学んでいます。でもこれで、お嬢様のお命をお守りできるのなら、わたしはしっかり勉強します。でも、やっぱり銃は怖いし、下手だったので、撃ち方を勉強するくらいしかしませんでしたね。あはは。先輩のメイドさんの、サファイアさんが射撃が上手みたいです。すごいですよね。それでは今回のお手紙は終わります。次はまたいつ書けるかわかりませんけど、お手紙を書く時間もなくなるくらい、頑張ってお仕事しますね! それでは。 敬具」(マーリン家で雇われた銀髪の孤児、アリア・リーフの遺品より発見)
彼女の手には、紐が握られていた。息が上がり、頬は上気し、脚は震えている。相手が相手だけに、この殺人は恐ろしかった。背後から忍び寄り、首に紐を掛け絞殺する。相手が魔法を無力化することは知っていたし、レイに狙われていることを考えれば、銃弾にも何らかの対策を施している可能性が高い。そうなると、最も確実性の高い殺害方法がこれだった。
思わず笑みが漏れる。あのイーリス・マーリンを、自分が永遠に消し去ったのだという現実は、非常に現実感の薄いものだった。
実際、イーリスの死はあっけないものだった。
当然激しく抵抗したものの、たかが一人の小さな少女の力では、女性とはいえ大人には敵わない。しかもいきなり後ろから首を絞められたために、パニックに陥り、まともな反撃など何一つできないまま、ただ手足をばたばたさせていただけだった。やがてそれもできなくなっていき、痙攣を起こして動かなくなった。本当に小さな体躯であるがゆえに、鐘楼から放り捨てることは容易い。
やがて鐘楼を後にする。その際、目に留まった狙撃銃も、袋に仕舞って担いでいく。
目的地はナレッジ魔法図書館だった。通行人は誰も彼女を怪しまない。そのままエルガロードの商業地域を抜け、中心部へ向かう。先日の砲撃による傷跡はまだ多少見受けられるが、街は活気を取り戻しつつあった。しかし、度々事件に見舞われたこの街を去る人たちも、決して少なくないと聞く。
そんな街中を歩き、裏路地に入った。ナレッジ魔法図書館はここにある。ドアを開け、埃っぽい館内へ足を踏み入れる。カウンターにはいくつもの本が乱雑に積み上げられていた。おそらくレイが置いた物だろう。頂上に檸檬を据えてみたくもあるが、そんな物の持ち合わせはなかった。
数ある本は無視して、真っ直ぐ地下室へと下りていく。軋む階段を十三段下りた先に、観音開きの重そうな扉が鎮座している。
彼女は普通に取っ手を持ち、開けようとするがびくともしなかった。
「呪文?」
ここは当代最高の魔法使いだった、シアス・ナレッジの城である。それくらいの仕掛けはあってもおかしくなかった。
当然彼女は呪文など知らず、知っていそうな人間も、ついさっき死んだ。しかし彼女は動じることなく、担いできた荷物を床に下ろしながら言った。
「丁度良かった」
そしておもむろに狙撃銃を取り出す。あの戦艦事件の折に、対魔法の力を極限まで高めた狙撃銃。その銃口を鍵穴へ突き付け、引金を引いてみる。
大きな音を立てて、ドアに弾が食い込んだ。そして取っ手を引くと、扉はあっさりと開いてしまったのだった。
「さすが対魔法用の銃ね」
彼女が足を踏み入れた先は、この図書館の地下室だった。特に希少価値の高い本や、高価な本を保管していた場所とされる。
しかし、今は違っている。
今ここに保管されているのは、本ではなかった。
その部屋の奥の壁際に、人間がいた。
少女は力なく壁にもたれ掛かり、その着衣は乱れていた。全く動かず、眠っているかのようだった。
やがて、人の気配に気付いたのか、少女がゆっくりと顔を上げた。そして、訪問者の顔を見るなり、大きく目を見開き、驚愕の表情を形作った。
「ミゥ? ミゥよね?」
ローゼの声は意外に衰弱を感じさせなかった。少なくとも体力を保てるだけのことは、レイもしていたらしい。
ミゥはしかし、自分が仕えていたはずのローゼを助けることはおろか、その言葉に返事すらしなかった。
数秒間、ミゥは立ち尽くす。
「ミゥ……?」
訝しむローゼが腕を上げようとする。同時に、上半身に羽織っただけの服がはらりと開き、白い身体の前部が露出する。
その光景を見たミゥは、腕を上げた。握られていた狙撃銃が、ローゼの頭に照準を合わせる。
「え……?」
ローゼの顔から一気に血の気が失せる。蒼白の彼女に、ミゥはようやく口を利いた。
「ブルーマーリンを終わらせます。お腹の子供もろとも消えてください」
ローゼは何を言われたかわからず、再び驚きの表情を見せた。彼女の腹部は、華奢な体躯に似合わず膨らんでいる。ローゼに暴行を加えたとレイは言っていた。妊娠していても不思議ではない。
ミゥは続ける。
「私の望みです。ローゼ様、どうか安らかにお休みください」
「どういうこと? ミゥ、お願いやめて!」
引金に指が掛かる。銃口はローゼを捉えたまま動かない。
「残念ですが、ブルーマーリンを滅ぼすのが私の宿命なのです。死んでください、ローゼ様。ただ、孤児として野垂れ死ぬしかなかった私に、日々の生活をくださったことだけは感謝します」
ミゥの短い銀髪の奥の目は、その言葉が本気であることを物語っていた。
ローゼは恐怖と驚愕に巻き付かれて、脱力してしまった。もとより衰弱してはいたが、それでも立ったり這ったりできないほどではない。しかし、もう彼女の足に、逃げるだけの力は入らない。足元に液体が広がっていく。蒼白の顔面に死色までが浮かんだ。
「それでは」
引金をゆっくりと引いていく。
「さようなら」
銃声が地下室に響き渡った。
めんどくさいのでそろそろ終わらせます。




