最終章
エルガロード商業地区の一角。そこにひっそりと佇むこの店には、今日も今日とて客がいない。
売れさえすれば高い品が並んでいるのだが、時代は既に魔法工房など全く必要としていない。この銀のポットなど、およそ骨董品でしかない割に、ごく最近作られた物であるから、尚更価値が低い。
私も店番なのだが、ずっと本に集中している。読書をするには、この店の環境は最高だ。喧騒を程よくシャットアウトし、客さえ来なければ誰も集中を邪魔しない。お茶はこのポットで淹れれば席を立つ必要すらない。こういう場合には魔法のポットが便利だが、こういう場合がそう生じない上に、買うとなると高すぎる。そもそも、魔法を満足に使える人間は、もう絶滅の危機に瀕していた。
その絶滅危惧種である、魔法を使える人間の一人が、店番をしている私、ミーク・麗娘・ナズュール。
母が作った魔法工芸品を、この店で売るのが私の仕事だ。もともと腕の良い職人だったらしい母の作品は、滅多に売れないものの、時折ファンが訪れるくらいには人気があった。来るだけで買わない者がほとんどだが。
ただ、その母、ジュエル・ナズュールが自身の実の母でないことは知っている。父も同じだ。私が物心ついた時にはまだ独身だったジュエルは、間もなく中国人の実業家男性と結婚した。私のセカンドネームが『麗娘』なのは、いつか中国へ行くことがあっても馴染めるようにという配慮だったと聞かされている。
なおファーストネームの由来については、母の友人から来ているということしか知らない。素晴らしい人だったとは聞かされているものの、詳細についてジュエルは語りたがらないため、聞かない方が良いのかと勝手に了解してしまっている。
母の友人由来といえば、この店もそうらしい。古い建物だったためリフォームはしたが、立地はそのままだ。こちらについても、母は語ろうとしないので、私からも聞いていない。
でもいつか、話してくれるだろうとは思う。そんな気がするのだ。
しばらくして、ふと私は今日の郵便物を確認していなかったことを思い出した。本に栞を挟んで、ポストから三つの郵便物を取り出す。一つは、今日本で商談中の父からだった。帰国の予定と、日本の楽しさが綴られた便箋を読むと、私も楽しくなってきた。
次の一通は、外務大臣からの手紙だった。なぜかは知らないが、母はアリア・リーフ外務大臣と懇意にしている。たまに彼女がエルガロードへ来た際は、必ず食事に行くほどだった。ただ、私は直接会ったことがない。どうも、ジュエルが意図的に会わせないようにしている気がする。しかしこうして時折店にも手紙をくれるのだから、一度挨拶くらいはしておきたい。
残りの一通は、見慣れたビラだった。『今こそ魔法使いは世界の実権を握るべきである!』とでかでかと書かれたビラは、何年経っても「今こそ!」を連呼している。時折デザインが進歩するが、中身は全く進歩していなかった。
届いた郵便物のうち、二通を引き出しへ保管し、一通をゴミ箱に放り込んだ時、店のドアが開き、設置された鈴がカランカランと鳴った。
見ると、大きな箱が歩いて来ている。
……そんなはずがない。
箱を抱えている人物は、明るい声で言った。
「たっだいまーっ! レイニャン、元気してたー?」
Fin
ありがとうございました。