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第三章

 その日のエルガロードは、建国記念式典の開催を翌日に控えていた。

 もともとロリガニア帝国は、中世の魔法使い弾圧から逃れてきた者たちによって形作られていった国である。その興りの最も初期のものは、メートヒエンではなくエルガロードで生じた。長い時間を経て遷都した今でも、この建国記念式典はエルガロードで開催されている。

 その式典には、皇帝ショタコーン八世をはじめ、ネクロフ・イリアー首相ら政府首脳陣はもとより、軍部上層部や各業界の重鎮――例えば、ランツェ・マーリン――らも出席するのが常であった。毎年ほぼ同じ顔触れが揃い、ここ数年で来賓について大きく変わったことといえば、中将が一人、もう二度と来られなくなったことくらいであった。

 式典は明日の開催だったが、ネクロフは既にエルガロード入りをしていた。翌日朝に、皇帝の御召艦が入港するため、それに備えて先に入っておくのが目的である。

ところが、エルガロードの警備体制はメートヒエンのそれと比して、いささか見劣りするものであることは素人でもわかるほどだった。国内第二の都市とはいえ、結局は地方都市に過ぎないエルガロードの軍備が帝都に及ばないのは当然といえば当然であるが、それゆえ厳重な警備を誇るメートヒエンに比べ、暗殺はしやすいと言える。特に、一人での狙撃などではなく、このような大掛かりな爆発などを用いての暗殺であれば……

「そして、それは実行された」

 ミゥは呟く。今日は外出する予定だったのだが、こんな状況ではそれどころではない。窓際へ歩み寄ってカーテンを閉め、部屋の真ん中で服を脱ぐ。すぐに彼女の柔肌が、一糸纏わぬ姿となる。備え付けのシャワールームへ入り、湯を浴びた。

「……」

 湯に打たれながらミゥは、ふと自分の体を見た。かつての先輩メイド、ミーク・マクマスター・ドルイットほどではないと自覚していたが、それでも自分は十分に魅力的だろう、とも思っている。事実、久々にじっくりと見たミゥ自身の肉体は、女性の魅力を語るに申し分ないものであった。

(つまり、もうそれくらい、年月は経ってしまった、と)

 口には出さず、頭の中で言葉を並べた。彼女が考えた十年ほどの月日、即ち幼かった彼女が今に至るまでの時間は、長い人間の一生の中でさほど大きな割合を占めていない。しかしその期間は、ミゥにとっても、また全ての人間においても、最も美しく、残酷で、楽しく、無残な時期であったといえる。

 ミゥ・ヴァイスハイトに、幸福な青春時代はない。

 全ては孤独と、工作の時間でしかなかった。

 その孤独と工作の日々が、まず一つの成果を生んだ。

 ネクロフ・イリアー死亡。おそらく警察は今頃、爆発の原因を必死で探っているだろう。そしてすぐに、その原因に辿り着くに違いない。そこまで警察も馬鹿ではないはずだ。

 しかし、その正解を掴んだとしても、実行犯たちが捕まる可能性は低い。

(そう、おそらくは……)

 湯を止め、ミゥはシャワールームを出た。水気を拭きながら、改めて自分の成長を実感する。火照った自身の肉体に、細い指が伸びかけたが、体はともかく心が苦しい。そんなことをする気分にはなれなかった。

(おそらくは……)

 そのまま寝間着を纏って、まだ陽があるにも関わらずベッドへ潜り込んだ。しかし、時間が早すぎることに加え、ミゥの心を不安と罪悪感が鷲掴みにして放さない。

 果たしてどれほどの時間、ベッドで横になっていただろう。

 いつの間にか眠りに落ちていたミゥが目を覚ました時は、深夜だった。

 冬の空気は刃物が肌を刺すかのように冷たく、乾燥した空気に触れていた喉は酷く枯れていた。ミゥは起き上がると、喉に当てるようにしてゆっくりと水を飲んだ。そのまま窓に近づき、そっとカーテンを開けてみた。

 月明かりが顔を青白く照らした。昼間に大パニックに陥っていたとは思えないほどに静かな街並み、その家々の屋根へ、月光は穏やかに降り注いでいる。窓の隙間から吹き込んでくる風は、触れるだけで凍ってしまいそうなほど冷たいが、それはまるで岩の隙間から湧き出る清水のように美しいものに感じられた。

 静謐な夜、ミゥはしばらくの間、夜の街角を見て過ごした。

 翌朝には、このホテルを出る。エルガロードの街外れで過ごす最後の夜がこんなにも美しいものであったことが、とても嬉しい。

 やがて再び眠気が浮かび上がってきたミゥは、無意識のうちにベッドに入っていた。深い眠りへと落ちていく間も、夜闇の中に青く浮かんだ家々の風景は、瞼の裏に焼き付いて、消えることがなかった。

 その翌朝、ミゥはホテルを後にした。

これはあくまで推測なのですが、私はメイドさんを脱がせることにのみ興味を抱いているのではないかと思うのです。

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