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第七章

「拝啓、天国のお父さんとお母さんへ。今日はすごいお知らせがあります! なんと、わたしのお仕事が決まりました! しかもびっくりしないでください。わたしが働くのは、なんとあのブルーマーリンなんです! これでわたし、超一流の魔法職人になれるかも? なんてのはちょっと嘘ですけど。わたしはお手伝いさんとして働きます。つまりメイドさんですね。きっとかわいい制服を着て、おいしいお料理を作ったりできるんだと思います。でも、お仕事を始めたら忙しくなって、きっとお手紙を書く時間は少なくなっちゃうと思います。少し寂しいけど、お父さんとお母さんがびっくりする、すてきなメイドさんになれるように頑張ります! 明日からわたしはメートヒエンに行きます。それじゃあ、ちょっとだけの間、お手紙を書けませんけど、見守っていてくださいね! 自慢の娘より。敬具」(マーリン家で雇われた銀髪の孤児、アリア・リーフの遺品より発見)


 エルガロードの街外れ。因縁の鐘楼。

 その上で、イーリス・マーリンは紫煙を燻らせていた。煙草は気持ちを落ち着かせる効果が高い。本来ならばイーリスは吸えない年齢だが、この鐘楼にはいま彼女の他に誰もいない。遠慮なく喫煙していた。

 そして、一本を吸い終えたイーリスは、海を眺めた。

「あれかあ……」

 エルガロード港で艀に繋がれているのは、引き揚げられたテロリストの砲艦だった。かつて政府が日本から購入し、標的艦として沈めるはずだった戦艦サンダルフォンの主砲が、無理な設計で作られた船と共に無残な姿となって浮揚された。現在調査のため、そのままエルガロード港の隅に浮いている。

 それを眺めながら、二本目の煙草を吸おうとした瞬間だった。

 イーリスの首に、冷たいものが触れた。


 鐘楼の下には、共同の墓地があった。

 レイの体は、その墓地の敷地内に横たわっている。その手が、ぴくりと動く。

「……」

 レイはまだ絶命していなかった。しかし既に体はほとんど言うことを聞かない。イーリスのナイフと落下の際の骨折で、立ち上がることはできない。それでも、匍匐でどうにか動こうとする。わずかずつの移動に際しても、体中に強烈な痛みが迸った。しかし、それでもレイは止まろうとしない。

 それは、彼の目の前に、一際新しい墓石があるからだった。

 ミークの墓に、レイは必死で手を伸ばす。名前が刻まれた十字架の前に、細長いスペースがある。数日前に自分が持ってきた花が、まだ朽ちることなく供えられている。

「ミーク」

 レイの声はもう、蚊の羽音ほどの音量しか有さない。瀕死の状態で、それでもなお、彼は少しずつ、少しずつ前へ進む。

 あの時、愛を誓い、口付けを交わした恋人が眠る場所へ、そして辿り着いた。運命が狂った先に、殺人犯と成り果てて、そしてついにその人生に再び光が差すこともないまま、間もなく死体と成り果てる。どこに逃げることもできず、誰に守ってもらうこともできない。もうどこにも、レイが帰る場所などなくなってしまった。

 そんな彼に、唯一、帰る場所があるとするならば。

 それはやはり、最愛の女性の胸の中なのだろう。

「ミーク、ごめん……君を生き返らせられなかった。だけれど、もうすぐ、会えるよ。やっと……」

 最期の言葉は、誰に届くこともなく消える。墓石に指先が触れるか触れないかの距離。今レイの下に、ミークは眠っている。そこで、伸ばした手から力が抜けた。首を支える力も失せ、ゆっくりと瞼が閉じられた。冷たい地面に横たわるレイが最後の一瞬に感じたのは、ミークの体の温もりと、あのホットミルクの香りだった。


 レイがその数奇な人生に幕を下ろしたのと時を同じくして、彼の後ろで何かが落ちる音がした。

 丁度、レイが鐘楼から落ちたのと同じ場所に。

 輝く銀髪を持つ少女の死体があった。

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